いつもがちょっと変わる時

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「いい加減、起きろっ!!!」


べろんと布団を剥かれ目が覚める。寝てる間にタイマー機能で冷房が切れて蒸し暑い。蒸し暑さで唸り声しか出ない。


「うーー」


そしてだ、起きなくてはいけないのはわかっている。それは綸那もわかっている、しかし眠気には勝てない。起き上がれない。


「遅刻するよ?」


母のその一言で起きようかなという気になるが、眠気には勝てない。


「今何時……?」


「5時15分」


5時…15分……。5時、15分……?

頭の中で数字がぐるぐると渦巻く。5時15分って、その時間だと……


「起きないと!!!」


ガバっと、身体を起こす。5時15分、電車ギリギリ間に合う。


「だから言ったじゃん~?」


「わかってるんだけど!!!眠いもんは眠い!!!」


布団をたたみ、急いで階段を下りる。


「あー、やばいぃ~」


パジャマを脱ぎ捨て、制服に着替える。そして脱ぎ捨てたパジャマをたたみ、かごにほとんど突っ込むように入れ、洗面台に向かう。


「うわああああ、まずいよ……」


女子高生にとって、というか学生にとって朝は時間との戦い。睡眠時間も欲しい、だけど身だしなみもきちんと整えたい。


二者択一、というわけにもいかない。両方欲しいのである、特に女子は。



顔を洗い、食卓に着く。ここまでの時間、7分。


「いただきます」


「お弁当、そこ置いといたから」


「うん、ありがと。ママ」


お弁当のおかずの余りを突っつく。ありがたいことに綸那の好きなものが毎日一つは入っている。ご飯を食べながら、気温と天気予報を確認する。

もうすぐ9月だけど気温が下がる様子はない。日本ってホント寒いし暑い……。しかも蒸し暑い。


今日の部活、正直かったるい。暑い中閉め切ってとかヤバい。絶対に、ヤバい。


「今日も暑いから熱中症だけは気をつけなよ」


「うん」


あ、35分。動かなきゃ。


「ごちそうさまでした」


皿を片付け、歯を磨き、その他諸々の準備をする。



そうこうしているうちに、5時45分。


「いってきます」


そして、今日も綸那は変わらずこの時間に家を出る。






自転車を漕ぎ、最寄の駅に向かう。早朝だからまだいいが、それでもやっぱり暑い。

下り坂で少し休憩、惰力で下る。速度が上がり、風が吹き抜ける。

そして、上がったままの走力を維持しながら、交差点を曲がり、アンダーパスを通って駅まであと少しのところでの上り坂。走力が下がらないように、自転車を漕ぐ。

そうして、ようやく駅に着く。着いたら駐輪場に自転車を停め、急いでホームに向かう。


こういう時、田舎で良かったと思う。だって、自動改札機ないし。こんな早い時間に駅員さんはいない。誰にも引き留められない。



踏切を渡り、向かいのホームに歩く。今日もどうにか間に合った。

待合所で、息をつく。息を吸うと朝の風の匂いがする。湿っぽくて、草の香りが混ざった匂い。

朝日でホームから見える山の緑がキラキラと輝いている。いつもと変わらない朝。




「はよ、おがた~」


後ろからいきなり声をかけられて、ポニーテールに結った髪の裾がビクッと揺れた。


このちょっとゆるっとした声は……


「んだよ、神原」


思わず不機嫌な声が出てしまう。首だけ振り向くとやっぱりアイツ、神原が手を振っている。ちょっと気崩した制服に地毛の茶髪が田舎の駅ではちょっと目立つ。


「なに、ってなんだよ」


「別にぃ?」


別に何もない、いつもの朝が邪魔された気分なだけだ。かといって、たまたまこの時間に出会った神原が悪いわけではない。挨拶してくれたし。


「おはよ」


ということで綸那は素直に挨拶を返すことにした。


「ん」


軽く返事をした神原がふぁーっと隣であくびをする。眠いんだろう、まだ6時だ。



……ん?まだ6時なのになんでコイツここにいんの?いつももう1時間遅いのに乗るのに。

ってことはもしかして……


「神原、もしかしてまた別れた?」


「うん」


この人サラッというんだよな、重要なこと。


「マジか」


「うーん、マジマジ」


「そっか」


ちらっと神原の表情を見るがいつもと変わらない。さして気にしてないんだろう。高校入って何回目だろう、神原が彼女と別れたの。私が聞く限り2、3回目くらいなんだよな。てか、どこにそんな出会いがあるんだか。いや、この顔だから向こうから来てくれるんだろうな。




神原こと神原 結槻は幼馴染だ。小さい頃から一緒にいる。幼稚園、小学校、中学校も、そして何の縁だか高校も一緒だ。

だから大抵のことは知っているし、大抵のことは言わなくても雰囲気で伝わるし伝えられる。それくらいに神原 結槻とは一緒にいる。


それなのに、お互い高校に入ってからはそれまで名前で呼んでいたのに苗字で呼び合うようになってしまったし、顔が良く中学の頃から(いや、もっと昔からかもしれない)モテてていた神原は、高校に入ってすぐ告白された女の子と付き合って、別れまた告白され付き合って別れを繰り返している。



それに比べ私は平穏で、勉強、部活、委員会に打ち込んでいる。中学の頃と変わらず。



中学生までは一緒に帰宅したり、神原が綸那の家にご飯を食べに来たりと仲が良かったのだ。しかし、今では。二人は対極の道にいる。

きっと苗字で呼び合う様になったのも、神原と距離ができたのも高校受験が原因だと綸那は思っている。


2人とも志望校は違っていたし、神原は県で一番と言われている高校に入ろうと、綸那は色々あって私立を第一志望校として一生懸命勉強していた。


しかし、神原は受験に失敗。綸那は第一志望に。そして、2人揃って今の高校に入学した。

親同士はまたですかと喜んでいたが、本人たちは気まずいし、なんだまたお前と一緒かよ、みたいなものがあったんだろう。

だからか、高校に入ってから神原が幼馴染であるということは人に言ったことはないし、クラスが一緒でも最低限のことしか喋らなくなってしまった。




唯一、彼が誰かと別れて始発のバスに乗るために同じ電車に乗るとき以外は。




「電車来た」


神原の声で現実に引き戻される。あ、何考えてたんだっけ。そうだ、神原がとっかえひっかえするようになったの高校からってことだ。


「うん」


ピタッと綸那の目の前にドアが来る。綸那と神原は電車に乗りこむ。

朝の6時頃、しかも始発駅からまだそんなに離れていない田舎。

電車に乗っている人は1人もいればいい方だ。


だから、いつも座る座席、一番端っこに綸那は座る。そしてその左隣に神原が座る。



ドアが閉まり、電車が発車する。


「ねえ、神原」


「ん?」


「あー、いやうーん」


本当はなんでそんな彼女とっかえひっかえするの?って聞きたかった。でも聞けない、神原の家の事情も知ってる。だから余計聞けない、踏み込めない。


「楽しい?」


だから、こう聞くしかなかった。


「何が?」


「高校」


「んー」


ふいに神原が綸那の顔を覗き込む。綸那と神原の視線が合う。


「緒方は?」


「楽しい、と思う」


「なんだそれ」


へへっと神原が笑う。ヘラっとした、ずっと変わらない神原の笑顔。

久しぶりに見た安心する笑顔。


「俺も楽しいよー」



「緒方いるし」



「え?」


今、なんて。よく聞こえなかった。なんつった、コイツ。


「なんでもなーい、俺は寝る!」


「なんだよ、それ」


困ったような、嬉しいような。てか、肝心なことをはぐらかされた気がする。

でもよかった、神原。高校楽しいって思ってくれてるんだ。


それだけで、私、今日は頑張れる。私、ずっと気にしてた、神原の高校生活私が邪魔してたらどうしようって。


チラッと神原を見るともう寝ている。私もちょっと寝ようかな、昨日は夜更かししちゃったし。

今日は寝よう、神原隣で寝てるし邪魔したくない。

目を閉じるとくっつくかくっつかないかの距離の神原の暖かさと、電車の揺れも相まって、眠りに引き込まれた。






いつもと変わらない。神原が隣に座っていること以外は。

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