過ごす時間がちょっと変わる時

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最寄り駅に到着し、神原と家の前で別れる。

街灯も少ないこの町は夜になると星が見えるほど暗くなる。

だから、見上げると満点の星。まだ、夏の大三角形も見える。

そういえば、ベガとアルタイルって織姫星と彦星だっけ。

思いが通じているはずなのに、距離が遠いってどんな気持ちなんだろう。






   *   *   *


「ただいま~」


「おかえり~」


「お母さん」


お母さん、正しくは”おばあちゃん”。



綸那の家庭環境は複雑だ。

綸那の家族は母と祖父母。

綸那には父親がいない。綸那が生まれて間もない頃に離婚した。

だから、綸那は父親の顔も名前も知らない。でも、綸那はそれを寂しいと思ったことは無い。

だって、それが綸那にとっての”当たり前”だからだ。



父親がいない、それが当たり前で育った綸那にとっては他人からたまに「かわいそう」と言われることの意味が分からない。

確かに、母である志乃シノは綸那を育てるため、それまでの仕事を辞めて猛勉強をして医者になった。だから、綸那は小さい頃に母親に遊んでもらった記憶はあまりない。

綸那のことは祖父母が母親・父親代わりになって育ててくれた。


大きくなってそういう考えの人もいる、ということを理解した綸那だが、それでも「かわいそう」は私には違う気がするなと思っている。


しかし、綸那にしてみれば、私はママとお母さんとおじいちゃんとそれから神原の家の人達と楽しく過ごしているから別に寂しくもなんともないのに、なぜこの人達はかわいそうというんだろうと疑問でいっぱいなのである。

むしろ、私”が”毎日楽しいんだからそれでいいのでは?と気楽な考えを持っている。


勿論、離婚してから祖父母の助けはあるが女手一つで育ててくれた母、一緒に住んで生活してくれている祖父母にも感謝している。




「寂しい」。そんなことを思わせないようにしてくれた家族に綸那は感謝している。




「今日は神原と一緒に帰ってきた」


「あら、そうなの」


「うん。あっ、また別れたんだってー」


「うーん、私にはわからないわ~。若い子のことは」


祖母の若葉ワカバは綸那以外の恋愛ごとにはあまり興味はない。

話は聞いてくれるが、綸那の話よりは食いつきが悪い。

祖父の清春キヨハルと若くに結婚し、彼女自身があまり恋愛と関わりがないからなのだろう。


「お母さん、すぐそうやって言う」


「だって仕方ないじゃない。何歳離れてると思ってるの」


「60」


「だから、大目に見てよね」


「はーい」


この話は母にしよう。

綸那は神原の恋愛話をするのを諦めて祖母の手伝いをすることにした。






   *   *   *


「ただいま~」


「おかえり~」


「今日は早かったね」


時刻は午後8時。仕事から母が帰宅する。

9時や10時頃に帰宅することもあるので8時の帰宅はまだ早い方である。


「ママよ、神原が別れたらしい」


「また~?」


母は話を聞きながら靴を脱ぐ。


「うん。ついでに明日の朝から一緒にランニングすることになった」


「それはいいじゃない。ママも走ろうかな」


母は中高大と陸上競技をやっていたらしくそれなりに足が速い。

他はからっきしだけど。


「ママ、私が家出た後寝るじゃん…」


「そうだけど、いいじゃない」


「うーん」


眉をひそめそうになる。

その前にずいと母の顔が寄ってきた。そしてフフっと微笑まれる。


「気にしてるんでしょ?」


「うん」


母には敵わない。私が神原のことを気にしていることにちゃんと気付いてくれる。

今日は特に、顔というか雰囲気に出てしまってるんだろう。


「綸那ちゃんは優しい子だもんね」


「そんなことないよ」


「そんなことある。優しいよ、綸那は。でなきゃ結槻君のこと、気にしたりしない」


じっと目を見つめられる。綸那は見つめられる。

心の底を覗かれるように見つめられる。


覗かれないように綸那はパッと視線を逸らす。


「どうだっかな~。てか、ご飯できてるよ」


気まずくなって、わざと雰囲気を変えた。






   *   *   *


夕飯も終え、午後9時を回る。

祖母が風呂に入っている時は、綸那と志乃の内緒話の時間だ。


綸那は母に事細かく神原に起こった出来事を話した。


「で、綸那はどう思ったの?」


「ちょっとひどいかなって」


「結槻君が?」


「ううん、先輩が」


でも、と志乃は口を挟む。


「結槻君も完全に悪くないとは、言えないわよね?」


にこっと笑って志乃は綸那を見る。

こういうところ、母は大人だと思う。私は神原のことしか見えていない。

でも、母は全体を見るから。まだ私ができないことをサラッとやってしまうから。


母は相変わらずにこにこと笑っている。

そして、でもと付け加えるのだ。


「まあ、私も結槻君の味方だけどね。」


「……」


母のこういうところは掴めない。娘の私であってもいつまでも掴めない。

これが大人と子どもの差なのか。悔しいのと、反発したいのと、でも納得してしまうのと。色んな気持ちが混じる。


だから、はあ~っと息を吐いて綸那は母に漏らす。


「ママが言うこともわかるんだけどさ~。まあ、神原も不器用なとこあるし。だけどもう少しわかってあげられなかったのかなって思っちゃうだけ」


「それは~、人次第よね。歩み寄る気持ちがあるか、そうでないか。ま、難しいけど」


そう言うと母は綸那の隣にやってきた。綸那の目の前に湯気の立ったコップが置かれる。綸那はそれを取り、中身を飲む。あったかいココアだった。少しだけ、ホッとした気分になる。


「思春期、という言葉だけで済ませちゃうのはいかがなものかとは思うけどね。きっとそういうのだったり……。結槻君、他にも色々あるのよ。多分ね」


神原に色々、と言われると沢山思いつく。

部活のこと、恋愛のこと、そして……。家族のこと。




神原は綸那と同じように片親家庭である。綸那は父親だが、神原は母親がいない。

だから、周りはかわいそうと言い、遠いところから見られてきた。だから、2人とも小さい頃から仲良くしてきた。


周りからの疎外感と、それに対しての親近感と。綸那は色んなものを結槻に対して感じている。

だからこそ、どんな距離になっても綸那は結槻のことは気にかけていた。


気にして、気にかけて。でも、言えない。

だって、もうそんな距離じゃない。

心は近いはずなのに、そんなことはもう言えない。心配しているよ、なんてそんなこと言えない。

だって、そんな関係でもなんでも……



「まあね、どうにかなるわよ。ママたちもそうだったから」



その言葉で今まで考えていたことがパッと抜け落ちる。


あれ、今何考えてたんだっけ。結構大事なことだったような、でも思い出せない。

思い出さなくてもいっかな、すぐに思い出さないってことは、すぐに思い出さなくてもいいことなんだろな。


「うーん……。だといいな」


だから、綸那はこれだけ言って話を切り上げた。

そして、丁度良く祖母は風呂から上がった。

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