第2話
『21世紀を代表する天才科学者、ノイマンが死んだ。』
2050年、シンギュラリティを経て、AIが人間の能力を越えてしまった結果、社会においてこれまで人間が担ってきた役割のほとんどが、より効率の良いAIに取って代わられた。それは知的発想力を重要視する研究者も同様であった。これまでAIが書いた論文を人間が添削していたが、次第にAIの書く論文を理解できる人間が居なくなっていき、逆に人間の書いた論文をAIに添削される始末だった。
そんな社会情勢において、唯一、ある天才だけがAIを越える知的発想力をもち、AIが開発した独自言語を理解してAIの論文を添削できた。
人工知能の分野で人間業とは思えない様々な功績を残した彼に畏敬の念を込めて、人々は彼を「ノイマン博士」と呼んだ。20世紀における偉大な科学者『ジョン・フォン・ノイマン』の名を借りているのである。
ノイマンは人類の希望だった。彼だけがAIに負けなかった。人類の可能性を感じさせてくれるのは彼しかいなかった。
だから、このニュースは世界中に強烈なインパクトをもたらした。そしてその日、突然に国際連合が各国に召集をかける事態が発生した。
2050年9月27日、アメリカ ニューヨーク州・マンハッタン、国際連合本部に緊急で召集された各国の首脳陣は、口々にノイマンの死を悼む言葉を交わしている。
彼等には一切召集された理由が伝わってはいなかったが、皆はノイマン博士の死が関わっていると考えていた。大ホールの壇上に首脳陣を召集したアメリカ合衆国の大統領が現れるのを、ビロードの椅子に腰掛けながら待っていると、一人スーツ姿で、白人の中年男が虚ろな目をして壇上に上がった。
「ラプラスが、とんでもない未来を演算しました。」
アメリカ大統領は各首脳陣に対する挨拶を忘れて、いきなりそう口にした。その言葉とその態度を席から見聞きして、各国の首脳陣の間には大きな動揺が走った。
ざわめき立つホールの所々で、『ラプラス』の名を聞いたことが無い途上国の首脳が近くに座っている他国の政官にどういうことか聞いている。聞かれた者は皆、動揺したままで拙い説明を彼等に伝えた。
未来演算AIラプラスは、ノイマン博士がその理論を発表して多額の資金を元に造られた未来予知の装置である。
世界中に散らばっている人工知能の間にコズミックネットワークを形成して、そこに各AIが収集する膨大なデータを集積させる。世界中のありとあらゆる事象をデータとして、それを元に天候や農業、産業、国家といったマクロな事象の未来を予測するAIである。細々としたミクロの事象の未来は苦手だが、マクロの予測は極めて高い確率で的中させる。
ざわめき立つ席の間から、壇上へ「どのような未来ですか。」と言葉が投げられた。その言葉の出所の方に目線をやった後で、一度深呼吸すると、スーツ姿の白人は各国の首脳陣に告げる。
「このままではAIの台頭によって20年後人類とAIが衝突を起こし人類が滅亡します。」
波のようなざわめきが一瞬消える。それから、壇上に立つアメリカ大統領を置き去りにしてホール席の間にはヒソヒソと話す声が再び広がる。その話の内容は、先進国と途上国の間で2つに分断されていた。
途上国の首脳陣は、『AIに勝つために何かを始めていかなければならない』と言い合っていて、それを聞いていた先進国の首脳陣は、その発言を嘲笑しながら、『人間はもうAIに勝てない。その事を謙虚に受け入れてAIとの関係性を議論していかなければならない』と言い合っている。
そんなホール席へ突然、壇上の白人が発言を投げかけた。
「現在、ラプラスが算出する人類滅亡の危険性は黄色レベル、つまり50%の確率です。今正しく対応をすれば、この危機を免れることができます。」
ホール席の間にあった音は消え、まだ話を続けようとする大統領に皆が注目する。一瞬の間の後、アメリカ大統領は壇上にて、突然笑顔を浮かべた。そして、口を開いた。
「昨日の朝9時17分、ノイマン博士がお亡くなりになりました。その事は、きっと皆さんがご存知だと思います。博士は、手記をひとつお残しになられました。その手記には、現在私達が陥っている状況と、打開する希望を記してありました。」
突然、壇上にて話している白人の横にホログラム映像が投影された。それは、一体のヒューマノイド型AIだった。アメリカ人の20代の白人男性をモデルに造られており、ブロンドの髪と、白い陶器のような肌、青い瞳を湛えた無表情の顔がホログラム映像で投影された。
「ノイマン博士の遺作であり、決してヒューマノイドを造らなかった博士が唯一作製したヒューマノイド型AI、『ノア』をこの場で発表します!」
両手を開いて胸を張り、ホール席に向かって、「『ノア』は私達を救う希望なのです。」と大きな声で言うとホール席から割れんばかりの歓声と拍手が壇上へ降り注いだ。
その拍手を浴びたまま、大統領は舞台裏に目をやる。すると、舞台裏から一人アメリカ人の青年が歩いてくる。その動きは滑らかで美しく、壇上にて注目を集めた。大統領の横に来ると、ホール席に向かって頭を下げて、まるで本物の人間の声のような自然な音声で挨拶をする。
「わたしが『ノア』です」
大統領に向かっていた拍手と歓声は向きを変え、ノアに降り注いだ。
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