17話 敵の罠に掛かる
そうやって、俺は狩りを続けていた。
「よしっ! 蔦を切ってくれ、フィア!」
「ん、うんっ……!」
「ブモオオオオオォォォォッ……!」
『レッサーファングボア Lv.5
HP 45/45』
俺のすぐ近くにイノシシ型のモンスターがいた。
昨日出会った、牙が異様なほど発達しているイノシシである。
俺は昨日、このモンスターから逃げた。
しかし今日は戦う。今の俺のレベルは3であり、昨日の1の時とは違う。
このイノシシと戦う時が来たのである。
……小細工を使って。
「えいっ!」
木の上でフィアが剣を使って蔦を切る。
すると、蔦に括りつけられていた大きな石が支えを失い、落下する。
「ブモオオオオォォォォッ……!?」
その石はイノシシの頭に激突するのであった。
作戦は単純だった。
まず予め、罠となる大石を木の上に吊るしておく。
大石を見繕い、それを蔦で縛り上げ、高い場所にある木の枝に蔦を引っかけ大石を引っ張り上げる。
そしてイノシシのモンスターと遭遇し、この木の下に誘導してきたのだ。
このイノシシは木の上に登れない。それは昨日の時点で証明されている。
俺は昨日と同じように木の上に逃れて敵の攻撃を躱し、この木の場所までイノシシを誘き寄せた。
後は簡単である。
位置を見計らって、大石を上から落とす。
何十キログラムとある質量が、高い場所からイノシシの頭に激突する。
「ブモオオオオォォォォォッ……!?」
その衝撃たるや半端なものではないだろう。
一撃でイノシシは瀕死になった。
「フィア! パス!」
「う、うん……!」
痛みでくらくらになっているイノシシの隙を見逃さない。
俺はイノシシに向かって木から飛び降りた。
フィアに剣を投げて貰い、空中でそれをキャッチする。
そして落下の勢いを活かしながら、イノシシに剣を振り下ろした。
「ブモオオオォォォッ……!」
『レッサーファングボアを倒した。
Base Point 21 を獲得した。』
モンスターは斃れた。
俺はイノシシの肉も手に入れたのだった。
「お、終わった……?」
「あぁ、しっかり死んでるよ」
おっかなびっくり、フィアが木の上から下りてくる。
俺はその場でイノシシの首に剣を刺し込み、血抜きを始めた。
ジビエのお肉を美味しく食べたかったら、血抜きを欠かすことは出来ない。
このサバイバル生活の中、色々と準備が足りない中で十分な血抜きは出来ないが、それでも出来るだけのことはやっておきたかった。
血抜きをした後、皮を剥ぐ。
イノシシの皮は固いから、剥ぐのがちょっと大変だ。
「レーイチロー、なんか手慣れてない?」
「なにが?」
「狩りが」
イノシシの亡骸を手早く加工する。
フィアがその様子を覗き込みながら、俺にそう言った。
「そうか?」
「うん。モンスターとの戦いとかも……。もしかして、レーイチローの元の世界でのお仕事って、猟師さんだったのかなって」
「……記憶にはないんだけどな」
「絶対そうだって」
記憶が無いので何とも言えない。
もっとなんかこう、大人数で行う仕事だったような気がするんだが……。
いや、何も思い出せない。
話しながらイノシシを解体し、毛皮や牙、骨、肉などを手に入れた。
それと、額に付いている宝石のようなものも回収しておいた。人里に行ったら有効活用できるらしい。
フィアがそう言っていた。
そうやって、俺達は戦いを……いや、狩りを続けていた。
森を彷徨い、山菜や果物などの食料を収穫しながら、モンスターを倒していく。
今日は人里を探す気はない。
森の外に出る道とかは探さず、遺跡の近くで活動をしていた。
無理をする気も無い。
今日はまだサバイバル生活二日目である。
頻繁に休憩を挟みつつ、軽やかに狩りを行っていた。
今日の戦果は5体の魔物だった。
イノシシ1頭、ウサギ2羽、スライムが2匹である。
ウサギはもう一羽、別の場所に仕掛けた罠に引っ掛かっていた。他の場所の罠は不発だったようだ。
もう一匹のスライムも一匹目のスライムと同様、根性で倒した。
弱いくせにしぶとかった。
収穫物は多い。
5体のモンスターに、森の恵み。
それらを運ぶだけで、もう何度も拠点と森の中を往復している。
今日はこんなもんでいいだろう。
「さて、じゃあもう帰るか」
「あれ? もう探索終えるの? まだ日は高いよ?」
休憩を終え、立ち上がりながら尻に付いた汚れをぱんぱんと払う。
今日はもう切り上げて、体をゆっくり休めるつもりだった。
「肉体労働だからな。長時間働けばいいってもんじゃないだろう。無理して死んだら何にもならないしな」
「ん、そうだね。その通りだね」
当然ながら、体が疲れればパフォーマンスが下がる。
パフォーマンスが下がればミスが出る。そして戦いとは、一つのミスが死に直結する世界のはずだ。
ちょっとキツいかな? と思い始めた時は、もう既に引き際として遅いのである。
「じゃあ帰って飯にでもするか」
「……レーイチローって、もしかして食べるのが好き?」
「……そうか?」
帰り道を歩き出しながら、フィアが俺に問いかける。
「だってやっぱり、食糧調達とかにやたら気合入ってない?」
「……そりゃだって、食料が無かったら死んじゃうじゃないか」
「んー、でもなんか、やっぱり生き生きとしている気がする」
「…………」
そうだろうか?
あまり意識してなかったが、言われて初めて気が付く。
記憶喪失だから、自分が何を好んでいるかすら覚えていなかった。
「フィアは食べるの好きか?」
「んー、美味しいものなら」
「そりゃそうだな」
苦笑する。
そりゃ誰だって、美味しいものを食べれば幸せになれる。
「でも残念。料理道具も調味料も無いので、今日美味しいものは食べれません。昨日と同じで焼くだけ、燻製するだけです」
「まー、仕方ないけどさ……」
俺だって不満である。
せめて最低でも鍋が欲しい。鍋があれば、料理の幅がぐんと広がる。
早く人里を見つけて鍋を買わなくては。
……いっそのこと作るか?
いや、どうやって。
「でも昨日の料理も、私は結構好きだったよ」
「そう言って貰えるとありがたい」
フィアがにこりと軽く笑う。
雑な調理だったが、作ったものを好きと言ってくれるのはやっぱり嬉しいものである。
そんな他愛もない話をしながら、俺達は帰り道をゆっくりと歩いていた。
――その時だった。
「……ん?」
「え?」
ずるりと、足元が滑るような感覚があった。
視界が傾く。
突然のことに、一瞬理解が追い付かなくなる。
どうも体が倒れ掛かっているようだ。
体のバランスを取るために、すぐに足に力を入れる。
いきなり、俺の身に何かが起こった。
すぐにそれだけは理解する。
「レ、レーイチロー……! あ、足元っ……!?」
「……っ!」
足元を見て、気付く。
突然、俺の足元の地面に大穴が空いていた。
「な、なんでっ……!?」
「あれだっ! 穴の中心っ……!」
すり鉢状の大穴が突然現れ、それが俺の足元を滑らす。
この大穴は、間違いなく一瞬前まで存在しなかったものだ。なぜそれがいきなり現れて、俺の足元を掬っているのか。
その疑問は、穴の中心を見て理解に至る。
「キイイイィィィィッ!」
「デカいアリジゴクがいるっ……!」
『オオアリジゴク Lv.10
HP 38/38』
ウスバカゲロウという昆虫の幼虫。
それがアリジゴクである。
砂地に穴を作り、その底に身を隠す。そしてその穴に落ちてきた獲物を捕食する。
その罠が有名で、成虫よりも幼虫の名前の方が広く知れ渡っている虫であった。
そのアリジゴクを大きくしたものが、穴の底で俺を待っている。
やはり魔物だ。額に怪しげな宝石が付いている。
体長はおよそ1メートル近く。
しかも、Lv.10。今まで出会った魔物の中で最大だ。
捕まったらただでは済まないだろう。
「レ、レーイチローッ……!」
「…………」
背後からフィアの心配そうな声が聞こえてくる。
どうやら彼女はギリギリ罠に掛からなかったようだ。穴にずり落ちているのは俺だけである。
今、俺は両足で何とか踏ん張りながら姿勢を保っている。
保ちながら、坂のようになっている穴を滑り落ちている。
体勢を崩したらアウト。
しかし、反転してなんとか穴から出ようとしても、それはアリジゴクに背後を見せる形になる。
いそいそと穴を上っている最中に背後から襲われたら、それもアウトだろう。
俺は穴の中を滑り落ちながら、一直線にアリジゴクの下へと向かっていた。
「キイイイィィィッ……!」
「…………」
アリジゴクは大口を空けて俺を待っている。
これまでは俺が魔物に対して罠を仕掛ける側だったのに、今は俺が罠に掛けられている。大きく立場が逆転した。
しかしこのアリジゴク凄くないか?
砂地ではなく土の地面に大穴を作り、しかもその穴を直前まで隠し通す技能がある。
優秀過ぎる罠だ。
こんなの、どうやって回避しろというのだ。
敵のレベルは10。
そして、今回の俺は罠を仕掛ける側ではなく、罠に掛かる側だ。
端的に言って、絶体絶命だった。
「……だけど」
「キイイイィィィィッ……!」
思考は数瞬。
俺の体はすぐにアリジゴクの下へと辿り着いた。
このまま何もしなかったら、俺はこのアリジゴクに捕食されるのだろう。
だけど……、
「大口を開けて待ってるのは、どうかと思うなっ……!」
「キイィ……!?」
逆にこちらから敵に向かって飛び掛かる。
飛び掛かって、大きく開いたその口の中に、宝剣を力いっぱい刺し込んだ。
「キイイイイィィィ……!?」
すぐにでも俺を捕食しようと、口を開けて待っていたのだろう。
しかし、それは隙だらけと言わざるを得ない。自分から弱点を広げているのと同じだった。
ヘビの時もそうだったが、敵に牙を刺すためには口を開く必要がある。
動物型や昆虫型の魔物の致命的な弱点。
それは攻撃に口を使う種が多いということだ。
所詮は虫。
知能が足りない。
俺は剣に力を入れ、アリジゴクを体の内側からズタズタに切り裂いた。
「キイイィッ……!? キイイイィィィィッ……!?」
アリジゴクが苦しそうに身を捩る。
しかし、もう逆転は無い。どんなにレベル差があっても、体の内側から切り刻まれたらどうしようもないだろう。
剣を前後に出し入れしたり、体の中で左右に大きく振ったり、全力で目一杯敵を体内からボロボロにする。
すぐにアリジゴクの動きが弱まっていく。
「とどめっ!」
「キイイイイィィィィィッ……!」
内側から体を引き裂きながら、俺は剣を引っこ抜いた。
『アリジゴクを倒した。
Base Point 115 を獲得した。』
勝利を告げるシェアリーの窓が現れる。
めっちゃベースポイントを貰えた。
レベル差あったしな。たくさん貰えるのはありがたい。
宝剣はアリジゴクの体液でベタベタになっていた。
後で湖に行って洗わないと。
「ふー、なんとかなったな」
アリジゴクの死骸を抱えながら、穴から這い出る。
「…………」
「ん……?」
そしてそこには、小さく口を開けて放心しているフィアがいた。
「どうしたんだ、フィア?」
「…………」
彼女がゆっくりと首を動かし、俺の顔を見る。
「……もうダメかと思った」
「まぁ、なんとかなったな。運が良かった」
すると、フィアが俺の体へともたれかかってきた。
頭を俺の胸に預け、彼女の軽い体が俺に寄り添う。
「……無事で良かった」
「…………」
少し照れ臭くなる。
「……君はもしかしたら、私が思っているよりもっとずっと凄い人なのかもね」
「……買い被りだ。俺はどこにでもいるような凡人だよ」
「それは流石に嘘だと思う」
丁度良い位置にあったから、彼女の頭をぽんぽんと軽く叩く。
彼女は目を細めていた。
「……帰るか」
「うん!」
にこりと笑うフィア。
俺達は今度こそ帰路へとつくのだった。
この世界に来てから、二日目。
今日の探索も無事に終わり、今回も俺は生き延びるのであった。
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