5ページ

部活も終え、最後のバスに乗って今日も帰路に着く。いつもと違うことといったら、最終のバスに神原が乗っていること。

コイツ、彼女がいる時は決まって彼女優先だもんな。夏休み入ってから最終バスで見かけたことなかったし。一緒に帰るのも久々だ。






   *   *   *


世間はまだ夏休み、駅にいる人も少ない。いつもは一人でうろつくけれど、今日は神原も一緒だ。


「暑い…アイス……」


改札を通り越した通路のちょっと先にアイスの自販機がある。明日でこの生活も終わり、だから自分へのご褒美にアイスを買うことにした綸那である。

財布を出し、自販機に小銭を入れようとしたとき、横からすっと手が伸びてきて小銭が入った音がした。


「神原?」


「今日、俺の奢り。明日から付き合ってもらうんだし」


「え、いいのに」


「いいのいいの、貰って」


そういうところ、昔から変わらない。律義なところ。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


なににしようかな、これもいいけど。あー、こっちもいいな。なんとなく、抹茶にしようかな。


ふふんと笑ってしまう。放課後の買い食いなんて久々で、ちょっとテンション上がる。

ポチっとボタンを押すとガコンという音がして、アイスが落ちてくる。

ちょっとしゃがんで、アイスを取る。


「神原!」


「ん?」


「ありがと!!」


えへへと神原に笑う。思えば、こういう笑い方は神原以外にはしない。高校の友達には見せたことが無い。

幼馴染だから。素が出るのかもしれない。


「こちらこそ」


つられてか、へらっと神原も笑う。そういえば、神原のこの笑い方も高校で見ないな。


高校生になって、それまで気にしていなかった自分の立ち位置みたいなものが見えてきてみんなそれに縛られる。だからかもしれない。素というものを隠してしまったのは。


神原も私も、みんな、仮面を被って生きるようになってしまったのかもしれない。


「俺も買おっかな、アイス」


「お~いいね~」


神原が財布を出す。前に私は持っていた小銭を自販機に突っ込んだ。


「お、い?」


「お礼、誘ってくれた」


「マジか、じゃあお言葉に甘えよ~」


昔から、このパターン。神原が私に何かをしてくれて、それを私も神原に返す。

ずっと変わらない、神原と私のギブ&テイクだ。






   *   *   *


「結局、一緒のものを…」


「昔からだよな~、俺とお前」


「うん」


結局二人が押したのは抹茶。ぺりっと蓋をめくってそのままパッケージもめく――


「失敗した……」


何を隠そう、綸那はこのタイプのアイスのパッケージをめくるのが苦手である。


「昔から苦手だよな、オカンなのに」


神原にクスクスと笑われる。


「別にいいじゃん。ってか、それはオカンと関係なくない???!」


「はいはい。交換する?」


「いいよ、食べられるし」


「ふーん」


シャクっとアイスにかぶりつく。残暑で火照った身体が中から冷えていく。左隣の神原もアイスに噛り付いている。

昔から私の左側に神原は立つ。私も何もなくても神原の右に立つ。小さい頃からずっとそうだから、癖みたいなもんだ。

ああ、癖みたいなものって言えば、もう一つ。


「神原ってさ、私のことオカンって言わないよね」


「だって、俺の中じゃ緒方ってオカンっぽくはないもん」


「そっか」



あ――。



「確かにオカン要素もあるかもだけど、緒方は緒方だし?家だと案外、ガサツだったりな」


「うるさい!別にいいじゃん」


言い捨てて、アイスを食べ進める。

ホッとした、緒方は緒方だもんって言われてホッとした。ちょっと嬉しくなった。


「オカン」じゃなくて「緒方 綸那」として見てくれていてホッとした。まだちゃんと、「私」としてみてくれている人がいることに、何より神原がそう見てくれていることにホッとした。



だけど、だからこそ、こういう神原だからこそ気になる。あのことが。


「……ねえ、神原」


「何」


私の声色が少し変わったことに気付いているんだと思う。だって、私もちょっと緊張しているから。


「なんで別れちゃったの」


「んー」


神原のアイスを口元に運んでいた手が止まった。


「あの人俺のことちゃんと見てないから、かな」


「ふーん」


ああ、なんか納得した。いつもの遊び感覚の付き合いとか言われたからっていうより、今回は……



神原は不器用だ。いくらチャラそうに見えたって神原は神原で、決して人付き合いが上手いというわけではない。私もそうだが。


神原と私はお互い、どういう人間かを大体把握している。何をしたら怒る、何をしたら喜ぶ、そういうのはわかっている。きっとこれが彼なりの、彼女なりの気の遣い方だろうと、そういうのも含めてわかっている。


しかし、他人はどうか。多分、その先輩は気付けなかったんだろう、神原の不器用な優しさに。


「夏祭りの日さ、結槻君って誰に対しても優しいよね、そういうところちょっとやだなって言われたんだよね。あの人、結槻君の誰にでも優しいところが好きなのって言ってたのに。


俺はさ、そう見えるの知ってるし、だから不安にさせないためにも区別着けてるところは着けてるし、俺なりに大事にしていた気がするんだよ。だけど、それが気に入らなかったんだって。」


残っていたアイスを口に放りこむと神原は続けた。


「だからさ、待ってたんだよね、あの人。他の男の人と一緒に。結局、兄貴だったらしいんだけど。でも、俺は気に入らなかっただけ。だからなんでそんなことするのかって文句言ったんだよね」


神原は、はあっと息をつくと上を向いた。


「そしたら、ホントに好きかわかんないからって。だから、そうしたんだって。なんか俺、イラっときてさ。じゃあ俺じゃなくて他の人にすればいいじゃんって言っちゃって。

なんで私がそんなこと言われなきゃいけないの?、アンタなんかさいてー!ってキレられて、別れるだって。俺、浮気紛いなことしたことないし、試したことなんてないのに」


てか、アンタなんかさいてー!って漫画みたいだろと言って神原は笑っている。ヘラヘラっとした笑い方で笑っている。

こういう時、神原は傷ついてる。なんてことないみたいに笑って隠してる。それを私は知っている。だって、私もそうだから。


「それ、その先輩の逆ギレじゃんね」


「んー、まあ仕方がないのかも?俺にも多分原因あるし。ま、合わなかったってことでさ。どこか好きになれなかった自分もいるし」


声でわかる、神原はその先輩を大事にしようとしてたんだ。でも伝わらなかった。

だから、哀しいが声に混じって私に刺さる。伝わらなかったこと、わかってもらえなかったことに対しての哀しいが伝わってくる。


私は……。私は、それに対してどうしていいかわからない。神原の心を推察することはできても、恋もしたことないのに、失恋の慰め方なんて知らない。どういうことを言ったらいいのかわからない。


だから、気の利いた言葉なんて知らない。


だって、聞いてる限り神原は何にも悪くない。不器用さをその先輩が汲み取ってあげなかっただけで、神原は何も悪いことをしていない。むしろこう見えて神原は卑怯なこと嫌いだし、神原の嫌いなことをした先輩の方が悪いと思ってしまう。なのに八つ当たりをされて哀しい思いをしているのは神原の方だ。


神原は優しいから、その先輩を攻めたくないんだろう。心の中の先輩を信じてる。

だから、自分が悪かったで全部済ませたいんだろうな。



それぐらいしか私にはわからない、その他のことはからっきしで、わからない。




「神原」


「ん?」


「私は神原の味方だから」


だから、これしか言えなかった。恋を知らない私が神原に言える精いっぱいの言葉。


「どうも」


「だって、神原は神原だし。誰が何言っても神原は私が知ってる神原だもん」


一瞬、神原の表情が泣きそうになった気がした。でも、それ以上はわからなかった。


「そっか」


って言って、いつものへらっとした笑顔で笑ったから。






   *   *   *


帰りの電車もまた、神原が隣に座ってる。

夕日が神原の茶髪をもっと明かるして、キラキラと輝かせている。

私は相変わらず単語帳で勉強していたし、神原は相変わらず寝ているけど。

でも、いつもと少しだけ違うことがあるとすれば、神原が私に寄りかかって寝ていることだ。

いつもだったら突き返す、だけど今日はそんな気分になれなくて。

神原の温もりを肩で感じながら、窓の景色を眺めた。



今日の夕日は綺麗だな、泣きたくなるくらいに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る