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一般的には8月はまだ夏休みであるが、進学校に通っているの綸那達に夏休みは無いに等しい。

夏休みも学校に勉強しに来る。授業があるのだ。

だから、いつも通りHRがあって、いつも通り授業をして、いつも通り放課後を迎えるのである。






   *   *   *


「終わった~」


「帰れるー」


一応夏休みのため、フルで授業があるわけではない。お昼までである。


しかし、夏休みなのに毎日登校して授業を受けるというのは高校1年生にとっては心の負担になる。進学校に通う者には仕方がないのかもしれないが、周りでまだ休み期間の学校の生徒を見かけるとどうしても理不尽だ、と思わざるを得なかった。


「おがた~。終わったね~、これであと1日」


綸那と杏樹も例外でなく、精神的疲労があった。


「うん。でもすぐ2学期始まっちゃう」


「そうなんだよ~、どこも行けなかった……」


「でも、杏樹は先週のお祭り行ったんだっけ」


「そう!花火大会、放課後に行ったんだよね~」


「私、部活あったしな」


「そっか~、緒方真面目だもんね」


「そういうわけじゃないけど……」



「オカン」


不意に呼び止められる。クラスメートの田中タナカ イツキだ。


「樹、どうした?あ、ごめん杏樹」


「いいよ~、私もう帰るし。緒方、部活頑張ってね」


「うん、ありがと。また明日」


「またね~」


そう言うと、杏樹は鞄を持って教室出て行った。


「ごめん、オカン」


「いいって。で、どうしたの?」


「外で」


「わかった」




教室を出て、階段の前まで来る。


「で、樹どん」


「神原って……」


なんだ、その話か。もう広まってるんだ。


「そうなんじゃない?てか、なんでいつも私に聞くの……」


「だって、オカン何でも知ってそうだから?」


「なんで……」


「知り合いいっぱいいるし」


「そうかもだけど、知らないことだってあるよ~」


茶化したように答える。だって私も知らないことはある。神原がとっかえひっかえしてる本当の理由なんて知らない。


「そうだな、俺がオカンをどう思ってるかとか」



……そうきたか。



「俺さ、緒方のこと」


「ごめん、私は樹とは友達でいたい。これからも」


「……うん」


「これからも仲良くしてね、私もそうするから」


「ありがとう……」


「じゃ、戻ろっか」



気まずくならないように、話を短く終わらせる。


誰かに知られないようにするために、話を短く終わらせる。




私自身は誰かと付き合いたいわけじゃない。興味ないわけじゃないけど。

この先も友達でいたい、この先も仲良くしていたい、ただそれだけ。だから、こういうことがあっても変わらず接するし、誰にでも同じ態度だ。それが私にとっての当たり前だから。


だけど、そういうのに慣れていない人は「自分だけ」って多分思うんだろう。私にとっては当たり前のことでも、そうじゃないことは沢山あるってことだ。

俗に言う変人タイプさんからよく告白されるのはそういうことなんだろう。




だから、恋愛は面倒くさい。私の中ではそんな考えが生まれてしまっていた。

恋愛とは思うとおりにいかないもの、人間関係でも友人関係のその先のモノだと思っている。だから、今の私には多分無理なんだ。


今が楽しくて、今のままでいたいと思ってる。

周りに恵まれて、今が楽しい。なにより今この瞬間の人間関係を崩したくない、崩してまで恋愛なんてしたくないと思う自分がいた。






樹に告白されたのは置いておき、樹本人としては置いとかれたくないと思うけど。

私だって部活という大事なものがあるんだ。


教室に戻った綸那は鞄を開きお弁当を出す。今の時間的に、あと30分以内に色々終わらせなきゃ。

一人黙々とご飯を食べる。

にしても、樹はそんなことを思っていたのか、意外だ。そういうのに興味ないかと……。いや、それは私だな?



「オカン、すっげー顔してるよ」


今声をかけてきたのはもう一人の田中。颯太ソウタである。ちなみにだが、綸那の席は窓側の真ん中の方で、隣の席が颯太だ。


「いや、別に」


そんなに顔に出ていたのだろうか。まあ仕方ないかも、吃驚したし。


「オカンって変なのに絡まれるよな、もったいねえーの」


さっきの見られてたのか、仕方ない。

颯太の隣にいた吉岡も笑っている。


「なんで?」


「顔は悪くないのに、その性格だろ」


と吉岡。


「あー、わかる。だってオカンだもん。それどうにかした方が絶対いいって。少しは変わるよ?」


とニヤニヤしながら颯太。


別に好きでこの性格じゃないんだけどなと思いながらも、反論するのも面倒くさい。


「んー、わかった。ありがと」


それから、またなーといって、吉岡と颯太は部活に行ってしまった。

それにしても、少し失礼なことを言われた気がしなくもない。まあ、気にしても――



ポケットのスマホが震えた。こそっと見ると神原からだ。


神原の席と綸那の席も近いからさっきの話が聞こえていたのだろう。気にしなくていいんじゃねと送られていた。


周りにバレないように俯く。少しにやけた。

神原は流石だ、私のことをよく知ってる。いつもタイミングがいい。タイミングよく、いい言葉をくれる。だから私もそれに応えられてるといいなって思うし、神原にもタイミングよく何かができているといいなと思ってる。



だから、神原は大事な奴なんだ。




窓の外は中庭で校庭は見えない。でも、校庭からの声がちらほらと聞こえてくる。

サッカー部かな、颯太も行ったし。野球部もかも、吉岡。

陸上部は神原まだいるし、まだかな。

そんなことを思いながら一人、今日はいつもより機嫌よくお弁当を食べた。

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