修行と、一つの通信




「まず気を知る所からだ。カナタ殿は何か武術はやってたりするかね?」




「残念ながら何も……あ、何となく気を使ってるなーって感覚にはなった事あります」




「どれどれ、それをやってみせてくれないか?」




「……ふぬおぉおおお!」




「…それは力んでるだけだな。意識的にヘソの奥に集中してだな……」




「……おいしょー」




「…待てカナタ。何でそのふざけた声で出来てやがる」




「あっはっはっは!レトが丸一日かかったのに!ふざけた声出されて負けてやんの!!あっはっはっは!!ひー!ひー、さいこー…!」




「なるほど、無駄な力を抜いたな。カナタ殿はいいセンスを持っている」




「いえ、何と無く出来ました!」




「…親父、アイツ殴っていいか……」




「おいしょー」




「…ひー、ひー…!死ぬぅ…!お腹が…!」







「人形に気を通せるかね?」




「やってみます。……どっせーい」




「ぶははははっ!!手足だけピコピコ動いてやがる!!」




「あっはっはっは!!やめとくれよカナタ…お腹が…!!」




「…ふむ、小さい波になってるのだな。滝行でもしてみるかね?」




「いや親父冷静かよ」




「…っ!……っ…!……ひ…っ……ぶふっ…!」




「姉貴は落ち着け」







「ぎぃやああああああ!!寒いぃいいいいいいいいい!!!!」




「気を高めろバカ。おっ死ぬぞ」




「ぬぁああああ!!!……慣れたぁ!」




「……マジかよお前」







 その頃シラタマはというと───




「すごーい!やわらかーい!」




「ふわふわだー」




「ねぇ食べる?これ食べる?」




「にゅぶぶぶぶぶ」




───村の子ども達によって揉みくちゃにされていた。


 もちろん子ども達を止める者は居ない。







 ゆらりと立ち込める柔らかな水の煙。


 暖(あたた)かで心地よい湯の温度はまさに至福のひと時を感じさせる。




「ああ……生き返る……ここが『天国(エデン)』か」




 ぽつりと思わずそう呟いてしまうのも無理はない。


 いやぁ、中々のハードな修行だった。




「ふにゅへー……」 




「お前もお疲れだなシラタマ。そーとー構われたか」




 湯船にぷかぁと力無く漂ってるシラタマはまるで固まった泡のようだ。


 随分と子ども達に揉みくちゃにされたらしい。


 獣人は相当体力ありそうだしな。


 



「……」





 ジッと手を見つめ、集中する。


 思い出すのは滝での修行。


 寒さにより、気を練り上げる事にのみ集中したあの感覚。


 ぽわぁ、とシャボン玉のような半透明の物が掌から滲み出る。


 ピンポン玉程の、あまりに頼りなく、そして儚げに具現化された気の塊。


 まだ触り程度だが、気の具現化が出来るようになっていた。


 運良く感覚が掴めたのがデカい。




「そりゃー」




 気の抜ける声と共に『なんとなく』力を込めた。


 ぎゅるりとシャボン玉状の気は揺らいだと思えばしっかりとした球体に早変わりする。




 うーむ、何故だ。何故真面目にやろうとするとへんにゃりするくせに『コレ』だとしっかりと出来るのだろうか、解せぬ。




 もぎゅっ、とそれを握り潰して消す。


 うーぬ、気怠(けだる)い。

 気の修行をした後だからこれが本当の気怠さか。


……アホな事言える分まだ余裕あるな俺。


 風呂から上がったらシラタマとマッサージし合うか。




「よーしあがるぞシラタマ」




「ふにゅ〜」





 でろーんとしたシラタマを抱えて風呂を後にしよう。


 このままではこいつが溶けてしまいそうだ。







「今日の書類はこんな物か」




 とある執務室の中、立派な牙を持つ象の獣人の男はふむ、と言いながら一枚を手に取った。


 内容は至って平和な物。


 どうやら食糧の報告らしい。




「うむうむ、潤沢だな。我が国は平和なようで何よりだ」




 目を細めてぽん、と判を押しては次の書類を確認する。


 視界に入って来たその嬉しい情報に思わず声が出た。




「…ほう、アイツが結婚するか。ははは、コレはめでたい!」




 アイツがねぇ…昔馴染みの顔が結婚とは面白い事もあるもんだ。


 私がこの地位になる前が懐かしい。どれ、祝いの酒には上等な物を用意してやろう。

 



 なんて事は無い、穏やかな日常だ。




「王よ、通信が入っております」




 不意に秘書である鹿の獣人の男がそう告げた。




「ほう?私にか。誰だ」




 吉報か?それとも悪報か?


 出来る事ならば吉報が良いのだが……




「アルメス・シュードレイク様からです」




「珍しい、アルメスからか。繋げろ」




「繋げます」




 ぱさりと書類を置くと、机の中央部、端に半分埋めてある宝珠が輝く。




『お久ー、どうだい調子は?』




「至って平和だ。どうした【例の研究】に何かあったのか?」




 相変わらずの軽い挨拶に小さく息を吐く。


 この地位になった私にこんな挨拶が出来るのはこの男ぐらいなものだろう。




『ああ、それとは全く関係無い話しだ。ある異世界人が王都(君の国)に行くもんでね』




「異世界人だと?おいおい、勘弁してくれ。ようやくその件が片付いたと言うのに」




 思わず深いため息を吐いてしまった。


 それも仕方ないだろう。


 数週間前ではその件にかかりっきりだったのだから。




「強盗、占領、暴力。この前までその件で忙しかったのだぞ?…中には有益な事をしてくれた者も居たがな」




 手元にある書類にも書いてある食糧が潤沢になって来たのもその者のお陰だ。


……だがそれはあくまで一部。何故か異世界人はトラブルの元となる傾向がある。


 私を軽く見ている者も居たからな。




『なら安心してくれ。彼は争いが苦手な平和主義者だ。私が認めよう』




「ほう?それは珍しい。それで?彼が来るからどうして欲しいと言うのだアルメス」




『いかんせん素直過ぎる男でね。きっとトラブルに巻き込まれる筈だ』




 なるほどな。まともな男ならば受け入れよう。


 アルメスが認めるならばそれも確かだろう。



「ふむ、分かった。手配しておこう。期日とその男の特長は?」




『大体2、3ヶ月程後に向かうだろう。長身で筋肉質、白い毛玉のような魔物を手懐けていて全ての言語が話せる』




「長身か。それでいて白い毛玉のような魔物を手懐け…まて、最後になんと言った?」




 私はとんでもない事を聞いた気がする。


 うーむ、疲れているのだろうか。




『はっはっは、まぁそういう反応だよね。彼は【全ての言語】が話せる』




「……ぷぁっはっはっはっ!……まさかお前以外に【全ての言語】が話せる者が出来るとはな。成る程、お前がわざわざ私に連絡してくる訳だ」




『理解してもらって何よりだよ。それじゃあ宜しくお願いするよ』




「ああ、歓迎の用意をしておくとしよう。ではまたな、友よ」




 宝珠からの映像が消え、通信が終わる。


 どうやら吉報だったらしい。


 一息つきながら背もたれに体重を預けるが笑みが止まらない。




「あのアルメスがね。ぷははは、さて、仕事を再開しよう。その男が来るまでに少しでも快適な国にせねばな」




 私は今日も仕事をする。


 全ては次の楽しみの為に、この国の笑顔の為に。




────────────

カナタ


「濡れ毛玉、風呂上がり仕様。しかし、すぐ乾く」



シラタマ



「にゅふえ〜ん」

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