第4話 飛翔流と魔道
5年過ごした我が家を離れ、新しい屋敷に引っ越した。
使用人の様子を見るにどうやらブライアンはよくやってくれたようだ。
引っ越し前と比べ皆が生き生きと働いているように見える。
引っ越しが終わり次にやることはポットに入る前に言っていた武術と魔道の訓練だ。
それと同時に伯爵家を継いだのだから領地運営をしなければならない。
当主になるということは帝都に行く必要があると思っていたのだが、そんな必要はないらしい。
帝都には50歳になってから通う初等学校があるのであと45年は行く必要はない。
50歳といったらおじさんだと思うが、この世界は魔法で人類の寿命は途方もなく伸びている。50歳が前世でいう小学校入学の年というふうに。
さて、まず当主としてやることと言ったら行政府の腐敗を何とかするのが先決だろう。
たった1年でよくここまで腐ったものだ。
ブライアンに頼んで摘発しなければ。
そのあとに改革だ。
この世界は地球と比べ物にならないぐらい大きい。そのためか、貴族が持っている領地も広大になる。
伯爵家であるアーチボルド家の領地ですら北アメリカ大陸と同じぐらいの大きさなのだ。伯爵家よりも格が上の家ならばユーラシア大陸より大きい領地をもっている家がほとんどだ。
そして、領地経営はしないのが貴族としてのスタンダードらしく、うちの家もしていなかったみたいだ。その結果、中世ぐらいの文化水準というわけだ。
まぁ、魔法があるから中世よりは少しマシだが。
領地経営といっても魔法知能が存在するからそこまで大変ではない。ほかの家はこれを使ってぎりぎりのラインで平民から搾り取っているが、俺はこれを使ってより良い領地経営をするつもりだ。
こんな便利なもの使うしかないだろう。
問題は山ほどあるが一つずつ解決していこう。
◇
数日後
ようやく俺の武術と魔道の教師が決まったみたいだ。
今日はその顔合わせというわけだ。
ブライアンが言うには二卵性の兄妹らしいが...。
「よろしくお願いします。アラン様、私が武術を教えるリヒトと申します」
「私は魔道を教授されていただきます、フレンと申します」
「ああ。よろしく頼む」
「それではアラン様、これから魔道の授業はじめ、午後からは武術の修練になります。今日からよろしくお願いします」
リヒトはなんだか、一般の人間とは雰囲気が違う。
これが本物の武芸を身に着けた人なのだろう。
妹のフレンもかなり理知的に見える。何を聞いてもすぐに返答できるような感じある。
「—―アラン様」
落ち着いた声でフレンが俺の名前を呼んだ。
「は、はい!」
緊張しているのか少し言葉が詰まってしまった。
「緊張する必要はありません。魔道も武道も使い方次第なのですから。—―まずは魔道の基礎であり、魔道の最奥でもあることから説明します」
フレン先生は俺に赤い綺麗な玉を見せてくる。
こういうのは魔法発動のための触媒というイメージがあるがどうなのだろう。
「これは魔法を発動するための触媒です。一般にはこのような触媒を使って魔法を発動させます。しかし、私がお教えするのは違います。触媒はなく、詠唱もしない特殊な実戦むけの魔法です」
やはり一般的には詠唱するようだが、自分が詠唱するとなると恥ずかしくてやりたくない。
無詠唱を基礎として教えてくれる先生と会えてよかった。
「無詠唱の魔法を使うには魔素と言われるものから取り出す魔力を思うように使えるようにならなければなりません。そのために、これからこの木の枝に魔力を流して下さい。この枝は魔力抵抗がとても高いものですので大変かとは思いますが頑張ってください」
そうして先生の前で魔力を流す練習をしているとブライアンがこちらに来た。
どうやら昼食の時間のようだ。
――昼食後
今度は武道の時間だ。
リヒトは先生ではなく師匠と呼ぼう。
師匠は丸太を数本少し離れた地面にさしてこちらを向く。
「アラン殿は初めて見るようですのでまずは私が納めている飛翔流について話します。飛翔流はあらゆる速さを突き詰めていく流派です。無暗にに奥義は見せてなりませんが、特別にお見せしましょう。ただし、関係者以外は見ないでいただきたい。アラン殿お一人でみていただく」
それを聞いて喜ぶ。
いきなり奥義を見せてくれるとは思わなかった。
俺の後ろにいる使用人が疑うような視線を師匠に向けていた。
「安全面の問題から、許容できません」
師匠は表情を崩さず
「それでは、この依頼はなかったことに」
使用人は少し迷ったあとに――。
「何かあればすぐにお呼びください。アラン様」
そういって離れていく。
二人だけになると師匠は刀を構えた。
「ここからじゃ、丸太に届かないと思うのですが大丈夫なのですか?」
「ええ。大丈夫です。これからお見せするのはそういう技ですから」
そういって師匠は少し説明を挟む。
「アラン殿、飛翔流は魔道も使う流派です。こと奥義に関しても魔道を織り交ぜることによってその威力が格段に上がります。そして、射程距離も...ね」
「飛翔流の技はこの奥義しかありません。技はこれ一つで十分。他は基礎のみに力を入れます」
そういって師匠が刀を構えている状態で、ヒュンと風を切るような音を立てた。
腕も体も動いていない。
ただ構えているだけなのに――。
「嘘だろ」
――丸太が同時に全て切られ、地面に倒れていた。
切り口もきれいで、すべての丸太が一刀両断されている。
刀が届くところには丸太がなかったのにどういうことだろうか?
それがわからず困惑していると、師匠は手をたたいた。
「これが飛翔流の唯一の技にして奥義でございます」
「いつ切ったのですか?」
驚く俺に師匠はいう。
「それは飛翔流を学んでいくとわかってくるでしょう。己で答えを探すのも一つの修行です。さて、アラン殿に問います。飛翔流を学びますかな?」
俺は大きくうなずいた。
「はい!」
すごいな!魔法があるファンタジーな世界だと剣術もファンタジーになるのか。こんなすごい技があるなんて知らなかった!
◇
あの日から数年が過ぎた。
アランは10歳になっている。
毎日のようにリヒトやフレンが教えたとおりに修練を繰り返していた。
その様子を遠くからフレンとリヒトが見ている。
「子供の吸収速度はやはりすごいわね。次は何を教えましょうか?」
魔道、飛翔流ともに様々な分野の基礎を教えていた。
「貴族なんて悪い噂が絶えないのに、アラン殿はとても質素な生活をしているな」
二人への待遇がひどく悪いというわけではない。
だが、ほかの貴族と比べるとアランはとても質素だった。
今日も必死に二人が課した修練に励んでいる。
わずか5年で二人が教えることがなくなりつつあった。
そのため、今は見守るだけで改善点を後から指摘するだけとなっている。
「—―年端も行かない幼子に爵位と領地を与えるとは、貴族は度し難いわね」
活気のない領地。
だが、5年前と比べかなり改善されていた。
職業訓練を受けた元兵士や領民たちがインフラ整備などの公共事業に携わっている。
滞っていた領内整備が開始され、領内に税金が今までよりも使用され、活気が出てきている。
二人は貴族に対してよい思いを持っていないのでどうしても、発展したら相応に搾り取られるとしか思えないのだ。
アランはそんなことする貴族とは思っていないのだが。
◇
引っ越して少し経った頃だ。
新しいに屋敷になれようとしてのだが――。
「広くね?」
俺が抱いた感想はいくら屋敷を新たに建てたとはいえ、前の屋敷よりの10倍はあるような屋敷が建ったのだ。
天井も高く、形もthe屋敷という感じだ。
広すぎて落ち着かないがいずれ慣れるだろう。
執務室で書類にサインをしていると、魔道知能が俺に話しかけてきた。
「旦那様、次にポットに入るのはいつ頃にしましょうか?」
「ついこの間出てきたばかりだろう」
教育ポットに入るのも時期があるが、いくら何でもポットから出てばかりなのに次に入る日を決めるのは早すぎだろう。
時期というか、一回で何年も入って一気に終わらすことはできない。
だから成人するまでに何度か入る必要がある。
「旦那様の予定を調節する必要がありますので」
そういわれると反論できない。
「いつがいい?」
「いつでも問題ありません。今回は半年ほどを予定しております」
「なら近いうちに入るわ」
基本的に大陸ほどの面積を持つ領地など、一つの国家でなければ手に負えない。
何しろ常に問題が起きている。
それを俺一人で捌くのは不可能だ。
領民から役人を集めて管理するので精一杯だ。
魔道知能であるアイが一つの資料を画面に表示した。
「どうした?」
「—―この書類をご覧ください」
巧妙に隠しているが何やら怪しい書類だな。
調べてみると、役人がなにやら自分のために経費を横領しているようだ。
「この書類を出したやつを呼び出せ」
「かしこまりました」
アイがブライアンに連絡すると、数時間後に役人の中でも高い地位にいる男が屋敷にやって来た。
◇
大きく腹のでた男は、見るからに高いスーツに身を包んでいた。
俺を前にした笑顔で話してくる。
「領主様、ご理解されていない思いますが、これは仕事を円滑に行うための必要経費です。何事も書類に不備はございません」
言っていることも一理ある。
正直、根回しするより金を握りさせて動かした方が手っ取り早い。
だが、俺はアイからの報告を聞く。
こういう時の魔道知能はすごい。
「資金の横領いつての証拠は押さえています。他にも余罪がありそちらの証拠も押さえています」
書類を受け取って確認する。
良くこれだけの悪事を行ってへらへらと俺の前に出てこれたもんだ。
単純な横領から、違法な奴隷の売買—―悪役の鏡だね。
奴隷の売買も気になるが、こいつが車で人をはねて死亡させているのに裁判では無罪になっている。そのうえ、被害者が悪いことになっている。
抗議した家族の行方も分からないそうだ。
何やら役人が俺に言い訳をしているようだが、聞く気にもならない。
「おい、衛兵」
衛兵が役人を取り押さえ拘束した。
「こ、小僧!一体誰のおかげでお前たちが生きていられると思てるんだ!お前が皇して生きていられるのはわしらが支えているおかげ――」
「その口を閉じろ。お前はしかるべき場所で法の裁きを受けさせてやる。覚悟しておくんだな」
そういうと、衛兵が役人を気絶させ部屋から連れ出していった。
あいつはもう日の目を見ることはないだろう。
領地も領民も俺のものだ。
どうするかは俺の勝手で俺以外が権力を持つなど許さない。
いつの間にか両手を強く握っていたようで血がにじんでいた。
治療を受けた後、アイからの報告を聞く。
「先程の件ですが、私だけでは手が足りません。他の人工知能を用意するか、私の機能を拡張していただく必要があります」
そのことを聞きながら思った。
こいつらより人工知能のほうが役に立つ。
だが、人工知能に行政を任せるのは世間が許さない。
ブライアンが行っていたようだが、人工知能に行政をすべて任せるのは帝国的によくないそうだ。
そんなの知ったことか。
「何体あればいい?」
「屋敷のセキュリティーの面でも必要です。今の財政状況から――私より型落ちのものでも3体。領内の統治に特化したものとその子機を用意していただければ問題ありません」
「お前の好きにしろ」
「すぐに手配いたします」
◇
ブライアンは新しい屋敷で、新しく雇った使用人に対して教育を行っていた。
怯えた顔をしている使用人たち。
少し前に、アランが汚職を行っていた役人を一斉摘発し。
そして、そのすべてを粛清したためだ。
まだ幼いアランに対する様々な噂が領内を飛び交っている。
そんな彼らに対しブライアンは丁寧に説明する。
「アラン様のことで不安に思っているのでしょうが、あのお方は仕事をする部下に対して寛容です。必要以上に怖がる必要はありません」
一人のメイドが不安そうに小さく手を挙げた。
「あ、あの、その―――アラン様に夜伽を命じられた際は、その――」
屋敷の主人が使用人に手を出すことはどこの家でも聞く話だ。
中には自分を売り込んで行く女性もいる。
だが、そんな女性だけではなく嫌な子もいるということだ。
「アラン様はまだ幼いですが、成長されたとしてもそのような心配は必要ありません」
ブライアンにとっても今のアーチボルド家は問題が多い。
だが、数年アランを見ているとこの方なら何とかしてくださるという信頼が生まれてきていた。
幼いながらにアランは気づぬところでカリスマ性を発揮していた。
(領内は確実によくなっている。アラン様がいればアーチボルド家が繁栄できる)
領民達からも汚職役人を粛清したことで人気が高まっていた。
ブライアンはそんなアランを信じ、心の中で再度忠誠を誓うのだった。
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