side神原 いつもがちょっと変わる時

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先日、彼女と別れた。理由はこうだ、好かれている気がしない。

だって、そうだ。正直に言うと、誰かの影と彼女を重ねた。

それでも、好きになる努力をした。好きになれそうだった。

曲がったことが嫌いな癖して、俺自身曲がったことをしている自覚はあった。だけど、面と向かってそれをやられた時、やっぱり心に来るものがある。






   *   *   *


誰かと別れると決まって一番早い時間のバスに間に合う電車に乗る。

だってアイツがいるから、緒方 綸那。俺の幼馴染。

高校に入ってからあまり喋らなくなったし、下の名前で呼び合っていたのに苗字で呼び合う様になった。

それもこれも、俺の高校受験とか気にしてなんだろうな。相変わらずだ。




だから、今日も早く家を出た。早く家を出て、早く駅に着いた。

ほら、やっぱり変わらず緒方がいる。


「はよ、おがた~」


いきなり声をかけたから、髪の裾がビクッと揺れる。中学の時より高く結ったポニーテールが揺れる。朝の匂いに混じって、緒方の匂いがする。


「んだよ、神原」


って不機嫌そうに言うくせに、ちゃんとその後挨拶してくれるあたり、やっぱり緒方だ。


誰かと別れた時、いつもより早い電車に乗ることを知っていて、それでいてあまり聞かないでくれる、やっぱり緒方だ。




そういうところが安心する、変わってなくて。




電車に乗って、いつもの癖で左側に座る。小さい頃からずっとそうだから、癖みたいなもんだ。


「ねえ、神原」


お、珍しい。緒方から何か聞かれるのは。別れたことについて聞かれるのかなって思ってたら、何かを言うのを渋られて挙句の果てに聞かれたのが、「高校楽しい?」って。


緒方のことだから、肝心なことは聞かない。俺が困ることは聞いてこない。



高校か、そうだな…。何を言ったら緒方は困るかな。


「緒方は?」


「楽しい、と思う」


「なんだそれ」


思うってなんだよ。笑っちゃう。


「俺も楽しいよー」



「緒方いるし」



「え?」


「なんでもなーい、俺は寝る!」


なんだよって隣から聞こえてくる。完全には聞こえていなかったようでよかった。聞こえていたら、本当に困ってた。

本当は言わないつもりだったのに。でも口をついて出てしまった独り言。


緒方がいるから楽しい。


そんなこと、本人には言えるわけがない。






   *   *   *


緒方が生徒会室に寄ってから教室に行くのはいつものことだ。変わらず真面目なのである。


しかし、今日は困ってる。なんで……、ってマズい。緒方に触れさせられない。


「どした?」


だから声をかけた。


「ん、開かなくて。なんでだろ?」


そりゃそうだ、から閉められている。


「貸してみ」


鍵を掴んで力を籠める。これくらいしておけば逃げるだろう。


「開いたよ」


「あ。うん。ありがと…」


緒方に疑問を持たれてる?でもバレた様子ないし、じゃあいっか。

あと他にも緒方、なんか……。だけど気が乗ったら緒方のことだし話してくれるだろ。


そう思ってたら、緒方の方から悩み事を喋ってくれた。

そんなの気にしないのに。だけど確かに、からかいの行き過ぎはたまにうざい。それを口に出すと笑われた。


いつもそんなこと言わないしな、俺。



緒方を見送った俺は起き上がる。仮眠なんてするわけない。


本音と建前ってな。


緒方に気付かれるわけにはいかない。約束したから。



少しだけ気を巡らせてみる。何も感じない。さっきのが戻ってくる気配もない。

なら大丈夫かと、生徒会室を出て教室へ向かう。

教室に近づくと緒方と古川の声が聞こえてくる。


「緒方どう思ってんの、神原くんのこと」


お、古川、良い質問。俺もそれは気になる。


「別に?ただの友達、小さい頃から知ってる奴、それくらい?」



……それくらい、ねぇ。



「緒方……もったいないよ」


「え、なにが」


「あんなイケメンが幼馴染だよ。しかも今、別れたばっかだよ。これ狙わないわけなくない?」


「えー、別に。」


あ、別に何とも思ってないんだ。まあ、緒方のことだし。

でも俺としては、緒方に反撃したくなる。


「だって小さい頃から一緒だよ?色んなもの見すぎて、今更かっこいいとも――」


「へえ、そうなんだ」


タイミングよかったんじゃないだろうか。緒方、あたふたしてるの面白い。


俺は無表情取り繕って緒方に心中を察されないようにする。


「別に、顔はいいと思います」


不機嫌そうに返された、別に気にしてないのに。思わず笑ってしまう。



ちょっとしてスマホが震える、緒方からだ。



綸那:さっきはごめんm(__)m

結槻:別に?

綸那:神原のことかっこよくないと思ってるわけじゃなくて

   よく知りすぎてだから、その……

   神原はかっこいいと思うし、おモテになられると思います

結槻:www

   よくわかんねーwww

綸那:言いたかったのは、神原は良い人だと思うってこと

結槻:そっかサンキュ(^^ゞ



良い人だと思う、ね。


緒方。俺は緒方が思う程、良い人じゃない。

だってこうして2人の秘密を持っている時点で少しだけ優越感に浸ってるんだ。






   *   *   *


授業が終わってから樹に緒方が呼び出された。樹が緒方を好きなのを俺は知っている。見ていればわかったし。

俺が別れたの聞いて焦るだろうから、気持ちを言うんだろう。

別に緒方と付き合うつもりはない。緒方は……、アイツは……。


それより、緒方はなんて答えるだろう。多分、アイツの答えはNOだと思うけど。

それでも緒方の答えが気になった。



教室に戻ってきた緒方は不機嫌そうにご飯を食べている。

あ、これは断ったんだろうな。


不機嫌そうなのをみて颯太と大晴が緒方に話しかけている。


「オカンって変なのに絡まれるよな、もったいねえーの」


それはわかる。


「顔は悪くないのに、その性格だろ」


「あー、わかる。だってオカンだもん。それどうにかした方が絶対いいって。少しは変わるよ?」


それもわかるけど、わからない。アイツは全然オカンなんかじゃないし、あの性格は仕方がないと思う。緒方の事情を考えると何も言えない。

何も知らないのに、よく口出せるよな、アイツら。


だからひっそり、気にしなくていいんじゃねと送った。






   *   *   *


走り込みも終わって小休止。

体育館の入り口に座ってるの、緒方と確か……落合だっけ。

緒方って元々色が白いのに屋内競技の部活だから余計に白く感じる。落合も色が白い方だと思うけど緒方には劣る。



少しして落合が退席して、世間話になる。


「いいなあ、体力合って」


そういえば、昔は毎朝一緒に走ってたな。今は一人で走っているけど。

誘ったら、一緒に走るだろうか。


「一緒に走る?」


「えっ?いいの?!」


目をキラキラさせて、なんだよその嬉しそうな顔。

予想外の反応にちょっと驚く。


「いいけど、お前がいいなら」


「走る!」


即答される。本当に予想外だ。


「おっけ~」


嬉しくなって、へへっと笑う。また緒方と走れる。それに緒方と――。


斎藤先生の呼びかけが聞こえた。名残惜しいけど、戻らなくては。


「あ、時間。じゃ、またな~」


そう言ってグラウンドに戻る。



明日からのランニングを楽しみに、部活頑張ろう。






   *   *   *


最近は彼女優先にしていたから、緒方と帰ることもなかった。一緒に帰るのも久々だ。

昔と変わらないギブ&テイクと、昔と変わらない距離感にホッとする。


でも、不意に緒方の声色が変わった。


「なんで別れちゃったの」


ああ、そうきたか。三好先輩かな、花音さんの話したの。でなきゃ緒方はこういうことを聞いたりはしない。そういうことを聞くタイプではない。


緒方と俺はお互い、どういう人間かを大体把握している。何をしたら怒る、何をしたら喜ぶ、そういうのはわかっている。きっとこれが彼女なりの、彼なりの気の遣い方だろうと、そういうのも含めてわかっている。


だからだろうな、緒方は俺の不器用さもよく知っている。

だから素直に喋った、緒方にだったら聞かれたところでそうかで終わる。

同情されたりなんてない。




と思っていた、思っていたのに。

なんでそんな痛そうな顔してるんだよ、お前が。いつもみたいに笑い飛ばしてくれればよかったのに、なのになんで今日はそうじゃないんだよ。

俺が悪いでいいんだよ、だってそうなんだから。なのに、なんで……。



「私は神原の味方だから」

「だって、神原は神原だし。誰が何言っても神原は私が知ってる神原だもん」



なんでそんなタイミングいいんだよ。タイミングよく、いい言葉をくれるんだよ。

俺もそれに応えられてるといいなって思ってしまう、緒方にもタイミングよく何かができているといいなと思ってる。


嬉しい言葉を貰ったら、泣きそうになる。

だから、最高の笑顔で返す。だから最高の笑顔で泣きたいのを隠す。




こういうことしてくれるのは緒方だけだ。こういうことを思うのも緒方だけだ。

だから、緒方は大事な奴なんだ。






   *   *   *


帰りの電車もまた、緒方の隣に座る。

そんなにいつもと変わらない帰路。

でも、いつもと少しだけ違うことがあるとすれば、緒方が寄りかからせてくれていること。いつもだったら突き返されるはずなのに。

今日はなぜだか突き返されなかった。

緒方の温もりを肩で感じながら、眠りに落ちた。



今日は良い夢を見られるかもしれない。

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