第2話 「特別」な子

「日記?」

「そう、日記。」

「どうして、日記?」

「んー、もしものときのため。」

「もしも?あ...記憶喪失なったらとか?そういうあれ?」

「まあ、うん。」

「?...あ、.....それって」

「うん、ねえ、あいつが大切にしてるものってなんだと思う?」

「.....わたしたち?」

「うん、ならあいつはきっと、間違うから。」

「私たちは正しいのかな。」

「さあ、でも、多分この日記は間違わないよ。」






「あなたの髪の毛、キラキラしていて、綺麗ね。」


漱石千草、十五歳。「お利口」、「頭脳明晰」、そして、「天才」と呼ばれている中学生、男の子。彼はいつもみんなの中心にいた。彼は老若男女問わず昼夜問わず、話題の中心で街では彼のことを知らない者はいなかった。というほど彼は日々、誰かに囲まれ、噂されていた。そんな人気者の彼。一部では彼を僻む者もいるだろう。だが、何一つとして、彼が虐められたり、迷惑をかけられた、という話は聞かない。誰も彼を批判せず、忌み嫌わないのだ。また彼は、弱みとなるようなものも何一つなかった。

それは何故か。彼を「天才」と呼ばせた原因の彼の持つ能力にあった..................。


「ひとの記憶に連なるものを消す」、能力。一般的な人間にはない異能力。狙って特定の記憶だけを消すことが出来る。

しかし、代償に能力を使えば使うほど能力者の身体に負担となる。


人の何かを奪う事は自身も奪われていることを忘れてはいけない。






幼い頃に母を亡くした千草は、おっとりしながらも男手ひとつで千草を第一にと育ててきた父と二人暮らしをしていた。千草の父は会社を経営しており、生活には何一つ困らなかった。

しかし、突然千草に異変が起こった。きっかけは千草のことを好きだといった「セイラちゃん」だった。セイラちゃんは、毎日千草のそばにいた。それはもう、あの双子たちよりもずっと近くに。

セイラちゃんは、千草と同じ中学校の同じクラスの子だった。そしてクラスのリーダー的な存在。セイラちゃんの言うことは絶対だった。それは何処か宗教のようなもので。

そして、あることをきっかけにセイラちゃんの千草へのストーカー行為が始まったのだった。






はじまりは席替えでセイラちゃんと千草は同じ席になった。日のよく当たる窓際の席。そこが千草の席だった。

「千草くんの髪の毛、お日様に照らされて、キラキラ、綺麗だね。」

セイラちゃんが同じ席になって初めて千草に言った言葉。いつもカッコいいや可愛いと顔ばかり褒められていた千草にとってそれはとても新鮮な言葉だった。

「ありがとう、えっと、セイラちゃん...」

それから千草とセイラちゃんはよく話をするようになる。たわいもない、なんでもないはなし。双子しか気を許せる友達がいなかった千草にとってセイラちゃんは特別になった。特別な女の子。いつしかセイラちゃんは双子達とも知り合い、親しくなり、四人で過ごすことが増えた。

しかし、セイラちゃんは突如双子を避け始めた。双子達から距離を取り、千草自身も双子と居ることを嫌った。


「ねえ、ちーくん、わたしは双子たちよりも特別?」


ある日のセイラちゃんの一言がきっかけだった。そうして終わりの鐘がゆっくりと鳴り響いた。

この言葉に即答出来なかった千草。セイラちゃんは豹変した。

「言ってたの!ちーくんはわたしのことが特別でわたし以外は要らないって!あの双子達からセイラちゃんが守ってあげてねって!!言われたの!一番ちーくんを苦しめているのは双子達なんだよって!」

セイラちゃんは涙と共に双子を罵った。これでもかというほどに。セイラちゃんは止まらない。何も出来ずに震えている千草。千草は涙を零した。痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


ぷつ...ん。

千草の中で何かが切れた。

「うるさい、うるさい、うるさい。君に俺の何がわかる!?君が俺の大切を傷つけるな!!!!!!!」

千草がセイラちゃんの肩を掴み叫ぶ。

「痛い。痛い。こんな想い消えてなくなれよ。」

千草はそう呟いた。


「???...あれ?どうしたの?ちーくん。」


「え…」

セイラちゃんの声色、雰囲気、何もかもが先程は違った。どうして?なぜ?千草は混乱してしまった。ゆっくりと顔を上げた。夕焼けに照らされた彼女は綺麗だった。

「あ!もうこんな時間だ!帰って勉強しなきゃ!また明日!ちーくん!」

あ、セイラちゃんの笑顔、あの頃、はじめて会話をした頃にみた笑顔と一緒だった。颯爽と遠ざかっていくセイラちゃんの背中に

「さようなら...セイラちゃん。」

千草は俯き、呟いた。顔にかかる、やけにオレンジの強い光がうざったかった。


これが千草が能力を発揮した初めての出来事だった。






その後、千草は誰にも言わず、密かに能力の事を自覚していき、理解し、共存し、ひとりで其れを使っていた。

授業で間違った回答を言ってしまったとき、友人に無神経な言葉を話してしまったとき、誰かと喧嘩してしまったとき、告白を断って悲しませてしまったとき、様々な場面であらゆる人の記憶を消していった。奪っていった。同時にある異変もあった。それは身体にものすごく負担がかかること。それでも能力を使ってしまう千草。能力に依存するのに時間はかからなかった。千草はもう能力なしでは生きていけなかった。


そうして千草の父は千草の異変に気づいた。






もともと大事な一人息子を護るため幼い頃から千草には主治医がついていた。その主治医からの報告だった。

主治医の名は、水瀬 明廻(みなせ あみ)。大学生でありながら、千草の専門医師となった。明廻の父は有名な医師で、亡くなった千草の母のときもお世話になっており、その縁で父に劣らずに優秀な彼を千草の父は明廻の父に紹介された。明廻もまた「天才」と呼ばれてきた。明廻は千草にとって双子達とはまた違う、気のおけるお兄ちゃんのような友人のようなそんな存在だった。明廻はずっと近くで千草を見てきた。


「ただいま、千草。ん、どうした?また何かあったのか?」


あの日も、能力をはじめて発動したあの日も明廻は千草の家に居た。いち早く千草の異変に気づいた。

「ねえ、アミ、俺はおかしいのかな。俺は人間?俺は、俺は…」

千草の綺麗な瞳からは大粒の涙が溢れ出ていた。

「触れたら、望んだら、記憶が消えたんだ、セイラちゃんの記憶は無くなったんだよ。おかしかったあの子は普通になった。俺の好きだったあの子に戻ったんだ。俺が願ったりしたから?俺のせいだよ、俺が、俺が…!」

「…。

千草…、千草、大丈夫。大丈夫だ。俺がお前の傍に居るよ。何も心配しなくていい。お前は間違っていないよ、何も、何もおかしくないよ。」

こうやって明廻はずっと千草に寄り添ってきた。






能力と生きると共に徐々におかしくなっていく千草。千草は不安定になっていった。特に夜は酷く酷く不安定だった。

「うう…う、、アミ、アミ、俺は!俺は自分が怖い!天才なんていらない!変わらない愛が欲しい!大切な子は俺のせいでおかしくなる、遠ざけなきゃいけない!でも、いやだ、俺を独りにしないで…!」

千草はもうずっと憔悴していた。目が虚ろでただ、ただ、何時間もずっとずっと、ずっと泣き叫んだ。こんな夜は明廻はずっと千草のそばにいる。明廻は憔悴しきった千草を抱き抱え、寝室まで運んだ。千草は眠っていた。大きなベッドに千草を置く。


「千草、約束しよう。俺はお前から離れないよ。お前もきっと俺から離れられない。俺がお前をどんなものからも守ってあげる。」


真夜中に明廻の優しい、しかし、どこか冷ややかな声が千草の、一人部屋には十分すぎる広い部屋に響いた。

千草は自分が夜に壊れていることを何一つ知らない。

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