第3話 妹の想い
アルドが、アレンが住んでいるという街に向かって歩いていると、道中、うずくまっている少女を見かけた。
「大丈夫か?」
アルドが声をかけると、せき込みながら答えた。
「だ、大丈夫」
少女はそう答えたものの、とても大丈夫そうには見えない。
「とりあえず、ここは危ない。安全な場所に行こう」
「それなら、この先の街に私のお家があるから、そこまで連れて行ってちょうだい」
「ああ、わかった」
アルドは少女を家に連れて行くと、ベッドに寝かせた。
「ありがとう、お兄さん。私はマリア。お兄さんの名前は?」
「オレはアルドだ。マリアはあそこで何をしていたんだ?」
「……実は、私にはお兄ちゃんがいるんだけど、いつも迷惑ばかりかけているから、何かお礼ができないかなって思って、お花とお料理を用意しようと思ったの。でも、お花がなかなか見つからなくて……。探し歩いている内に、あんなところまで……」
「そうだったんだな。もしよかったら、オレが代わりに探してこようか?」
「えっ、良いの? それなら、夕飯をごちそうさせて。そのころには、お兄ちゃんも帰って来ると思うから」
「ああ、わかった。ちなみに、どんな花なんだ?」
「えっとね、私の好きな花なの。白くてひらひらした花でね、良い香りがするんだ。昔は、よくお父さんが摘んできてくれてね。ちょっと前までは、ここら辺にも生えていたと思うんだけど……」
「わかった、探してみよう」
家を出たアルドは、街の人に聞いて歩いた。
町長に事情を話すと、
「あー、その花はもう咲いてないんだよ。その花は、潤沢な土地にしか咲かない花でね。十年前に流行した病気の原因が、この花なんじゃないかって噂になって、ここら周辺のは全部刈り付くされてしまったんだ。結局は、感染者数も減らなかったから、無関係だったようだけどね」
「そうだったのか、他に咲いていそうなのはどこだ?」
「そうだなあ……人が寄り付かない森の奥とかなら、まだ咲いているかもな」
「わかった、ありがとう」
アルドは言われたとおりに、森の奥へと進んでいった。しばらく歩いてみたものの、それらしき花は一向に見つからない。すでに日は沈みかけていた。
(もっと奥なのか……?)
アルドがさらに奥まで進んでいくと、ようやくそれらしい花を見つけることができた。たった一輪しかないが、それでも、とても綺麗に咲き誇っていた。夕日を浴びて光っているように見える。アルドがその花に目を奪われていると、気付けば周りには狼が集まってきていた。どうやら、縄張りに踏み込んでしまったようだ。
「しまった!」
慌てて剣を構えるアルド。それに応えるように、狼たちもアルドを取り囲んだ。そして、ボスの咆哮に合わせて一斉に飛び掛かってくる。
アルドは攻撃を避けると、ファイアスラッシュで薙ぎ払った。全てを倒すことは出来なかったが、残された狼もおびえたように逃げ去っていった。
アルドは一息つき、急いで花を摘むとマリアの家へと向かっていった。
マリアは、アルドの帰りを待ちわびていたのか、アルドが家に入るなり駆け寄って来た。
「アルドさん、おかえりなさい! どうだった?」
「ああ、一輪だけ咲いていたよ。これであってるかな?」
アルドは採ってきた花を差し出した。
「これだよ! ありがとう、アルドさん!」
マリアは嬉しそうに花を受け取ると、花瓶に入れて机の上に置いた。机の上には、すでに料理が用意されており、美味しそうな匂いを漂わせていた。
「あとは、お兄ちゃんが帰って来るのを待つだけだね」
「そうだな。そういえば、お父さんとお母さんはどうしたんだ?」
一瞬、マリアの顔が曇る。しかし、すぐに微笑むと、
「お母さんは、私が小さいころ死んじゃったんだ。お父さんも仕事に行ったきり、帰って来なくなっちゃったし……。でも、私寂しくないよ。お兄ちゃんもいるし、お父さんから貰ったこのペンダントがあるし」
そう言って、マリアは首にかけているペンダントを見せてきた。アレンから貰ったペンダントと似た形をした青い宝石のペンダントであった。
「私が病気になった時に、お父さんがくれたんだ。これをずっと持っていなさいって言っててね。これをつけてから、病気が少し楽になったんだ」
「もしかして、マリアのお兄さんって――」
そこまで言いかけると、聞きなれた声が玄関から聞こえてきた。
「ただいま」
「あ、お兄ちゃんだ!」
マリアは玄関まで出迎えに行った。
「マリア、寝てなくて大丈夫なのか?」
「うん、お兄ちゃんに貰った薬のおかげで、今は大丈夫なの。そんなことより、今日はお客さんが来てるんだよ!」
そう言って、マリアに腕を引かれて現れたのはアレンであった。
「あ、アルドさん⁉」
驚いたようにアレンが叫ぶ。
「あれ、お兄ちゃんの知り合いなの?」
「ま、まあ、ね」
アレンはこちらを見て、必死に目で訴えてくる。どうやら、今は話を合わせていてほしいようだ。
「そうなの? アルドさん」
マリアが不思議そうに尋ねてくる。
「あ、ああ。何度かお世話になってるんだ。まさか、マリアがアレンの妹だとはね」
「そうだったんだ。あ、お兄ちゃん、見てみて!」
マリアが机の上を指さすと、アレンもそれに気付いたようだ。
「この料理……それにこの花は……」
「えへへ、お料理は私が、お花はアルドさんが用意したんだ! お兄ちゃんにはいつもお世話になってるから、そのお返し!」
「そうなんだね、ありがとう嬉しいよ。アルドさんも、ありがとうございます」
マリアは照れ臭そうに笑うと、
「冷めないうちに食べよ! ほら、お兄ちゃん早く!」
マリアはアレンの背中をぐいぐいと押している。急かされるままに、アレンは席に着いた。そして、楽しい夕食を過ごしたのであった。
夕食が終わり、それぞれが思い思いにくつろいでいると、アレンが真面目な顔をして話しかけてきた。
「アルドさん。今日、僕の意志をマリアに伝えようと思うんです」
「そうなんだな。ならオレはもう帰ろうか?」
「いえ、アルドさんにも一緒にいて欲しいんです。僕がちゃんとハンターとしてやっていけるってことを説明したいので」
そう言うと、アレンはマリアに声をかけた。
「マリア、大切な話があるんだ。こっちに来てくれないか」
ただならぬ雰囲気のアレンに、マリアも席に着き、アレンの言葉を待っている。
「実は僕、ハンターになろうと思っているんだ。今まで黙っていたけど、これまでも何度かハンターとして仕事をこなしていて、アルドさんともそこで知り合ったんだ。マリアには心配をかけてしまうとは思うけど、どうか許して欲しい」
マリアはしばらく俯いていたが、一言だけ
「……知ってたよ」
と呟いた。予想できなった返事にアレンもアルドも驚いた。マリアはそんな二人を気にも留めずに続けた。
「本当は結構前から気付いてたんだよ。お兄ちゃん、急にお父さんの荷物の整理とか始めるからどうしたんだろうって思ってて、お兄ちゃんのこと見てたんだけど、夜中にこっそり剣の練習とかしてたから、ハンターになりたいのかなって思ってたんだ」
「……そこまで知っていたのに、何も言わないで居てくれたのか?」
アレンのその言葉にマリアは黙ってしまった。長い沈黙の後、マリアは口を開いた。その声は震えていた。
「だって、私のせいでお兄ちゃん、いつも我慢してきたでしょ? 友仕事ばっかりで、友達と遊びにも行けなかっただろうし…… だから、お兄ちゃんがやりたいって言うなら、私に止める権利はないと思って……」
そこまで話すと、再びマリアは黙ってしまった。声を殺してはいるが、泣いているようだった。
「そんな風に思ってくれていたんだな。ありがとうな」
アレンはマリアのことを優しく抱きしめている。
「お兄ちゃん…… 無茶はしないでね……」
「……わかってるよ」
二人はしばらく抱き合っていたが、アルドがいることを思い出したのか、顔を真っ赤にしながら、慌てて離れた。
「あ、アルドさん。見苦しいところをお見せしてすみません」
「私も、ごめんなさい」
「いや、オレは大丈夫だ」
「とりあえず、妹の許可も得られえたので、これからはハンターとしてやっていきます」
「そうか、頑張れよ」
アルドがアレンの家から出て、しばらく歩いていくと、遠くからマリアの呼ぶ声が聞こえてきた。
「アルドさーん!」
どうやら、追いかけてきていたようだ。
「あの、これ! 持って行ってください!」
バスケットの中には、まだ暖かい料理が入っていた。
「ありがとう」
料理を渡した後も動こうとしないマリア。
「アルドさん。アルドさんにこんなお願いするのは間違っていると思うんだけど…… お兄ちゃんのこと、よろしくお願いします!」
マリアは勢いよく頭を下げた。
「本当は、お兄ちゃんにハンターなんてやってほしくない。いつか、お父さんみたいに、いつかいなくなっちゃいそうで…… でも、お兄ちゃんがやりたいっていうなら、私は応援してあげたい。お兄ちゃん、昔から結構頑固だから、一つのことになると周りが見えなくなっちゃうの。だから、私の代わりにお兄ちゃんを支えてあげて欲しいの。お願い!」
「わかった、オレに任せてくれ」
アルドがそう言うと、マリアの顔が一瞬で明るくなった。
「ありだとう!」
マリアは再び、深々と頭を下げた。
数日後、アルドが街を歩いていると、遠くにアレンの姿が見えた。
「やあ、アレン」
「アルドさん、こんにちは。これ、見てください!」
そう言ったアレンの鎧は、綺麗に磨かれアレンの体に合うように仕立て直されていた。
「実は、僕がハンターになるって決めた少し後に、マリアが貯金を持ってきてくれてね。これで鎧直してって言ってくれたんです」
「そうだったのか…… よかったな。マリアの体調はどうなんだ?」
「それが…… 最近は薬でもあまり良くならなくて……」
「そうだったのか……」
「はい…… あ、つい話し込んじゃいましたけど、今依頼の途中でした!」
「大丈夫なのか? よかったら、手伝おうか?」
「いえ、大丈夫ですよ。そんなに難しいものでもないので。では、これで失礼します」
アルドはアレンの背中を見送った。
どこか無理をしているように感じられたその背中が見えなくなるまでずっと見続けていた。
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