第5話 社会人の男性

今日はボウリングの総会に、背の高い男性が現れた。雰囲気のある人だなぁと私は純粋にそう思った。

「星くん。どうしたの?」

鏡屋先生は彼を見ながら驚いている。彼は、5年前に経営学科を卒業したOBらしい。なぜ彼のような人が私たちのいるボウリング同好会でに現れるのだろうか?気になるところだ。

「鏡屋先生、久しぶりです。今日はボウリング同好会にこれから顔を出すことを宣言しに来ました」

安藤会長と山口副会長はアタフタしている。そりゃあそうだろう。社会人が来るのだから。私たちにとって緊張するのは当たり前なわけで。

「じゃあ、その後のボウリング大会にも参加するかね?」

と鏡屋先生が聞くと、

「もちろん。」

と返ってきた。そんなこんなで、ボウリングに新たな参加者が増えたというわけである。




総会後、私と安藤会長と山口副会長と星先輩は、エレベーターの中で世間話をしていた。

どうやら星先輩はパチンコ店で仕事をしているらしい。闇が深そうな仕事だなぁと思いながら聞いていると、やはり彼は転職活動中なんだそうだ。

「なんの仕事をしようとしてるんですか?」

山口副会長が聞くと、彼からは製造業という言葉が出てきた。人相手は消耗するのだと感じたのだそう。

「そりゃあそうでしょうね…」

私はそう言いながら苦笑いした。

「今日のボウリングではホットドッグ奢ってあげるよ」

そう星先輩が言ってくれたが、私はその言葉に困惑した。両親の道徳的な教育上、あんまり借りを作るとあとからそのことについて文句言われるのがわかっているからだ。しかし、安藤会長と山口副会長は

「ありがとうございますー」

と言っていた。奢ってもらってラッキーくらいにしか思ってないのだろうか。

そうこうしている間に、鏡屋先生がやってきて、車を準備してもらい、私たち4人は車に乗り込んだ。




「これからは、組む人をバラバラにしていこう」

ボウリング場に着くなり鏡屋先生が声高らかに言った。いつも安藤会長と山口副会長で固めていた私を男たちと関わってもらうように仕向けるんだそう。

「まぁ今日は女3人固めるんだけどね」

鏡屋先生が笑った。いや固めるんかいと私は心の中でツッコミを入れていたが、あっという間に投げる時間となり、皆が投げ始めた。

運動は全くできない私だが、ボウリングだけは豪速でなげるほど手馴れている。そのギャップに、初めて見た先輩たちは驚くわけで。

「ホットドッグ持ってきたぞー…は?」

星先輩がホットドッグを乗せたトレーを持ちながら、ポカンと口を開けていた。ありがとうございます、と私がもらおうとすると、

「いや、ちがうちがう。わたげちゃん?だっけ。何あの豪速球。すごいね」

そう言って星先輩は目をキラキラさせていた。事態が読めなかったらしい。

「父親に教えてもらっていたので」

と私が言うと、安藤会長が

「お父さんに教えてもらってたのー?ヤバ。ファザコンやーん」

と私をはやし立ててきた。私が放心状態になっていると、星先輩が

「まぁ、家族仲がいいことは良いことだから気にするなよ」

そう星先輩がなだめてくれたが、安藤の発言が気になり2ゲーム目は調子が悪く90点だった。



「それにしても上手いな」

と星先輩が私を褒める。そんなことないですよーと私が言うと、またまたそんなこと言ってとまた褒めてくる。すると、それが気に入らなかったのか、安藤会長が鋭い視線を送ってきた。この状態で3ゲーム目の6回目の1球を投げると、案の定ガターである。

「俺は、何も見てないからなー?」

そう星先輩は笑いながら私を立てる。タバコを吸っている安藤会長の口角は上を向いていた。



そんなわけで、6月頭のボウリング大会は、自己ベストを更新することはできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る