29話 《白絆の眷属》

「《白絆はくばんの眷属》……?」


 皆で小さく呟く。

 今、クリスが謎のアビリティをゲットした。


 《白絆の眷属》。

 彼が魔物であるヘビの肉を食べた途端、そのアビリティを獲得したとシェアリーの窓が告げてきたのである。

 俺達の持っている《深呼吸》もゲットしていた。


 これじゃあまるでフィアの能力《ホワイト・コネクト》と全く同じだ。


「え、な、なに……? いきなり何これ……?」

「…………」

「…………」


 クリスは俺達よりも状況を把握できていない。

 当然だ。彼は《ホワイト・コネクト》の効果を知らないのだ。


 そこから派生したと思われるこの状況を理解できるはずも無い。


「えぇと……? レーイチローとフィアは魔物を食べても毒に掛からないんだっけ? そんなこと言ってなかった? 《ホワイト・コネクト》……だっけ……?」

「…………」

「それが関係している感じ……?」


 ただ、クリスは賢い女性……いや、男性だった。

 俺とフィアのわちゃわちゃとした言い合いだけで、状況を正しく分析しようとしていた。


「……クリス、体調はどうだ?」

「あ、うん。全然平気。魔物食べた後の気持ち悪さは全く無いよ」


 クリスは力こぶしを作るポーズを取る。

 力こぶしは全く出来ていなかったけど。こいつ、腕細いな。


「えっと……この宝剣の能力が《ホワイト・コネクト》っていうんだ。能力は一定条件を満たすことによって相手の能力やスキルを自分の物に出来る、という代物だ」

「……宝剣の能力を説明するの? レーイチロー?」

「……この状況で何も説明しないのは流石に酷だろう」


 俺はクリスに《ホワイト・コネクト》について一通り説明する。

 魔物を食べることによって、その魔物の持っていたスキルを獲得することが出来ること。それによってここ数日でいくつかのスキルを手に入れたこと。


 フィア曰く、その副次的な効果で魔物の瘴気を無効化出来るらしいことなどを伝えた。

 小さく相づちを打ちながら、クリスが俺の話を聞く。


「『成長グロウス系』の能力かぁ……。珍しいね」

「やっぱり強いと思うか、この能力」

「そりゃね。めちゃくちゃ強いよ。でも、だからこそ『成長系』の能力は狙われやすくなるからね。育ち切る前に倒せって……。いいの? その能力、僕に話しても?」

「あまり良くはないが、状況が状況だからな……」


 俺とフィアにとって気を付けなければいけないことが、この《ホワイト・コネクト》の能力を誰にも知られないようにすることだ。


 この能力は序盤に弱く、そして俺は今レベルの低い雑魚である。

 この剣の能力の詳細はおろか、俺が宝剣を持っていることすら誰かに知られたくない。


 クリスは今日偶然出会った、まだ日の浅い仲だ。

 完璧に信頼することは出来ない。


 でもそんなこと言ったらフィアだって日の浅い仲だし、この状況で説明を渋るのは不義理のような気もした。

 だって、知らなかったとはいえ魔物の肉を食べさせてしまったのだし……。


「うん、まぁ、ありがと……。君たちの誠実さと受け取っておくよ」

「おう……」

「で? 《白絆の眷属》ってなに?」

「それは……」

「ん……」


 やはり、疑問点はそこに戻る。

 俺もフィアも返事が出来ない。こんなの見るの初めてだったからだ。


 俺はともかく、この宝剣の精霊であるフィアも知らないっぽいのは意外だった。


「まぁ、宝剣の所有者とはいえ、その宝剣の能力の全てを知っている訳じゃないからね。それで? 僕は魔物の肉を食べたからこの《白絆の眷属》とやらを習得したのかな? タイミング的にはそんな感じだったけど……」

「食べたモンスターのスキルも得られているようだったな?」


 話し合いながら、今起きた出来事に対して考察を進める。


「……とりあえずクリス。このイノシシ肉も食べてみたらどうだ? それで同様の結果が出たら方向性も掴める」

「うっ……。それも魔物のお肉なんだよね……?」


 クリスが後退る。

 完全に顔が引きつっていた。


 それもそうか。この世界に魔物の肉を食べる文化があるはずないからな。忌避感が強く出るのも当然だ。


「ん、クリス。近場の病院の場所を教えといて。クリスに何かあったら急いで担いでいくから」

「まるで人体実験だよっ! くそーーーっ!」


 フィアの無情な提案に、クリスが泣いた。

 でも彼もこの《白絆の眷属》のアビリティに興味があるのだろう。彼は覚悟を決めていた。


「ついでだし、俺達も一緒に夕飯にするか」


『ハーブ風味のヘビ肉とイノシシ肉の野菜炒め』を温め直す。

 大皿によそい、小皿をテーブルの上に並べて夕飯の準備を整えた。


「頂きます」

「いただきまーす」


 作った料理が温かな湯気を立てる。

 俺達は肉野菜炒めを口にした。……病院への順路をしっかりと頭の中に入れながら。


「ん……! おいしい!」


 フィアが目をキラキラと輝かせながら、喜びを口にする。

 俺達の今までの調理は直火焼と燻製だけだった。そこに今回はハーブソルトという味が加わったのである。


 塩のしょっぱさとハーブのピリッとした独特の味わいが肉野菜炒めを彩る。


 やはり、調味料は偉大。

 あまり舌の肥えていない俺とフィアなら、こんな簡単な調理でさえ満足してしまえるのである。


「今までで一番おいしいよ! レーイチロー!」

「そっか、良かったな」


 フィアがぱくぱくと肉野菜炒めを口にする。


 彼女の舌はチョロい。飯チョロである。

 これだけ満足気に食べて貰えるのなら、飯を作っている俺としてもやりがいがあった。


「このトルエスって野菜もうまいな……」


 この世界で初めて出会った野菜にも舌鼓を打つ。

 柔らかいながらも歯ごたえがしっかりとしている。野菜としてのほのかな甘みも感じられ、どんな料理にも合いそうな野菜だなと思った。


「うぅ~~~、た、食べるぞぉ……。魔物の肉を食べるぞぉ~~~、僕は……」


 その中で、クリスは眉を顰めながらフォークが進んでいなかった。

 そりゃそうだ。彼には勇気のいることだろう。


「……えぇいっ! 男は度胸!」

「女だろ、クリスは」

「男だよっ!」


 そうだった。

 どこからどう見ても女性にしか見えないから、つい忘れそうになる。


 彼は意を決し、目を瞑りながらイノシシの肉を口にした。


「……どう?」

「いや、もっと多く食べないと《ホワイト・コネクト》は発動しないぞ」

「うぅ~~~」


 さっきのヘビ肉を食べた時の発動が早過ぎたのだ。

 彼はぱくぱくとイノシシ肉を口に放り込む。


「……臭みが強いね、結構。イノシシってこんな感じなんだ」

「すまん、血抜きが不十分だと思う。俺は狩りの専門じゃないし、準備も足りなかったからな」

「でも、これはこれで野性味溢れるって感じがするよ」


 流石、良いとこの家の嬢ちゃん……いや、坊ちゃんである。

 舌が肥えている。フィアのように飯チョロとはいかなかった。


『【クリス】

 Ability《白絆の眷属》発動

 HP 66/67(+1) MP 93/94(+1) 攻撃力36(+1)

 Skill《興奮》を獲得しました』


「お……?」


 その時、《白絆の眷属》が発動した。

 クリスのシェアリーの窓を俺とフィアが覗き込む。


「どう……?」

「……発生条件、獲得できるスキル、共に《ホワイト・コネクト》と全く同じだな」

「ん、だね」


 魔物を食べて、魔物のスキルを獲得した。それは《ホワイト・コネクト》と同じ効果だ。


 それだけでなく、獲得できたスキルの種類も一緒だった。

 俺はイノシシを食べて《興奮》のスキルを、ヘビを食べて《深呼吸》のスキルを手に入れている。


 今のところ、実質、クリスも《ホワイト・コネクト》のアビリティを手に入れたと同じことになっていた。


「いや、凄過ぎない? 『成長グロウス系』の能力を他者に伝播させるの? 卑怯ってレベルじゃないと思うんだけど……」

「…………」

「…………」


 皆で戦慄し、言葉を失う。


 まさか、この宝剣に使用者以外も成長させてしまう能力が備わっていたとは。

 それがどれだけ驚異的なことか、戦闘経験の浅い俺でもすぐに理解できる。


 作ろうと思えば、《ホワイト・コネクト》によって強化された軍隊だって作れてしまうかもしれないのだ。


 ……確かに『コネクト』って名前だもんな。

 想像以上に人との繋がりが大事な能力だったようだ。


「クリス……」

「わ、分かってるよ! こんな重大な秘密、ぽろぽろ漏らしたりしないよ! それに、僕も巻き込まれて関係者になっちゃったしね……!?」


 クリスの方に目をやると、その意味を彼がすぐに理解する。


 この能力が外に漏れたらどうなるか。


 俺達を利用しようとする者が集まってくる。俺達を排除しようとする者が現れる。騙そうとする者、恐怖する者、祭り上げる者。

 ありとあらゆる者が群がってきてしまう。


 俺は想像以上に厄介な能力を手にしてしまったのである。


 いや、今でも宝剣の所有権を放棄する道を探っているのだが……。

 こうなってくると、軽く手放すことすら難しくなってくる。


 手放すまではこの宝剣の能力を使って自己強化に努めるのは間違ってないと思うが……。


「……うーん、でもこうなってくると、色々試してみたくなるね」

「クリス?」

「この《白絆の眷属》と《ホワイト・コネクト》」


 ご飯を食べながら、クリスの興味心がくすぐられていた。


「試すって、なにを?」

「そうだなぁ……」


 クリスが赤黒く光る球体をどこからから取り出した。

 ……ちょっと待て、今それどこから出した?


 俺の疑問は置いておいて、クリスがしゃべり始める。


「これさ、ここのダンジョン15層で出てくるゴーレムの核なんだけど」

「ゴーレムの核……?」

「……食べ物以外を、食べてみるとか?」

「…………」

「…………」


 皆で無言になる。

 俺たちは修羅の道を歩む。


 ついに俺たちは、食べ物以外を口にしようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る