ワスレナグサ

天使 ましろ

第1話かつて「天才」と呼ばれたもの

「あら、あの子よ。」

「あら、今日も愛想のない子ね。」

「あら、お母様に似て綺麗なお顔立ちなのに目立たない普通の子よね。」


「「「もったいない」」」






朝。今日は天気がとても良い。夜、どんなに遅くても早起きの自分にとって、天気が良いことは嬉しいことだ。どこか晴れやかな寂しさを纏う冬の香りがしてスーッと体の中に染みていく。この時期が、この時間の朝がとても好きだ。ましてや今日は、大学のある日。足取り早く冬の道を進む。道の途中、近所のおばさま達が一点に集まり話をしている。僕はそそくさとおばさま達に笑顔で会釈し、横を通り過ぎた。後ろでおばさま達の「聞こえてたかしら?......」という声が聞こえる。ああ、僕は今日も嫌われているんだろうか。それとも.......。

おばさま達が遠ざかる頃には足取りはゆっくりとなり、下を向いて歩いていた。

「あー!!!チグちゃん!昨日、一緒に行こうって言ったでしょ!」

「おい、コウ、いきなり走るな。転ぶ。チグ、おはよう。」

何処までも通る華やかで綺麗な声に、人目をひく透き通るしなやかな優しい声、冬のしなやかな風と一緒に僕のそばはあっという間には賑やかになった。なんだか雪、降りそうだな。スッと深呼吸をした。

「おはよう、コウちゃん、メエちゃん。」

彼らを認識するとスッと落ち着く自分を知る。ああ、息が出来る。ゆっくりと心が揺れる。

彼らは僕の家の真向かいに住む、いわゆるお隣さんで幼なじみ、同い年のふたり。ふたりは双子。花城香(はなしろこう)に花城茗(はなしろめい)だ。

ふたりは僕の数少ない大親友でとても大切な人。コウちゃんは、女の子で大学に通いながら、「KOU」という名前で読モなどをしている。特に高校生から僕らの同年代の子達に絶大人気だ。コウちゃんの発言力は強く、絶対。ありとあらゆる広告の顔なのだ。そして片割れのメエちゃんこと、茗ちゃんは、男の子でネットを中心に自分の作った音楽を配信しており、有名なレコード会社に見つけてもらい、自身で作詞・作曲し歌ったCDを出している。もちろん彼、「ハナシロ」も絶大な人気を誇っている。現在はメディアに顔を出し、イケメンの期待の歌い手として日々騒がれている。そんなふたりは世間には双子であることを伏せており、一部の関係者しか知らない事実である。そしてそれは案外バレていないものだ。

そして、そんなふたりの有名な幼なじみの僕こと、漱石千草(そうせきちぐさ)。僕はふたりと反して目立たない、普通の子だ。普通....。

普通でいることが難しいことを僕は誰よりも知っている。僕はある異能の持ち主なのだから。そうして其れを世間に隠すと共にかつて「天才」と呼ばれた僕をおばさま達は「普通」の子だといい、それもそれでまた井戸端のもっぱらのネタになったのだ。






「あ!おはよ〜!ねえ聞いたよ〜〜!」

「香ちゃん!!あれ、私も欲しくなって買ったよ!」

「花城くん、CD発売おめでとう!予約したよ〜!!」

「サインして〜〜!握手して!!?」

大学へ着くといつも通り、みんなに囲まれるコウちゃんとメエちゃん。ふたりが周りにバレないように僕にウィンクする。これは「あとで落ち合おう」の意。僕ら三人にしか分からないサインになる。僕はふたりにしかわからないように頷いて、ふたりを囲む輪からスッと出た。

いつも一緒にいるふたりがそばにいないと少し落ち着かない。きっとその落ち着きの変化は、ふたりにしかわからない。それと僕自身。ああ、僕っていつからこんなに弱かったっけ?と突然弱気になる。昔はもっと強かったはずなのに。

「千草が幸せならそれで良いんだよ。」

ふと父の言葉が頭をよぎる。おっとりしていて、とてもやさしい父はいつも温かい言葉をくれた。そんな温室育ちの僕は人に幾ばくか期待しすぎている。僕はきっと人が好きなんだと思う。疑うことをいつまでも知らないし、どうせなら疑いたくないし。何度も人に期待し、絶望した。

僕は人とよく会った日の夜は眠れなくなる。考えてしまうんだ。嫌われてはないだろうかって。僕のことどう思ったかなって。あの言葉はあなたを傷つけてしまってないだろうか。あの行動は正しかっただろうか。とか。そういう感じに。

僕の夜はあまりにも深い。深い深い海だ。溺れてしまわぬように、足掻くことが精一杯。


そうして僕の中にある「不安」を僕は、はじめからなかったことにするんだ。ぜんぶ、綺麗に。相手の中から。僕だけが憶えていよう其れは、この世には相応しくない。いらない、ゴミと等しいのだ。不必要なのだ。






教室に着く。日の光が穏やかに入るあの場所に僕はいつも座る。

一人だと、余計なことを考えてしまう。はやくコウちゃんとメエちゃんこないかな。


机に顔をくっつけて窓に目をやる。窓から覗く大きな木が風に揺れている。今日も平和だ。暖かい光を浴び、うとうとしてくる。


ハッとして目を開けると、両隣に、

「おはよう、チグちゃん!まだ授業はじまってないから大丈夫だよ。」

「おはよう、眠り姫。」

コウちゃんとメエちゃんが僕の両隣にいた。僕はコウちゃんにありがとうと告げ、メエちゃんにうるさいって言って小づいた。

ふたりが花のように笑う。つられて僕も笑う。僕にとって大切な一瞬だった。






今日の全ての授業が終わった。いつも通り三人で帰る途中でコウちゃんが三人の女の子達から呼び止められた。

「ねえ。花城香さん。ちょっといいかしら?」

三人の女の子の真ん中の子が言った。ふんわりとカールのかかった髪の毛。キラキラとした目元。少し強い花の香りがした。なんだか嫌な予感がする。何だとは言えないが。コウちゃんとメエちゃんの顔を交互に見る。メエちゃんが頷く。僕らはコウちゃんにまた、あとで。と告げ、その場を後にした。

すると、メエちゃんが行くぞって僕の手を引いた。

?の僕をよそにメエちゃんはズンズンとコウちゃん達を尾行しだした。

「メエちゃん、何してるの???」

「シっ!なんか、引っかかる。」

「なんか、、とは?」 (小声)

「上手く言えないけど、そもそもそんなに友達も居ないコウが女子にいきなり呼ばれるなんて、おかしすぎる。」

「う〜ん、、たしかに...!コウちゃん、友達居ない気がする...!」

若干、失礼な会話を繰り広げ、僕らはコウちゃん+3人の女の人の尾行をはじめた。






「花城さん。私のこと分かるかな?」

にっこりとした笑顔がそこにあった。彼女達は数分歩いた先、学校近くの可愛らしいカフェに入り、4人がけの席へ座った。3人と向い側1人といった配置で。

「コウちゃん...」

「コウ...」

もちろん、僕らも可愛いキラキラした、いかにもなカフェへ入り彼女達の席がよく見え、会話がよく聞こえるところへ座った。二人と向かい側0人という配置で。

「ごめんなさい。あなたとは初めましてだと思うんだけど...。」

コウの綺麗な声が響く。店内にはそれなりにひとがいる。響くと言っても、もちろん僕らにしか聞こえてはいないが。

「は?あんたよくもねえ!!」

ふわふわカールの子の右隣のボブヘアーの女の子が席から立ち上がりコウちゃんに食いかかった。猫のような瞳が微かに揺れる。ふわふわカールに肩をぽんっとタッチされたボブの子はすとんと席に座った。座って静かに唇を噛んでいる。重たい空気を感じる中、ふわふわカールの女の子だけニッコリと笑ってコウちゃんをみつめている。コウちゃんは何がなんだかのご様子。

「あいつ、また何をやらかしたんだよ.....」

と双子の片割れこと、メエちゃん。コウちゃんは何かと絡まれやすい。昔っから。特に女子に。それは女子にモテるメエちゃんの隣によく居るから。大抵は双子だとわかれば、やっかみはなくなる。しかし、メエちゃん目当てにコウちゃんに付き纏ったり、友達のフリをするものもいる。コウちゃんは僕らとしかいない故に、人知らずで騙されやすい。今回は.......

「田中聖月(たなかみずき)君、知ってるかな?もちろん知ってるよね。だって浮気、してるんでしょ。一緒に居たの見たって子が何人もいるの。昨日のお昼。都内でさあ、あなただよね?花城香ちゃん。」

ふわふわカールの子がアイスティーをストロー越しに飲んだ。

「目撃情報もあがってんだ!逃げられないぞ!!!!」

ボブの子が食いかかってきた。

「「昨日...たなかみずき.......?」」

僕とメエちゃんは顔を見合わせて首を傾げた。おかしい。その情報はおかしい。だって、昨日は休日。昨日は.....

「わたし、昨日は一緒に居たひとがいます.....」

コウちゃんがふわふわカールの子に申した。

「は!?それが田中くんだろ!田中くんは美雨(みう)の彼氏なんだぞ!!」

ボブっ子がまたもつっかかった。

「か、彼女?ええええ!?彼女!?わたしが知るわけない!!!」

あまりにも理不尽に怒られて、ついにコウちゃんの素が出てしまった。コウちゃんの向かい側に座っている三人は目を大きく見開いてポカンとしている。

「で、でも、わたしはみたって、、あんただって、聞いたのよ!!!」

ふわふわカールの女の子の目が揺れた。両隣の女の子はうんうんとうなずいている。

「聖月くんと一緒に居なっかった証拠は!?」

なんて理不尽なんだ.....証拠......

「あっ」

声が出たその次には、もう僕は止まれなかった。

「え!??チグ!!!」

メエちゃんの声が聞こえる。

「これ、証拠。」

「は....?」

ふわふわカールの女の子に昨日のお昼、コウが誰と一緒に居たのか、証拠を出した。

「写真.........」

コウちゃんの向かい側にいる三人はポカンと口を開けている。そう、これは昨日僕らが撮った写真。自撮り写真。コウちゃんが誰と居たかの証拠となるのだ。

「え!?チグちゃん!?」

驚くコウちゃんにこっそりピースサインをした。コウちゃんは僕の登場にびっくりしているがどこか安堵しているように見えた。

「チグ.........]

「え、メエ?」

「よ、よう、、コウ」

突然、飛び出してきた僕を追って出てきたメエちゃんに、またもここにいるみんなが驚いている。もちろん僕以外。

「え!??ハナシロくん!??」

「「「「「え?」」」」」

メエちゃんの登場に今までずっと静かにしていたふわふわカールの女の子の隣、窓際の女の子は突然叫んだ。

「は、はい......?」

名前を呼ばれたメエちゃんはその子の呼びかけに返事をした。

「ふぁ..........あ、えっと、ファンです.........ハナシロくんの!!!!!」

ふぁん??って...........

「「「「「ええええええええええええ!!!!!!!」」」」」

大声を出した約5名、みんな声を出してハッとして口に手を当てた。店内を見渡すが.......よかった、他のお客さん達は僕たちに構わず自分たちの時間を楽しんでいた。メエちゃんのファンなのか....知らなかった。だって、コウちゃんを学校で呼び止めたとき、僕ら居たよね?見えてなかったのか........

メエちゃんのファンだというその子は今日の目的を忘れてメエちゃんに夢中だった。

「あの、ハナシロくんに逢えるなんて............!よくこのカフェくるの?」

「えっ、あ......う、うーん.....」

「新曲の「ラベンダー」、何回も聞いてる!!!友達にも布教してます!!」

「え......ありがとう、嬉しい、ハハっ布教って。」

メエちゃんと窓際の少女との会話だけが僕らの間に広がった。あれ......このまま和やかにことをすまわせれるのでは......とコウちゃんを見ると彼女はメエちゃん達を眺めていた。

「で、でも、みたのよ、みたって言われたのよ!!!あんたと私の彼氏が!!!!!」

突然、ふわふわカールの女の子は自分のそばに置いてあった水の入ったコップを持った。まずい!!!!


バシャっ


「チグちゃん........」

「チグ!!!!!」

ぽたぽたと水がしたたっていく。ふわふわカールの子がコウちゃんに向かってかけたコップの中の水はコウちゃんをかばった僕にかかった。僕は水をかぶった。水のかかった僕をメエちゃんがタオルで拭いてくれている。

「ありがとう、メエちゃん。」

「ったく、本当に、お前は............」

「チグちゃん!!ごめん、本当にごめんね。」

「ううん、コウちゃんが謝ることじゃないよ。僕は大丈夫。」

「チグちゃん、ありがとう.............」

「あ、...あ、あんたなんか、あんたなんか!!!!!」

あ、.......僕は怒りで、恥ずかしさで、どうしようもなくなって震えているふわふわカールの子の額へ手を伸ばした。

「知ってる、僕はその言葉の続きを。ねえ、僕の大切な子を傷つけないで。」






「それじゃあ、私達はこれで。今日はありがとう。ここ、素敵なカフェね。インスタにあげていいかな?」

コウちゃんは向かい側に座っている女の子三人へ言った。

「え、えっと、うん!........」

歯切れの悪い返事を聞いて僕らはこの場を後にした。





「チグ.......」

僕らの家付近でメエちゃんの声が怒ってるよう聞こえてきた。

「なあに、メエちゃん。」

「お前、何言われるか、わかってるだろ。」

怒っている。

「ふふ、ごめんね。」

「チグ!!笑い事じゃ...!!」

「まって、メエ!!チグちゃんは私のために!!だから怒るなら私にして!!」

「コウちゃん、ありがとう。ごめん、メエちゃん。」

「チグ、お前が大丈夫なら俺は....」

「うん!僕はだいじょうぶ!」

僕はめいいっぱい笑った。

僕は先ほどの女の子達のコウちゃんに関する記憶を消した。どうしてコウちゃんを呼びだしたのか。怒っている理由、コウちゃんに浴びせようとした言葉。それらを全て。






僕は「人の記憶を消す」異能を持っている。なぜ持っているのか、それはわからない。これは遺伝でもない。この能力は、狙って特定の記憶だけ消したい、が出来てしまう。その人に触れることで簡単に。そしてそれは記憶量が多ければ多いほど僕自身に負担がかかってしまう。この僕の異能を知っているものは僕、コウちゃん、メエちゃん、父、そしてこの能力を幼い頃から見てくれている僕の主治医、のみだ。


そうしてこの能力は僕を苦しめた原因のひとつでもある。元特別だった僕、のちに「普通」に固執して生きる僕のはじまり。これが現れたのは...そうだな、あの頃からだったな。




















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