第2話 兄の覚悟
アレンと別れ、しばらく経ったある日のこと。
アルドがとある街を訪れた時のことだった。裏路地から男たちの争う声が聞こえた。
「やめてください! それは妹の……!」
「うるせぇ!」
どうやら何者かが襲われているようだ。これは見逃せないと、アルドは裏路地に入っていった。
「おい!そこで何をしている!」
アルドに気付いた男たちは、一目散に逃げていった。倒れている男に駆け寄ったアルドは驚いた。なぜなら、襲われていた男はアレンであったからである。
「アレン……!」
声をかけると、アレンもアルドに気付いたようであった。
「アルドさん……薬を買いに来ていたのですが、薬代を盗られてしまいました……」
そう言うと、アレンは気を失ってしまった。
「大丈夫だ、オレが取り返してくる」
そう声をかけると、近くの宿屋にアレンを預け、アレンを襲った男たちについての聞き込みを始めた。しかし、多くの人が彼らについて語りたがらず、逃げ出す人もいる始末であった。
(一体、どうしたっていうんだ……)
男たちの足取りが掴めず困り果てるアルド。
その時、アルドに声をかける者がいた。
「そこの若い人、こちらへ」
声の方向を向くと、家の中から手招きをしている老人がいた。促されるまま、アルドは老人のいる家の中へと入っていった。
アルドが家に入るなり、老人は扉に鍵をかけた。
「いきなり失礼しました。私はここの町長です」
「オレは警備隊のアルドだ。一体、この町はどうなっているんだ?」
アルドがそう尋ねると、町長は口を開いた。
「皆、あの盗賊たちを恐れてしまっているのです」
町長は一度言葉を切ると、先ほどより声を潜めて続けた。
「奴らが町に来た当初は、追い出すために町の男たちで戦ったのですが、返り討ちにされてしまいました…… その後も何度か挑んではみましたが、全て失敗に終わってしまっていました。なので、奴らを刺激しないようにと、誰も何も語らないのです」
そこまで話すと、町長はアルドに向き直り、頭を下げた。
「アルドさん、貴方を見込んでお願いがあります。どうか、この町から奴らを追い出して頂けませんか。皆、奴らを怖がってしまい、もう戦える者はおりません。大したものはありませんが、報酬もご用意するので、どうかお願い致します」
「オレの友人もあいつらに大切なものを取られてしまったからな。わかった。それで、アジトはどこにあるんだ?」
「町はずれの廃墟でございます。どうか、この町を救ってください」
聞き込みを終えたアルドは、町はずれの廃墟に向かっていった。中からは男たちの話す声が聞こえる。どうやら、ここがアジトで間違いないようだ。
アルドが中へ入っていくと、男が5人ほどくつろいでいた。恐らく、一番奥で横になっている男がリーダーなのだろう。
「だ、誰だ! お前は!」
アルドに気付いた男が叫ぶ。
「オレは、警備隊のアルドだ!」
警備隊と聞いた手下たちがたじろぐ。
「け、警備隊だって⁉」
「きっと、町の奴らが通報しやがったんだ!」
「くそっ、どうするんだよ!」
そんな声を遮るように、リーダーが叫んだ。
「うるさいぞ、お前ら!」
リーダーの怒声に、手下たちは一瞬で静まりかえった。
「相手は一人じゃないか。それなのに、相手が警備隊だとこの様か。いつかはこうなることを承知でここまでやってきたんだ。相手が誰であっても、やることに変わりはない、こいつも返り討ちにしてやれ!」
リーダーのその言葉に、手下たちは元の調子を取り戻してきていた。
「そ、そうだな。今までとやることは変わらないじゃないか」
「俺たちならやれる……!」
手下たちは、各々武器を取り出し構えた。アルドもそれに応えるように、剣を構える。しかし、その剣は鞘から抜かれてはいなかった。
だが、その優しさが男たちの神経を逆撫でてしまった。
「……俺たちの相手はそれで十分だってか!」
手下の一人がそう叫び、ナイフを振りかざして突進してくる。アルドはそれを躱すと、男を剣で殴りつけた。鈍い音が響き、声にならない声を上げて男は倒れた。
「チッ、勝手に突っ込みやがって! お前ら、あいつを囲め!」
リーダーの指示で、手下の男たちがアルドを取り囲んだ。しかし、冷静に対処していくアルド。気付けば、残されたのはリーダー一人となった。
「なるほど、一人でここに来ただけはあるな。」
近くに落ちていた剣を拾うリーダー。そして、アルドに向き直り、剣を構えた。
「だが、俺は一味違うぜ――」
そう言い終わらない内に、リーダーはアルドに切りかかった。咄嗟のことに、反応が遅れてしまったアルドは、それを受け止めるのが精一杯であった。
(速いっ……!)
初めの一撃を、何とか押し返すことができたが、間髪入れずに攻撃を繰り出すリーダーに苦戦を強いられていた。何とか反撃に出ようとするも、狭い室内では満足に剣を振るうことができない。
「どうした? その程度か?」
リーダーの攻撃は徐々に激しさを増していき、遂に反撃する余裕すら無くなってしまった。気付けば、アルドは壁際に押しやられていた。
(ここから、脱出しなければ……!)
リーダーが剣を振るう瞬間を見計らい、逃げようとするアルドだったが、
「逃がすかよ!」
リーダーがアルドの脇腹へ蹴りを入れる。アルドはそのまま体勢を崩し、床に倒れ込んでしまった。嘲るように、アルドの顔を覗き込むリーダー。
「おいおい、もう終わりか? ほら、立てよ。もっと楽しませてくれよ」
リーダーはアルドの髪の毛を掴み上げ、無理やり立たせようとする。その瞬間、アルドはリーダーの顔を殴りつけた。リーダーの顔が怒りで歪み始める。
「この野郎!」
リーダーは、アルドの頭を床に叩きつけると、倒れ込んだアルドの腹へ蹴りを入れた。
「調子に乗りやがって!」
何度も何度も蹴り続ける。アルドは意識を保つのがやっとであった。
「もう、終わらせてやるよ……」
リーダーの手には斧が握られていた。
「じゃあな」
リーダーがアルドの頭を目掛けて、斧を振り下ろそうとした瞬間。遠くの方から、雄叫びが聞こえてきた。
リーダーの動きが止まる。
「……なんだ?」
徐々に近づいてくるその声に動揺し始めるリーダー。アルドは最後の力を振り絞り、足払いをする。そして、倒れたリーダーに馬乗りになると、喉元に剣を当てがった。リーダーはゆっくりと両手を上にあげると、
「……降参だ」
と言った。それと同時に大量の人間がアジトの中になだれ込んでくる。先頭に立つのはアレンであった。
「アルドさん! 大丈夫ですか!」
叫びながら、アレンが駆け寄ってくる。しかし、そこでアルドの意識は途絶えてしまった。
目を覚ますと、ベッドの上であった。傷はまだ痛むが、手当はされている。
「目を覚ましたのですね」
そばにいた女性が声をかけてくる。
「ここは……?」
「町の宿屋ですよ、今、町長を呼んできますね」
そう言って、女性は部屋を出ていった。
しばらくすると、アレンと町長が部屋に入ってきた。
「アルドさん、目を覚ましたんですね!」
アレンは嬉しそうに微笑みかけてくる。
「あいつらはどうなったんだ?」
「大丈夫ですよ。あの後、彼らは国の騎士団に受け渡しました。」
「そうか、よかった……」
「はい、なのでアルドさんは、ゆっくり休んでても大丈夫ですからね。私はまだやることがあるので、ここで失礼します」
そう言って、アレンは部屋を出ていった。部屋にはアルドと町長の二人が残された。アレンが出ていった扉を見つめたまま、町長は口を開いた。
「彼はすごいですね」
一度言葉を切ると、アルドの方に向き直り、続けた。
「貴方が、彼らのアジトに向かった後、彼も目を覚ましたのです。貴方が一人でアジトに向かったと聞いて、すぐに助けに向かおうとしました。町の人が止めても、貴方には恩があると言って聞かなかったのです。さらに、町の人に頭を下げて回って、協力してくれる人を募っていました。その姿に皆心を動かされて、一人また一人と仲間になっていったのです」
町長は立ち上がり、窓から広場を眺める。
広場は人で溢れかえっていた。訪れた時とは打って変わって、活気を取り戻したようだ。
「彼らが町に来たときは、皆疑心暗鬼になってしまっていました。またこうして、人々が助け合えているのは、アレンさんやアルドさんのおかげです。本当にありがとうございました」
町長は頭を下げた。
「お礼と言ってはなんですが、夕食のご用意をさせて頂きました。夜になりましたら、私の家までいらしてください。では、失礼しますね」
そう言うと、町長は部屋を出ていった。
夕食を楽しみ、用意してもらった馬車に乗り込むアルドとアレン。
「楽しかったですね」
見送りに来ていた町の人々に手を振りながら、アレンが言った。
「そうだな」
「妹の薬も買えましたし、ご飯もごちそうになっちゃいましたし、何から何まで申し訳ないですね」
「アレンがそれだけのことをしたってことさ」
「そんな……戦ったのはアルドさんで、僕は何もしてないのに。アルドさんはすごいですよ。助けを求める人がいたなら、迷わず手を差し伸べられるんですから……」
アレンはアルドに向き直ると、口を開いた。
「……前々から気になってはいたんですけど、どうしてアルドさんは僕にここまでしてくれるんですか? 初めに合った時も、見ず知らずの僕を助けてくれましたし、今回だってあんな怪我を負ってまで盗賊たちと戦ってくれたじゃないですか。何か理由があるんですか?」
しばらくアルドは黙っていた。
「……実は、オレにも妹がいるんだ。両親はどこで何をしているかわからない。だから、オレにとってはたった一人の大切な家族なんだ。……アレンが妹のために必死になっている姿がオレと重なって、何かしてやりたいって思ったんだ」
「そうだったんですね……」
再び、沈黙が訪れた。
「……決めました。僕、妹にハンターのことを真面目に相談しようと思います。アルドさんを見ていたら、僕ももっと頑張らなきゃいけないと思ったんです」
「でも、妹さんは反対しているんだろ?」
「それでも、何とか説得してみせますよ」
アレンの決意は固いようだった。
翌朝、馬車は街へと着いた。
「そういえば、僕の薬代を取り返して頂いたお礼がまだでしたね」
「気にしなくて大丈夫だよ」
「いえ、そういうわけにはいきません。しかし、今お渡しできるようなものは何も無いですし……」
アレンはしばらく悩んでいたが、何かをひらめいたようだった。
「そうだ! 今度、僕たちの家に遊びに来てくださいよ。妹も紹介します。お礼はその時にさせてください」
「ああ、わかった。必ず行くよ」
「約束ですからね!」
アルドはアレンと固い握手を交わし、別れたのであった。
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