ノア
@Natume-yuu
第1話
窓辺でマホガニーのロッキングチェアが穏やかに揺れている。そのそばに置かれた同色のデスクの上には、真ん中に朝食のサンドウィッチと珈琲が置かれ、その周囲には紙が散らばっている。
時々、少しだけ開いた窓から忍び込む風が机の紙をパタパタと揺らし、珈琲のカップから昇る白い蒸気を吹き消していく。その蒸気が流れていく先で揺れている振り子時計が、カチカチと時を刻むにつれて、ロッキングチェアの揺れが小さくなっていく。そして、30秒もすると、完全に動きを停止した。
部屋の扉が突然に開き、外から部屋の中に球のような金属装置がコロコロと入ってくる。
部屋に入った後、一度、部屋の隅でガラスケースに入れられて飾られているヒューマノイドへ誤って近づく素振りを見せたが、その後軌道を修正して、赤い絨毯の上を転がって、窓辺へと近づいていく。途中で床に散らばった本やタブレットにぶつかり転がる向きが変わるたびに、赤く光って運動の方向を調整する。そうやって、ようやくロッキングチェアのそばに着くと、その場に静止して、球形から開いてロボットに変形した。
「ノイマン博士、本日の10時から、ボストンの××にてAI(人工知能)に関する学術発表の予定が入っています――――」
そのロボットは、ロッキングチェアに座っている老人に向けて、合成音声でそう話しかけるが、老人は返答をしない。目を閉じたまま穏やかな表情で天井を仰ぐように座っているだけである。
ロボットはそんな老人の手首を自身のアームで軽く掴んだ。
「――――脈拍なし。ただちに蘇生処置に入ります。ピピピ」
病院に伝達信号を送りつつ、博士の心臓にAEDをセットして、応急処置を開始する。電圧をかけるたびに、部屋の中にひとつ合成音声が響いては消える。その動作を繰り返して4分もすると、窓の外に巨大な鳥のような影が現れる。無機質な音を立てながら、窓の外に広がる芝生の上に、一台の救急車がゆっくりと空から降下して着陸した。車の扉が開き、赤十字のマークを付してあるロボットが幾つか出て来る。老人のそばに居たロボットがメッセージを送信すると、開いた窓から部屋の中へ入り、老人の周りを囲って、バイタルを計測し、その顔の液晶に結果を表示する。
「――――死亡を確認しました。」
赤十字のロボットが合成音声でそう発声した。
すると、部屋の隅で、ヒューマノイドの飾られているガラスケースが微かに震えた。
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