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綸那は考える。
もしも、神原との距離が違ったら。
どうなるのかな、今までと変わっちゃうのかな。
変わっちゃったら……。どうしよう、私は――。
* * *
ぶぉぉぉんというドライヤーの音が洗面所に響く。
洗面台の近くに置いていたスマホからぴこんという通知音。神原だ。
神原:明日、朝4時集合
綸那:りょうかい~
神原:うっす
綸那:ありがとね
神原:こちらこそ、ありがとな
じゃ、おやすみ
綸那:おやすみなさい
短い連絡。
だけど、ちょっと昔に戻ったみたいな気分がして心が温かくなる。ちょっとだけ嬉しくなる。本人には言えないけれど。
思わずふふっと、一人笑う。
変わらない、この距離感。変わらない、この関係。
ずっとは続くことはない。そんなことはわかっている。
でも、だけど。こうして神原との時間は好きだ。
だから、ずっと続けばいい……。
そんなことを思うのは間違いだろうか。そんなことを願ってしまうのは、間違いなのかな。
だって、神原は。結槻は――。
「綸那ちゃん、あがった~?」
ゆるゆるとした母が呼ぶ声でハッとする。
「あがった~」
少し遅れて反応してしまう。何故か母に呼ばれて安心した。
考えてはいけないようなそんな領域に足を踏み込んだ気がする。でも、何を考えていたかは覚えていない。
とても大事なことなはずなのに、思い出していけないような、覚えていてはいけないようなそんな気がしてしまう。
何を考えていたんだろう、思い出そうとしても全く思い出せない。
だから。というわけではないが、綸那は潔く諦めて長い髪を一心に乾かした。
* * *
「ん-、これくらいかな」
ノートに走らせていた手を停め、時計を見ると0時は過ぎている。
神原との約束の時間のためには3時半には起きていないといけない。
「しまった……」
そう、3時間くらいしか寝られないのである。それは、高校生、しかも女子高生にとっては色々と大事な問題なのである。
「あ”ああああああああ、やばいぃーーー!!!」
そう言って綸那は机の上に広げていた教科書を勢い良く鞄に突っ込んだ。
* * *
ジリジリと鳴る目覚ましを止める。時間は3時半、なんとか起きられた。な、ん、と、か、起きられたレベルではあるが。
「うぅ……。起きたくない……」
身体の芯からの眠気に耐えられず、目を瞑りそうになる。
「いや……。起きなきゃ……」
そうだ、今日は……。神原との約束があるんだ……。
"あの"神原と約束したんだから、約束できたんだから。必ず行かないと……。
そう思ったとき、電話が鳴る。
表示を見ると神原から。
「もしもし……?」
自分から出てくる声がかなり眠気のある声でなんとなく神原に申し訳なくなる。
「おー、もしもし?大丈夫か……?」
うっ……、バレてるし……。
流石にこれだけ長い付き合い、どういう声なのかわかるか……。
「だ、だいじょぶ……」
「ヤバそうだったら、いんだぜ?」
「いや、いく……。」
そして、ずっと疑問に思っていたことを口にする。
「てか、なんでそんなに元気なんよ……。」
一瞬の間。
何か、あるのだろうか。あるのだろうか、言えないことでも。
「ま、いつものことだし?」
「………」
常、日常、日課、ルーティーンに勝るものは無いというのか……。
何とも神原の言葉に拍子抜けしてしまった綸那は、手から携帯電話を滑り落した。
* * *
「はよ、緒方」
「おはよ、神原」
待ち合わせに決めた二人の家の近くの支所には神原が先に来ていた。
「んじゃ、走るか」
「うん」
そう言って、神原が走り出し、綸那は後ろをついていく。
「てか、いつもどこ走ってるわけ?」
こんな時間に走るところなんてあったっけ、近くの公園位?
「え、学校の周りから公園の中を走って終わり」
「はえー、なるほど」
そのルートか、ってことはもしかして。
「帰りってウチの近く通ったりしてた……?」
「あー、まあな?」
「あー、そうなんだ」
そっか、なんだかんだウチの近くにたまにいたんだ。
「てか、それなら集合場所は神原んちでよかったじゃん」
神原の家も学校や綸那の家から近い。むしろ支所や学校は綸那の家よりも近いのだ。
「まー、そうなんだけどさ?」
たまにあることだ、こうして言葉を濁される。
いかに幼馴染と言えど他人。神原も隠したいことがあるんだろう。
「ふーん、そっか」
だから綸那もそれ以上に関しては聞かない。
というか、ただの、単なる幼馴染というだけで今は友人と変わりない。
そんな仲なのに聞けるわけがなかった。
そうして、初日。
綸那と神原は無言で走りきった。
* * *
「またな」
「え?」
綸那の家の近くに着いた時、神原から声がかかる。
振り返った神原の顔は不思議そうな顔をしていた。
「だから、またなって。電車でまた会うだろ、あと学校」
「あ、うん……」
なんだ、そんなこ……。いや、そんなことじゃない。
「またな」ってこの言葉。久々に聞いたから。
神原の口から、神原の「またな」を久々に聴いたから。
心の泉に雫が落ちたように静かな感情は揺れ動く、波紋を描く。
あ……、そっか。私これが嬉しいんだ。
神原とまたねってできること、嬉しかったんだ。
ふとそんな「当たり前」だったことが非日常になって、日常が戻ってきたことが嬉しいんだと気付く。
「うん、またね。またあとで」
自然に笑みが零れる。零れた笑みは伝わって、神原からも笑みが零れる。
「おう」
そうして2人は別れた。
2人が歩く道は東雲の明りが照らしていた。
日常後純情、時々非日常 更衣(きさらぎ) @kisaragi_gravity
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