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私と神原が通っている学校は電車に乗って、そこからバスに乗ると着く。

我ながらなんでこんな遠くて、田んぼいっぱいの田舎を選んだのか……。でも、気に入ったんだよね、校風とか、雰囲気が。実績もそんなに悪くないし、中学の友達からは進学校じゃんって言われてきたな。

入学してからも楽しいし、まあいっかな。






   *   *   *


バスに揺られ、8時前には学校に着き階段を上がって3階へ。神原も一緒だ。

ウチの学校の造りはちょっと不思議で、階段を上ってすぐのところに何部屋か委員会が所持している部屋がある。ちなみに私は何故か皆に推薦され生徒会で、神原は体育委員。体育委員だけは体育館に教官室みたいなのがあるからという理由で部屋が無い。



そして、私はいつもその部屋に寄ってから教室へ向かう。たまたま生徒会室も3階、教室も3階で手間がかからなくていいなって思ってる。


「緒方ってさ、きちんとしてるよな」


「なんで」


鍵を開けようとしたとき、後ろから神原に言われた。


「毎日こうして部屋の確認してから行くんだろ」


「うん」


「俺には無理~」


「じゃあ、なんでついてくるんだよ……」


そう、神原は毎回付いてくる。そういうなら神原だって律義なんじゃないの。


「え、生徒会室って寝ててもバレないから」


なんだ、そんな理由か。って、あれ。開かない?昨日の帰りは開いたのに。



鍵が開かないくて焦っていると後ろの神原から声がかかった。


「どした?」


「ん、開かなくて。なんでだろ?」


「貸してみ」


後ろから手が伸び、神原の手が鍵穴に刺さった鍵を握る。



その瞬間。



神原の周りの空気がピリっとした気がした。


「開いたよ」


「あ。うん。ありがと…」


今の、なんだったんだろ。空気が変わった気がしたの。気のせいかな、神原も普通だし、いつもと変わらないし。


「なんで開かなかったんだろ」


「疲れてんじゃね?鍵、逆に回してたとか」


「なのかな、とにかくありがとう」


「いいって、気にすんな」


ふりふりっと手を振られる。相変わらずゆるゆるっとした雰囲気。こういう雰囲気が女の子にモテるんだろうな、よくわかんないけど。



朝だからいいけど、こういうところを見られたら後で周りの子になんか言われそうだな、女子にも男子にも。


なんで高校生ってそういうの好きなんだろ、よくわかんない。別に仲良くしたい人と仲良くしているだけなのに男女で一緒にいたら「お前ら付き合ってるの?笑」みたいな。アレ、私はあんまり好きじゃない。どうしてこんなに人間って変わっていくんだろ。




「緒方、またなんか考え事?朝からだよな」


「あ、いや、うん。大丈夫」


バレてたか、そりゃそうだよ。神原だもん。わかるよね。


「そか」


神原は必要以上に聞いてこない。そして、それは綸那もである。


二人の距離間は絶妙で曖昧だ。なんとなく聞いちゃいけないことかもと思うと聞かないし、なんとなくこれは口を出していいことと思うと聞く。

幼馴染だ、大体のことはお互い把握しているし、本当に困ればお互いの前だと顔に出るし、神原なら、緒方ならと2人は喋る。他の人にはわからない差でもなんとなく、わかってしまう。


「いや、神原と一緒にいたらまた色々言われるなって」


そのなんとなくで綸那は今の自分の悩みを口に出した。


「そういや前もだったもんな」


「別にいいんだけどさー。神原にも迷惑かかるじゃん」


「俺も別に。まあ、あんまりだとうぜーなって思うけど」


神原は珍しく眉をひそめている。前に言い寄られてた時あったもんな。


「そうなんだよね、たまに」


なんだ、神原もおんなじ気持ちだったんだ。ちょっと綸那はホッとして笑顔になった。



ドアノブを回して扉を開ける。何故か委員会室だけドアノブで開ける仕様で、しかもこの学校の生徒会室、キッチン付きなのである。


「よし、今日も変わらない」


「よし、俺は寝る」


「はいはい、あとで鍵は返してよ」


「わかってんよ」



鍵を渡して、神原と別れ一人で綸那は教室に向かう。神原はいつも通りまたな~と言って寝てしまった。


教室の引き戸を開けると、何人かは既に登校していた。


「おはよ、杏樹」


「おはよ~、緒方」


入ってすぐの方、一番後ろの席でだらだらとしてるのは古川フルカワ 杏樹アンジュ。高校に入ってから一番にできた友達だ。


「杏樹、今日はおさげなんだね」


「うん、気分!」


杏樹はかわいい。好きな人がいるらしくて、その人に見てもらいたくて毎日頑張っている。校則に引っかからない程度の化粧を毎日して、毎日その人に挨拶して。



きっとこれが”普通”の女の子。



じゃあ私は?色んなものに追いかけられて、毎日を変わらず生きてるだけな気がする。それも楽しいんだけど。でも、周りには言えない。

だって、皆変わっていくし変わってるのに。私一人、このままでいいと思ってるなんて言えるわけが無い。



だからいつもどこか疎外感を覚えてしまうんだ。




「で、進展は?」


そんな考えが心の奥底にあるなんて知られてはいけない、だから綸那はそれを見せないために先手を打つ。

杏樹の前の席の椅子を借りて向かい合って話を聞く。


「えー、なんもないよ?」


「そっか~」


でも、杏樹や色んな女の子の恋愛話を聞くのは楽しいし、好きだ。するのは苦手だけど。


恋をしている女の子はかわいいと言うけれど、本当にそうだと思う。


「でも、頑張る!私、彼にふさわしい女の子になる!!」


「うん」


ほら、かわいい。誰かのために可愛くなろうとする女の子は、キラキラしていて華やかだから。だから、私はこうして毎日話を聞く。


「緒方は神原くんと一緒に登校してたよね」


「あっ……」


見られてた。でも、杏樹は別にそういうことをからかったりはしない。彼女は彼女でなんとなく察してくれているらしい。


「また別れたんだね~今回は1ヶ月くらい?」


「みたい」


「モテる人は違うね~」


「うん」


ねえ、と杏樹はじっと綸那を見る。


「緒方どう思ってんの、神原くんのこと」


「別に?ただの友達、小さい頃から知ってる奴、それくらい?」


「緒方……もったいなよ」


「え、なにが」


なにがもったいないというんだろう。


「あんなイケメンが幼馴染だよ。しかも今、別れたばっかだよ。これ狙わないわけなくない?」


あ、そういう、もったいないね。なるほど。


「えー、別に。だって小さい頃から一緒だよ?色んなもの見すぎて、今更かっこいいとも――」


「へえ、そうなんだ」


この声は……?!


「神原っ?!寝てたんじゃっ!?」


あたふたする綸那を横目に神原は窓際の自分の席に着く。


「あ、おはよ~神原くん」


「おはよ、古川さん」


杏樹はクスクス笑っているし、神原はいつも通り表情が読めない。


「別に、顔はいいと思います」


不機嫌そうに返してみる。


「全然フォローになってね~」


杏樹は相変わらずクスクス笑っているし、神原は気にしてないみたい、ちょっとニヤニヤしてる。



私、からかわれてるな。私をからかって何が楽しいんだか。


でも、まあ――。

ポケットからスマホを出して、メッセージアプリを開く。

相手は神原。



綸那:さっきはごめんm(__)m

結槻:別に?

綸那:神原のことかっこよくないと思ってるわけじゃなくて

   よく知りすぎてだから、その……

   神原はかっこいいと思うし、おモテになられると思います

結槻:www

   よくわかんねーwww

綸那:言いたかったのは、神原は良い人だと思うってこと

結槻:そっかサンキュ(^^ゞ



杏樹に見られないように、すばやく打つ。神原も打っているところが手で見えない。二人とも手慣れていた。


ちょっとしたことがあると、私と神原はこうしてメッセージアプリで喋る。

周りに知られないように、周りから誤解されないようにするために。2人の秘密だ。

だって神原 結槻とは気心知れない仲だもん。本当は誰より仲がいい、ずっと私にとって大事な人だ。



そんなこんなでクスクスと笑っていた杏樹にバレた様子はなく、ようやく彼女は笑いが収まった。




「あ、次のバス来たみたい」


「うん」


男子たちの大きな話し声やそれに混じった女の子たちの声が廊下から聞こえてくる。


今、8時だから、これはもしかして。


「おっはよ~」


この陽気な声。やっぱりだ。


「はよ、吉岡」


綸那が挨拶したのは吉岡ヨシオカ 大晴タイセイ。クラスのムードメーカー的存在である。


「おはよ、オカン。おはよ~、古川」


いつものように陽気に返してくる。そして。


「お、おはよ。吉岡くん」


少しだけ、杏樹の声が上ずる。大晴は杏樹の思い人なのだ。



こういうところ、本当にかわいい。杏樹は私の持ってないモノを沢山持っている。それを見るだけでちょっとほっこりした気分になる。


「あれ、神原?」


杏樹より大晴には気になったものがあった。いつもいないはずの神原である。


「今日早いな!また別れたのかよ!」


ヘラヘラと神原に突っ込んでいく。


「そうだけど、なんだよ」


「またか~と思って」


「別にいいだろ」


「モテる奴は違いますなぁ~」


「からかってんじゃねぇーよ」


神原は比較的に近寄りやすい雰囲気を出しているし、彼の恋愛履歴は学内でもちょっと有名である。

だけど、彼の恋愛事情に深入りしないというのがよくわからないが暗黙の了解のようになっていた。きっと、付き合って別れて、付き合っての繰り返しのスパンが人より短くて多いからだろう。そこに突っ込んでいくとは大晴はなかなかの人間である。



「仲いいね~、いいな神原くん」


「ホント。うるさいくらい元気があるよね」


「うーん……」


少しだけ困った顔で目の前の女の子が笑ってる。


杏樹の言いたい事は多分、吉岡と仲良くできる神原いいなってことだと思う。だけど、私はそれに気付かないフリをして返事をした。少しだけ見当外れの答えを言った。




私はズルい。なんとなく人の気持ちが推測できる。育ってきた環境だと思う。大人が沢山いる環境で一人子どもがいる。そんな中で生きようと思ったら、顔色を窺わずにはいられなかった。


だから、人が欲しい答えもなんとなく推測ができる。でも、たまにそれを言わない。




1つは周りの空気のため。もう1つは自分を隠すため。



だって、私は杏樹に答えられない。

だって、私は知らないんだから、恋心なんてものを。

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