兄と妹と花と

エーイチ

第1話 兄と兄の出会い

 ある日、アルドが街をパトロールしていると、何やら難しい顔をしている男が立っていた。どうやら、何か考え事をしているようだ。

「どうかしたのか?」

 アルドが声をかけると、驚いた様子で男が振り向く。

「え、ああ……大丈夫ですよ」

 そう答えた男は、アルドの姿をまじまじと見ている。そして、腰に携えている剣に気付くと、アルドに尋ねた。

「あなたはハンターの方ですか?」

「オレは警備隊のアルドだ。君は?」

「これは失礼しました。私はアレンといいます。ハンターをやっています」

「それで、何かあったのか? 随分と悩んでいるようだったからさ」

「実は、ある依頼を受けたのですが、かなり難しいもののようで、」

 そう言うと、アレンはモンスターの討伐依頼書を差し出してきた。そこに書いてあった討伐目標は森の番人であった。しかし、森の番人には珍しく、ゴブリンを従え、群れで行動しているらしく、討伐難易度は非常に高いものであった。

 アルドはアレンの装備を見る。使い込まれた様子のものばかりであった。十分な手入れがされていなかったのか、所々錆びてしまっており、この装備での戦闘は難しそうだ。

「これは……君には難しすぎるんじゃないか? 装備も十分とは言えないし……」

「そうなのです。ですので、あなたにお手伝い願いたいのです。もちろん、報酬はお払い致しますので、どうかお願いできませんか?」

「……手伝うのは構わないけど、この任務にこだわっている理由を教えてくれないか? 初心者向けの依頼も用意されてあったのに、ここまで難しいものを選んだのには理由があるんだろ?」

 アレンはしばらく考え込んでいた様子だったが、しばらくすると話し始めた。

「……わかりました。手伝って頂けるというのなら、黙っているわけにはいきませんね。私には妹がいるのですが、その妹が病を患っていまして。その病は未だに原因が分かっておらず、今も薬で症状を緩和するのがやっとなのです。今までは低い難易度の物でもなんとかやっていけていたのですが、その薬も最近高くなってしまったので、こうして多少危険であっても、より稼げるものを受ける必要があるんです」

「なるほど、妹のためってことか…… よし、分かった。手を貸すよ」

「本当ですか、ありがとうございます!」

 アレンは深々と頭を下げた。

「アルドさん、改めてよろしくお願いします。私は先に森へ行き、作戦を考えておきます。アルドさんも後から来てください」

そう言うと、アレンは森へと向かって走っていった。その後、アルドが森へ向かうと、草むらから群れを観察しているアレンがいた。アレンに倣い、アルドも草むらへ身を隠す。ゴブリンの群れは、食事している者や寝ている者など、各々が自由に過ごしており、奇襲するには絶好のタイミングのようだ。かの討伐対象は、群れの奥で横たわっている。

 アルドは小声でアレンに尋ねる。

「それで? 作戦っていうのは?」

「まず、夜が更けるのを待ちます。暗闇に紛れてしまえば、討伐も少しは楽になると思いますし。そして、まず先に、私が草むらを飛び出し、大きな音を立てて、周囲のゴブリンの注意を引きます。そして、群れから離れるように誘導するので、手薄になったところをアルドさんが攻撃してください」

「なるほどな。でも、あのゴブリンの群れを一人で相手するのは厳しいんじゃないか?」

「大丈夫ですよ。この程度のモンスターであれば、私でも倒すことはできますし、危険だったら、隠れてしまえばいいんですから。少しでもお役に立ちたいですからね」

そして、夜が更け、作戦決行の時間が迫ってきていた。アレンはこちらを一瞥し、うなずくと、草むらを飛び出した。

「おーい! こっちだ! ついてこい化け物!」

そう叫ぶアレンに気付いた様子のゴブリン。慌てて武器を持ち、それぞれがアレンに向かってきた。ゴブリンを引き連れて、群れを離れるアレン。


 アレンとゴブリン達が見えなくなった頃を見計らい、アルドも草むらを飛び出す。森の番人と数匹のゴブリン達が残ってはいるが、予期せぬ襲撃に、統率が取れていないようだ。それでも、アルドの姿を見るや否やすぐさま戦闘態勢となった。アルドも剣を抜き、構える。

 しばし睨み合っていた両者だったが、先に仕掛けたのはゴブリン達であった。一斉に飛び掛かって来たゴブリン達だったが、アルドの回転切りに薙ぎ払われた。残った森の番人は、アルドを目がけて棍棒を振り下ろす。それを躱し、背後にまわると、剣を握る手に力をこめる。

「はああぁぁっ……!」

 アルドを見失い戸惑う森の番人の背後から、エックス斬りを放つ。

 大きな叫び声をあげ、崩れ落ちる番人。どうやら、倒すことができたようだ。

 一息つき、倒した証拠となる素材を回収するアルド。

「そういえば、アレンの方はどうなったんだ?」

 大丈夫だとは言っていたが、あの大群相手に一人ではやはり心配だ。アルドは、アレンが走っていった方向へ向かうのであった。


しばらく進むと、倒れているゴブリンの群れと、木を背もたれに座り込んでいるアレンが見えた。近くに焚火が用意してあるところをみると、今日はここで一晩過ごすつもりのようだ。

「森の番人は倒したぞ」

 アレンの隣に座り、素材を差し出すアルド。

「アルドさんの方も、終わったようですね。無事でよかったです」

 息を切らしてはいるが、アレンに目立った外傷はない。

「あれ全部アレンがやったのか?」

 倒れているゴブリン達を指さしながら、アルドが尋ねる。

「はい! 大丈夫だって言ったじゃないですか」

 はにかみながら、アレンが答えた。

「正直、ここまでできるとは思ってなかったよ。いい腕してるんだな」

「あはは、そうですね。僕もびっくりですよ」

 そう答えたアレンンの目はどこか寂しそうであった。


 焚火を囲む二人。アレンは少しずつ自身について語り始めた。

「戦い方は父さんに教わったんです……僕の父さんもハンターだったので。父さんは、家にいる時間より仕事に行っている時間の方が長いくらい、仕事一筋でした。十年前、妹が病を患った時にも相変わらず仕事ばかりで、ある日仕事に行ったきり、そのまま帰ってきませんでした。父さんはいなくなる前に、『病気はモンスターによるものだ』とか『新種のモンスターを見つけた』と言っていて、他の人には気が触れてたんだって言われました。でも、僕は父さんが言っていたことは本当なんだと思っています。僕がハンターを続けているのも、薬代を稼ぐのは勿論ですが、ハンターを続けていれば、いつか父さんの手掛かりが得られるかもしれないって思ったからなんです」

 アレンはそこで言葉を切ると、少し俯きながら続けた。

「でも、妹には反対されているんです。お父さんみたいに急にいなくなっちゃいそうだからって。妹が心配するのもわかるんですけど、お父さんは僕の憧れでもあったので、諦められないんです」

 アレンは自分の鎧に手をあてた。

「この鎧も、かつて父さんが使っていたもので、僕に譲ってくれたものなんです。まあ、手入れをしてなかったので、ボロボロなんですけどね。でも、これをつけていると、不思議と力が湧いてくるんです。まるで、父さんが僕に力を貸してくれているような、そんな気持ちになるんです」

 一通り話し終えたアレンは、我に返ったのか恥ずかしそうにはにかみながら、

「つまらない話をしちゃいましたね、今夜はもう寝ましょう。おやすみなさい」

 と言うと、一人で横になってしまった。


 翌朝、街に戻ってきた二人。アレンは、依頼達成の報告に向かった。戻って来ると、アルドに小袋を差し出した。

「アルドさん、今回は本当にありがとうございました。こちら、お約束の報酬です。賞金は山分けにしました」

 小袋には大量のギットが入っていた。

「いや、これは受け取らないでおくよ」

 アルドが受け取るのを拒むと、アレンは相当驚いた顔をした。

「ですが……」

「いいんだ、浮いたお金で装備の手入れでもしたらいいよ」

 そう言うと、アレンはしばらく俯いていた。再び顔を上げた時、その目には涙が浮かんでいた。

「アルドさん、このご恩は決して忘れません。本当にありがとうございました」

「大丈夫だよ。妹さん、早く元気になるといいな」

 アレンは立ち去って行った。

「アルドさん、せめてものお礼です。受け取ってください」

そう言って手渡されたのは、ペンダントであった。先端には半分に割れた赤い宝石が付けられている。

「父の装備を整理しているときに見つけたものです。お守りとして持っていましたが、差し上げます。どうか冒険のお役に立ててください」

「……わかった。ありがとう受け取っておくよ」

二人は握手を交わし、別れたのであった。

 宝石を握りしめると、ほんのり暖かい。そして、全身に力が湧いてくる。

(これは、ただのペンダントじゃないな……)

 この不思議な宝石を一度見てもらうことにしたアルドは、鍛冶屋へと向かって行った。


「この宝石は魔石の一種だ。珍しいものだが、これだけでは何も作れそうにないな」

 鍛冶屋の男はそう言うと、奥から一枚の写真を持ってきた。そこには、半分から赤と青に分かれている宝石が写っていた。恐らくアレンから貰った宝石は、これを半分に割ったものなのだろう。

「こんな風に、本来は赤と青の二色で一つの宝石なんだよ。この石は半分に割っても、合わせると元に戻るっていう性質があってね。お守りとして重宝されたんだ。ちなみに、赤い方は力を、青い方は免疫を与えるって言われているぞ。それにしても、今はほとんど手に入らないんだがな…… 一体どこで手に入れたんだ?」

「友人から貰ったんだ」

「なるほどなあ。まあ、もし青い方も見つかったら教えてくれよな」

「ああ、わかった」

(アルドの父さんはなぜこれを……?)


 アルドと別れたアレンは家へと急いでいた。

(僕がハンターをやっているなんてバレたら大変だ)

 家に着いたアレンは小屋の中に鎧と剣を隠すと、家の中へと入っていった。

 ベッドの上で本を読んでいた少女は、アレンに気付くと笑顔で出迎えた。

「お兄ちゃん。おかえりなさい」

「ただいま、マリア。体調はどうだい?」

「今は大丈夫だよ」

「よかった。何かあったらすぐに言うんだぞ」

「うん。ありがとう、お兄ちゃん」

 マリアの首には青いペンダントが光り輝いていた。

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