28話 ハーブ風味のヘビ肉とイノシシ肉の野菜炒め

 迷宮ギルドで用事を済ませた後、俺たちはとある一軒家の前に立っていた。


「おおー……」

「思ったよりも立派だな」


 フィアと俺で感嘆の声を上げながら、その戸建ての家を見上げる。

 石造りで二階建ての家だ。壁面は古ぼけていて、建物全体から長い年月の経過を感じさせる。


 この古都都市全体で言えることだが、街の隅々までよく掃除や手入れがなされており、建物から時代の風格を感じさせるのに不潔な印象は全く受けない。


 この一軒家も遺跡の一部なのだろう。

 俺たちはその家の前で目を丸くしていた。


「そうかな? 普通の家だと思うけど?」


 クリスが軽くそう言いながら、この家の鍵を取り出す。


 俺たちの目覚めた遺跡の調査に協力する代わり、アデルさんが俺たちの生活の支援をしてくれる。

 その住居がここだった。


 少し恐縮しながら家の中へと入る。

 間取りはかなり広めであり、全体的に悠々とした余裕がある。

 リビングに個室、キッチンにトイレにお風呂。基本的な機能が一通り揃っており、二階に続く階段も見受けられる。


 最低限の家具は既に備え付けられており、生活を始める上で何の支障もない。

 というより、この都市の文化レベルがまだよく分かっていないが、お風呂付きっていうのはかなり贅沢な部類なのではないだろうか?


 ここで暮らすのは俺とフィアの予定だ。

 二人暮らしにしてはかなり広めの家であり、過分な贅沢を感じる。


 この家をぽーんと貸し与えてくれるなんて、やはりレイオスフォード家は結構な資産家のようだ。

 これを普通の家と呼ぶ辺り、クリスも庶民としての感覚が欠如していると思った。


「これ、台所はどうなっているんだ?」


 台所の前に立ち、少し首を捻る。

 かまどのような設備が無いのである。


 普通だったら下の方に火を燃やせる穴があり、その火の熱を上に伝えて調理をする。

この世界は科学技術が発達しておらず、現代の地球のようにコンロや電磁調理の技術なんかは無い。


 だから薪をくべ、火を燃やせる空間が必要なはずなのだが……。

 このキッチンにはそんなものはない。

 どこで火を燃やせばいいんだ?


「あ、レイイチロー。そこのキッチンは魔法道具調理器がセットされてるから。魔力を込めれば火が付くよ」


 クリスがとととと俺の近くに駆け寄って、何かくぼみのようなところに指を付けて魔力を流す。

 すると、台所にあるコンロのような場所から火が付いた。


「へぇ」


 感心する。

 なるほど、これは便利だ。

 この世界は科学技術が発達していない代わりに、魔法道具とやらによって文明が支えられているのか。


「この魔法道具調理器っていうのは一般的に普及しているのか?」

「いや、結構高価だからね。一般の家は普通にかまどを使っているよ」

「…………」


 やっぱりここは高級住宅なんじゃないか。

 なんとも贅沢な家だった。


「まぁ、時間も丁度いい。夕飯でも作るか。クリスも食べていくか?」

「うん、今日はこっちで食べていくことにするよ」


 時刻は夕方。

 空が赤みを帯びる時間帯だ。


 俺は夕飯の支度を始めることにした。


「フライパンに鍋、包丁、そして数々の調味料……。やっと文化的な生活を送れる……」


 この家に来る前、すぐに必要なものを一通り買い揃えておいた。

 調理器具一式に、塩やハーブなどの調味料、野菜数種。


 俺達はやっと直火焼と燻製以外の調理法を手に入れたのだった。


「……今までどんな生活を送ってきたのさ」

「そりゃ、原始人のようなサバイバル生活だ」

「ゲンシジン?」


 クリスが首を捻る。

 なんだ? 『原始人』って言葉は伝わらないのか?


「レーイチロー! クリスー! 二階にふっわふわなソファがあるー!」

「えー? 今行くー」

「俺は飯作るから後で行く」


 階段の上からフィアの大きな声が響いてきた。

 彼女は二階を物色していたようだ。クリスが小走りでフィアの方へと向かう。


「すっごい跳ねるよ! このソファ、すっごい跳ねる!」


 上からフィアの楽しそうな声が聞こえてくる。

 子供か。


「さて……」


 俺は拠点の遺跡から持って来た包みを広げた。

 イノシシの毛皮を風呂敷代わりにして、鞄代わりにして持って来ていたのである。


 中に入っているのはヘビ肉にイノシシ肉、そして森の山菜。今日はこれを使って夕飯にしよう。

 イノシシ毛皮の包みはもう一つあり、そちらにはヘビの皮、イノシシの牙に魔石など、モンスターから採れた素材が入っている。


 換金できるのなら生活の足しになるなと思って持って来ていたが、今日は迷宮ギルドでは買取ができなかった。

 また後日売りに行こう。


「今日は簡単な飯でいいか」


 ヘビ肉とイノシシ肉を使って、ぱぱっと肉野菜炒めでも作ろうかと思う。

 フライパンに油を敷き、燻製されたヘビ肉とイノシシ肉を焼く。そして買ってきた野菜も炒める。


 これでオッケー。

 肉野菜炒めはとりあえず肉と野菜をぶち込んでおけば大きな失敗は無いから楽でいい。


 使った野菜は地球で言うキャベツっぽいキャベリンという名の葉物と、玉ねぎっぽいオニオスという名の野菜である。

 ……もうキャベツと玉ねぎと言っていいか。

 自分の中で混乱する必要もない。


 それと、トルエスと言う地球で類似品のない野菜も一緒に入れる。

 ピーマンのような大きさの野菜であるが、中はフルーツのような果肉がびっしりと詰まっている。

 強いて言うならナスみたいな感じだろうか。


 青緑色の厚い皮を剥がせば、中には薄緑色の柔らかい実の部分が詰まっている。それを一口大に切り、キャベツとかと一緒に炒める。

 この世界では一般的で人気のある野菜のようだ。クリスがわざわざ買い物かごに入れてきたくらいである。


 それと、調味料にはハーブソルトというものを入れる。

 これが今日の味付けのメインだ。


 作り方は単純。細かく刻んた数種類のハーブを塩やスパイスと混ぜ合わせるだけである。


 ハーブの種類をお好みで決めたり、混ぜ合わせるスパイスを変えるだけでお手軽自作のハーブソルトを作ることが出来るのである。


 肉料理だろうがサラダだろうが、幅広い料理に使える万能調味料である。

 料理に適当な感じで振りかけるだけでハーブの風味を加えることが出来るので、とても便利な調味料だった。


 今回俺が混ぜたのは、セロリっぽいハーブのセルリと、タイムっぽいハーブのタイタ、それとオレガノっぽいハーブのオレガである。

 ……もういい。セロリとタイムとオレガノと言い切ってしまおう。


 それと胡椒が普通に売られていた。それも細かくして混ぜる。


 地球で言う中世ヨーロッパの時代では香辛料が恐ろしいほど高価だったと聞くが……、まぁここは中世ヨーロッパではない。ただそれだけの違いである。


 その代わり砂糖はもの凄く高価だった。

 お貴族様用なのだろう。くそ。


 出来た肉野菜炒めに手作りのハーブソルトを振りかけ、味を調整する。

 これで『ハーブ風味のヘビ肉とイノシシ肉の野菜炒め』が完成した。


 うーむ。混沌としている。


「あ、いい香りがしてるね! もう出来た?」


 匂いに釣られたのか、上の階からクリスがやってくる。


「丁度出来たところだ」

「それ何の料理? 豚料理? 牛料理?」

「ヘビとイノシシ」

「ヘビとイノシシっ……!?」


 驚かれた。

 まぁ、そうもなるか。


「な、なんでそんなお肉を使ってるのさ!?」

「遺跡の森にいたんだよ」

「サバイバルっ……!」


 そうである。紛うことなきサバイバル生活だった。

 俺とフィアの苦労の一端をクリスにも分かって貰えたようだ。


「ヘビは嫌か?」

「た、食べられるんだよねぇ……?」

「もちろん。一口どうだ?」

「…………」


 クリスの腰が引けている。

 しかし彼は勇敢だった。ごくりと息を呑みながら、恐る恐るフライパンに近づきフォークでヘビの肉を一刺しする。


 そして覚悟を決めた顔で、ヘビの肉をぱくりと口にした。


「…………」


 もっきゅもっきゅと口を動かすクリス。

 ごくりとヘビの肉を飲み込んだ。


「……いけるじゃん」

「だろ?」


 クリスがもう一口ヘビの肉を口に入れる。


「うん、いい感じに歯ごたえがあるね。ハーブの香りも程よく効いてて、普通に美味しいよ。料理上手なんだね、レイイチロー」

「肉野菜炒めなんてそんな難しいものでもないだろ」

「ヘビ肉……これがヘビ肉かぁ……。食べられるとは聞いたことあったけど、そっかー」


 彼がしみじみと頷いている。

 クリスは今日、今まで体験したことのない扉を開いてしまったのだった。


 ――そう、二人でヘビ肉をつまみ食いしている時のことだった。


「食べちゃダメッ……!」

「わっ!?」

「ん……?」


 切羽詰まった声が階段から響き渡ってきた。

 俺とクリスは声のした方に振り返る。


 そこにいたのは、言うまでも無くフィアだった。

 大きな声を上げながら、上の階から下りてくる。


 ……なんで必死な形相なんだ?

 食べちゃダメ、ってなんだ?


「クリス! その料理食べちゃダメ……!」

「え、えっ……?」


 フィアが血相変えながら、こちらに駆け寄ってくる。


「レーイチロー! もしかしてこのお肉って、森で獲ったヘビとイノシシ!?」

「あ、あぁ……そうだが……?」

「ダメっ! モンスターは食べちゃダメなの……!」


 フィアは言う。


「モンスターの体には瘴気の毒が混ざってるから、普通の人は食べちゃダメなの……!」

「は?」

「えっ……!?」


 俺とクリスは驚きを露わにする。

 だが、その驚きの方向性は違った。


「え、ええええぇぇぇっ……!? こ、これモンスターのお肉だったの……!?」

「ちょ、ちょっと待て!? フィア!? 俺達普通にモンスターの肉を食べて来たじゃないか!?」


 クリスはこの肉がモンスターであることに。

俺はモンスターには毒が混ざっていることに驚いた。


「わ、私とレーイチローは《ホワイト・コネクト》の効果で、魔物の瘴気の毒を無効化するから普通に食べられたけど……一般人はダメ! 魔物の瘴気は体に毒なの!」

「……っ!?」


 《ホワイト・コネクト》の力によって、俺はモンスターを食べることでその能力やスキルを自分の物に出来る。

 その効果の副産物として、魔物の毒を無効化するというものがあるのかもしれない。


 そういえば昨日スライムを食べる時、フィアは『スライムを食べた人はいない』と断言していた。

 そういうことか!

 毒があるから、この世界で魔物を食べることを誰もしないのか……!


「ク、クリス! 大丈夫!? 私の説明不足だったばっかりに……! 食べた物吐き出せる!?」

「だ、大丈夫……。まだ二口だから……命には別状ない……」

「ク、クリス……! すまないっ! 申し訳ない! すぐに病院をっ……!」

「…………」


 大慌てになる俺とフィア。

 しかしどうしてだろう。当の本人のクリスだけがどこか落ち着いていた。


「命に別状はない……どころか、全然気持ち悪くもならないなぁ……?」


 彼がぼそりと呟く。


 ――その時だった。


『【クリス】

 Blade Ability《ホワイト・コネクト》発動

 Ability 《白絆はくばんの眷属》を獲得しました』


『【クリス】

 Ability《白絆の眷属》発動

 HP 62/66(+4) MP 91/93(+2) 攻撃力35(+1) 速度29(+1)

 Skill《深呼吸》を獲得しました』


「ん?」

「は?」

「え……?」


 クリスのシェアリーの窓が現れ、何かのスキルの獲得を告げる。


 発動したのは《ホワイト・コネクト》。

 フィアの剣の能力であるはずの《ホワイト・コネクト》が、何故かクリスに発動していた。


 クリスは魔物を食べて《白絆の眷属》という謎のアビリティと、ヘビの《深呼吸》のスキルを獲得した。

 それはまるで、いつもの俺達のようで……。


「……あれ?」


 クリスの体調が悪くなる気配は、一向に無かった。

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