30話 魔石の価値

 ごりごりと、ゴーレムの核をすり潰す。


「…………」

「…………」


 フィアとクリスが神妙な面持ちで、俺の作業を見守っている。


 そこに喜びも期待もない。

 あるのは妙な緊張感だけだ。


 今俺たちは、クリスの提案によって『ゴーレムの核』を食べようとしていた。

 《ホワイト・コネクト》と《白絆の眷属》の効果を検証するため、食べ物以外を口にしようとしているのだ。


「…………」

「…………」


 すり鉢とすりこぎ棒を使って、ゴーレムの核をなるべく細かく砕く。

 やっぱり口に入れるとしたら粉末状の方が食べやすいだろう。俺は一心不乱で赤黒く光る球体をすり潰していた。


 ちなみにクリスが言うに、このゴーレムの核は《空間収納アイテムボックス》のスキルを使って出し入れしたらしい。


 物を収納する空間を作り出すスキルだという。

 ますますこの世界はゲームみたいだ。


 いいなぁ、そのスキル欲しい。


「提案しておいてなんだけど……」


 息を呑みながら、クリスが口を開く。


「当然拒否されると思ってたから、今かなり困惑してる……」

「…………」


 その場に重苦しい空気が流れた。

 ……いや、何も言うまい。


「んー、ほら、レーイチローはアリジゴクも食べた男だから……」

「え? アリジゴクって、虫の?」

「ん」

「あ、そっか、僕が嵌まったあのスキル……。うわぁ、なりふり構ってないねぇ……」


 外野二人からちょっと頭のおかしい人間を見る目で見られる。

 理不尽である。


 今の俺はとても弱い。

 異世界で生き抜くために、なるべく強くならなければいけない。


 確かに無機物を食べるのは正直嫌だが、なんとなくイヤだからという理由で強くなれる機会を手放せるほど、俺は贅沢を言っていられる立場になかった。


「はい、一丁上がり。『ゴーレム核の粉末』」

「そんな、料理っぽく出さなくても……」


 赤黒い粉末が俺達の食卓に並んだ。

 多分気のせいだろうけど、なんだか禍々しい空気を発しているような気がした。


「……僕は自分の発言を後悔しているよ」


 クリスはげんなりとしているが、発案者としての責任は取らせるつもりだ。

 今からイヤだと言っても口の中にねじこんでやる。


「ん、んー……わ、私も貰うよ」

「フィアは無理しなくていいんだぞ?」

「んー、なるべく付き合うよ……」


 彼女は結構甲斐甲斐しい性格をしている。

 ゴーレム核の粉末を三等分した。


「じゃあ、頂きます」

「い、いただきまーす」

「ん……」


 三人で同時に粉末を口の中に流し込んだ。


「……砂を食べている気分」

「まさに似たようなものだな」


 皆で苦虫を噛み潰したような顔になる。

 美味しくはなかった。当然である。


『【零一郎】

 Blade Ability《ホワイト・コネクト》発動

 HP 49/51(+2) MP 12/18(+1) 攻撃力15(+1) 防御力12(+1)

 Skill《ロケットパンチ》を獲得しました』


『【クリス】

 Ability《白絆の眷属》発動

 HP 67/69(+2) MP 94/95(+1) 攻撃力37(+1) 防御力16(+1)

 Skill《ロケットパンチ》を獲得しました』


「……発動しちゃった」


 ゴーレムの核を食べ、無事に俺の《ホワイト・コネクト》もクリスの《白絆の眷属》も発動をした。

 ……食べ物以外でも発動するのか、これ。


 喜びよりもげんなりとした気持ちが強くなった。

 俺はこれから一体何を食べなきゃいけない羽目になるのか……。


「獲得したスキルは……《ロケットパンチ》?」

「詳細を調べてみるか」


 シェアリーの窓を操作して、《ロケットパンチ》のスキルの項目を見てみる。


『Skill;《ロケットパンチ》

 腕を切り離して射出し、敵に攻撃を加える。』


「人間がやっちゃダメなやつだ、これっ……!」


 クリスが叫び声を上げた。


 一回の攻撃のために腕を切り飛ばす必要がある。

 ゴーレムならばその後腕を繋げることも出来るかもしれないが、人様にはちょっと無理な技だ。

 試したいとも思わない。


 俺とフィアの顔も引き吊っていた。


「……外れスキル?」

「完璧な外れスキルだ」

「これ人間が習得していいスキルじゃないよね!? 怖いっ……!」


 魔物と人間の体の構造は一緒ではない。それを実感させられる。

 モンスターが持っているスキルは、必ずしも人間にとって有用というわけではなかった。


「な、なんか微妙な結果だったね……」

「いつも大体こんなもんだ」

「んー、他になにか試したいことある?」


 この《ホワイト・コネクト》の能力は強力だが、今までに得られたスキルは大したことの無いものばかりだ。

 《能力上昇(小)・攻撃力》は有用だったが、複数得られないとあまり効果を実感出来ないタイプのアビリティだ。


 即戦力となるスキルは《アリジゴク》ぐらいである。


「他の案か?」

「他かぁ……なにかいい案あるかな……」

「モンスター以外……例えば、人を食べてみるとか?」

「怖ッ……!? 発想が怖いッ!?」


 俺が試しに軽く案を出してみると、クリスがドン引きしていた。彼が顔を引きつらせながら後退りしている。

 いや、よく見るとフィアにもドン引きされている。


「……いや、俺だって嫌だよ。ただの案だって」

「案だとしても、ノータイムでその考えが出てくるの恐過ぎる……」

「んー、レーイチローって、結構サイコパス……?」


 失敬な。

 案を出せと言われたから案を出したのに。散々な言われようである。

 本当に実行できるなんて思っていないし、実行したいとも思わないのに。


 クリスがこほんと咳払いをする。


「もっとマイルドにさ。魔物由来で何か、他に試せるものはないのかな?」

「あ、ゴーレムの核がいいなら、これは? モンスターの魔石」

「……無機物食べるのは別にマイルドでもなんでもないんだが」


 フィアが魔石をひょいと持ち上げる。

 これはモンスターに必ず付いている宝石のようなもので、大きさは大体3cm程度。指で摘まめるくらいの大きさだ。


 これを集めて冒険者ギルドに持っていくとベースポイントに変換して貰えるようだけど、俺はまだそのサービスを受けられない。


 ……また無機物を食べなきゃいけないことになるのか?


「いいね、やってみよう。効果は出るかは別にして」

「クリス、ノリいいね」

「お前ら……段々悪ノリの感じになってきただろう? 色々試してみるのは構わないが、普通、石とか宝石は口に入れるものではない……」

「えい」


 なんて、俺が小言を言っている時だった。

 喋っている俺の口目掛けて、クリスが魔石を放り込んできた。


 すぽんと俺の口に魔石が入る。

 こいつ、最初から俺に食べさせるつもりだったから割と乗り気だったのか。


 今日初めて会ったというのに、大分もう遠慮が無くなってきた。


「…………」

「……どう?」

「……食えないことは無い。固さは煎餅みたいな感じだ」

「あー、えっと……遠国の固いクッキーみたいなやつだっけ?」


 顎を動かし、ぼりぼりと魔石を噛み砕く。

 煎餅と言ったが、もちろん味は無い。美味くはない。宝石の類を食べたからって美味いわけがない。


「俺達は何をやっているんだろうな……」

「魔物を食べるってだけでも非常識なのに……ゴーレムの核や魔石まで。今日一日でわけの分からないことばかり起きてるよ……」

「んー、思ってた『宝剣祭』となんか違う……」


 魔石を噛みながら、少し愚痴り合う。

 異世界にまで来て、何で俺は石とか宝石を食べるはめになっているのか。


 そんな思いが胸を去来した。


 ――その時だった。


『【零一郎】

 Blade Ability《ホワイト・コネクト》発動

 Crown Point 1 を獲得した。』


「お……」


 俺のシェアリーの窓が開き、いつものように《ホワイト・コネクト》の発動を告げていた。

 魔石を食べても《ホワイト・コネクト》は発動してしまうのか。


 ……って、あれ?

 クラウンポイント?


「ん……?」

「えっ!?」


 その瞬間、フィアとクリスの目が大きく見開かれた。


「ん?」

「え……?」

「ええぇっ……!?」

「ク、クラウンポイント獲得っ……!?」


 二人が大きな声を出しながら、俺のシェアリーの窓の画面を覗き込む。血相変えて、信じられないものを見るかのよう目をしていた。


 二人は俺よりもずっと驚きの感情を表している。


「ふ、二人ともどうした? 落ち着け……」

「だ、だって、クラウンポイントが上昇しちゃったんだよ……!? レベルアップ以外の方法で……!?」

「むしろレイイチローはなんでそんなに落ち着いていられるのさっ!?」


 二人の目がこちらを向く。


 そうだ。

 今回獲得したのはクラウンポイント。


 ベースポイントの方ではなく、より重要なクラウンポイントだ。

 これはレベルアップと宝剣同士の戦い以外では手に入らないポイントのはずである。


 そして、このクラウンポイントの利用方法はクラスのレベルアップと宝剣のレベルアップの二つ。

 このクラウンポイントを消費して、宝剣のレベルを10まで到達した者が『宝剣祭』の勝者となるのだ。


 しかし今、俺はクラウンポイントを新たに入手した。

 魔石を食べることによって。


「……って、あれ?」


 俺はそこでようやく気付く。

 これって、もしかして……。


 全く宝剣の戦いに参加せずとも、勝者となれてしまうのではないだろうか……?




 ――この戦いの根底がガラガラと崩れる音がしていた。

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