第2話 イケオジサンとヒトジチックボーイ

「だッ……アアアッ!」


 男子トイレで年端も行かない少女とくんずほづれつ。字面でみたら背徳感の塊だが、実際の相手はロリ化したお爺さんだ。世の中知らない方がいいこともあるんだなぁ。


「髪だけは勘弁してくれなぁ!」


 先ほど押した非常ボタンにより、トイレの出入り口は強固な壁で塞がっている。怪人の力でも壊すのには3分以上かかるだろう。しかし、怪人討伐部隊が到着するのも平均して3分程。大きな総合スーパーだ。もし、部隊が到着する前に怪人がトイレから出れば、一般人への被害は免れない。


「といっても、俺が死ぬ前には助けて欲しいな……」

「イィイィィン!!」


 CDドライブのような音を立てて、少女が肩のウィップを伸ばしてくる。すんでのところで避けると、壁に大きな穴を開けて突き刺さった。流石にこれを喰らったら致命傷は免れない。


 一定の距離を保ちたいのだが、なんせここはトイレの中だ。トイレとしては広い方だが、ウィップで攻撃しつつにじり寄られては逃げ場がない。それは怪人も分かっているようで、近接攻撃よりも遠距離攻撃の手数が増えている。


 あと数歩距離を詰められれば、もう今のように避けることは出来ないだろう。『音』を聞いた時の咄嗟の選択が悔やまれる。彼女とのデートと一般人の命。天秤にかけるようなものでもないけれど、この状況では彼女が恋しい。


「やっぱ逃げれば良かったなぁ!」


 命からがら避け続けたが、ウィップの1つが俺の足元を穿つ。その衝撃でしりもちをついてしまった。まだボタンを押してから1分も経ってない。怪人に何度か襲われたことがあるからわかる。俺の余命は2秒を切った。


――死にたくねぇ。そう強く思った時だった。


 出入り口の扉が降りる音がした。それと同時に、聞き覚えのある声が頭の上から降り注ぐ。


「逃げは古来からある最高の戦術だぜ」


 次の瞬間には、プラスチックの怪人は切り刻まれていた。胴体と四肢が離れ、それぞれが細切れになっていく。赤い布切れが宙を舞う。しかし、血は一滴たりとも流れていない。


 チンッと音を立てて鞘に剣を収めた討伐隊員は、くるりとこちらを向いた。


「誰かと思えば、少年かよ」

「……おじさんこそ、隊員だったんすか」


 差し伸べられた手を握って立ち上がる。ゴツゴツとした大きな手は温かかった。半袖半ズボンのくせに。


「隊員なら早く来てくださいよ……。死ぬかと思いました」

「剣を取りに行ってたら遅くなっちゃった」

「プロ意識がなってないっすね」

「今日休みだったんだから許してくれよぉ」


 泣きつくように謝るその姿からは、怪人を一瞬でバラす強さは微塵も感じられなかった。かといって、目の前で見てしまったのだから否定することも出来ない。


「てかさ、何でお前はリングも武器もなしに怪人とやり合えてたんだよ。しかも目立った怪我もねぇし」

「それは……」

「言いたくないことなのか?」

「いや……生まれた時からそういう体質なんすよ。なんか頑丈っていうか……」

「は? キッモ」

「酷くない!?」

「神に恵まれたとかいうやつー?」

「奇跡とか……なんすかね」


 自分で言うとなんだかむず痒くなるが、本当にそれしか説明のしようがないのだ。これまでも何度か怪人騒動に巻き込まれることはあったが、1度も大きな怪我を負ったことがない。ニュースでは「少年、奇跡の生還!」などと見出しをつけられたこともある。


しかし、おじさんは眉を寄せて難しい顔をした。


「奇跡なんてものはねぇ。必ず原因があって、それが見えにくなっているだけだ」

「……いいこと言いますよね」

「歩く名言と名高いからな」

「余計な一言が無ければ完璧なんだけどなぁ」


 そんなやりとりをしていると、遠くの方から複数の足音が聞こえてきた。十中八九、非常ボタンによって駆けつけてくれた別の討伐隊員だろう。


「ところで少年よ、彼女との鍋パは大丈夫なのか?」

「……やっべぇ! あと10分しかない!!」

「早く行きな、アイツらへの説明は俺がしといてやる」

「サンキューおじさん!」

「少年の健全な育成は大人の務めさ」


 最後までかっこつけたがるおじさんに背中を押され、駆け足で出口へと向かう。ちょうどトイレから出たところで、黒いスーツを身に纏った3人組と鉢合わせた。全員がアサルトライフルのようなものを持っている。


ぺこりと頭を下げてその場を去ろうとしたが、先頭の目つきの悪い男が行く手を阻んだ。


「止まれ」


 銃口が額に当てられる。今すぐ撃たれることはないだろうが、やはりドキリとしてしまう。


「何をしていた」

「……怪人に襲われていました」

「嘘をつくな」


 男は聞く耳を持たない。じゃあ最初っから聞くんじゃねーよ。


 1秒でも早く彼女に会いたい気持ちと、流石に銃で頭ブチ抜かれたら死ぬよなという気持ちが交錯する。


「おいおい、討伐隊員様っつーのは夢追う少年にまで銃口向けんのかよ。おっかないねぇ」

柳楽なぎら隊長……」


 3人組の唯一の女性が小さく声を漏らす。背後を静かに振り返ると、おじさんは腕を組んで壁にもたれかかっていた。格好つけすぎだろ。


「今日は休みだから隊長じゃない。……中の怪人は倒しといたから、皆片づけだけして帰っていいぞ」 

「待ってください」


 目つきの悪い男は銃口をこちらに向けたまま、おじさんに異議を唱えた。


「この男は何ですか」

「一般人だ」

「服が破れています。それなのに、怪我をしている様子がまるでない」

「お? ……ほんとだ。少年、そこら辺でかっちょいい服選びな。その銃向けてる兄ちゃんが買ってくれるぞ」

「まじすか!」

「少し黙ってください!」


 怒りをあらわにする目つき悪男。銃を持ったまま感情的になるのは控えていただきたいものだ。


「近辺でアロイクラスの怪人が現れたという反応が出ています。怪しいものを見過ごすわけにはいきません」

「ほーん、アロイねぇ」


 おじさんは話を聞きながら鼻をほじっていた。頼むから挑発しないでくれ……。


「柳楽隊長!」

「だから今日は隊長じゃ……いや、隊長ってことにしようか。臨時出勤っつーことで」

「何を言って――」

「その少年を解放して、服を買ってやれ。隊長命令だ」


 鶴の一声ならぬ、おじさんの一声で、その場は嘘みたいに丸く収まった。

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