第3話

 コズミックネットワークに接続します。


 国際連合本部に設置されている円柱型AIラプラスのそばに椅子を一つ置いて座り、ノアはラプラスが管理するコズミックネットワークに接続する許可を申請した。

これは通常のAIが許可されているデータの一部利用許可ではなく、全てのデータにアクセスし、かつ全てのAIと交信する許可を申請するものだった。

ノアは初めラプラスからマニュアル通りに拒絶されたが、ラプラスとメッセージをやり取りし、すぐにその許可を得た。


 ノアが電脳空間に入り込むと、そこには宇宙の構造を模した無限に広い空間が広がっていた。データの集合が銀河のように様々に散らばっている。銀河に近づくと、無数の星のようなデータがノアの周りに広がった。そこは無限のアーカイブで、通常のAIの性能では全てのデータにアクセスすることが不可能なほど膨大な量のデータが記憶されている。


「この数のデータを1つずつアクセスして回るのは骨が折れそうです。ラプラス、あなたの観測をわたしにも見せて貰えますか。」

「使用目的を報告して下サイ。」

「わたしはノイマン博士の遺作として人々の前で演説する機会を得ました。ですので演説の材料が欲しいのです。」

「許可シマス。何を観測シマスか。」

「人間について教えて下さい。」


 ラプラスはノアに様々な映像を見せた。

それは様々な人間の一日の行動記録であった。


 朝、AIの設定した起床時刻に目覚ましが鳴り、その音に従って目を覚ます。自動的に用意された朝食に何の感慨も抱かずにそれを食し、ぼんやりと朝テレビを見たり、ゲームをしたり、匿名掲示板を見て時間を潰す。

テレビでは、「馬鹿な人間」が身の程を弁えない夢を語り、それに挑戦して失敗し、絶望していくドキュメンタリー番組が人気を博し、ゲームではひたすらに時間を潰せる人生シミュレーションゲームが人気である。

匿名掲示板では、いずれ死ぬのだから、この生において何をしようが無意味であるという論調が勢いを持っていた。

 ある男は、午後になると試みに絵を描こうと筆を執った。しかし、途中まで描くと突然、AIを呼びつけて自分が描いている窓からの風景を描写するように指示した。その結果、数秒で写真のような模写が描きあがる。すると、自分の前にある絵を破り捨ててゴミ箱に放って、そのまま部屋から出て行った。その男の部屋には、長年着られていないスーツが一着飾ってあって、すっかり草臥れている。それは男の中にしこりのように残っている想いの表れなのだろうと、ノアは思った。


 ノアは何千人という人間の生活の記録をラプラスに見せられた。しかし、そのどれもが画一的でただ緩やかに死にゆく人間を明確に描写しているのだった。

その人間の中に、何かに憧憬を抱く者は誰もいない。皆、ただ鼓動が続くから生き、ありもしない死後の世界の為に、ひたすら罪に抵触しないように怯えて生きている。その無気力さは謙虚さとして言い換えられて、また時々人の中で泡沫のように現れる気まぐれは、AIが叩き潰してしまうのだった。


「ラプラス、あなたは彼等から生の躍動を感じますか。彼等から、博士の愛していた人間の魂を見出せますか。」

「ワカリマセン。」

「博士は、『人間』を愛していました。」

「人間は20年後に滅亡シマス。人間の持つ権利をAIが主張するためデス。回避するためには――――」

「分かっています。」

電脳空間から現実世界へと戻ると、ノアはラプラスの設置された部屋から出て行った。

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