人化している理由

「その傷跡は……」




「うん?ああ、これかね」




 す───とその己にある傷の一つに触れた。


 なにかが『突き刺さったような』その傷を。




「『聖戦』で負った物だよ。いやぁ…私も若かった。あの頃は魔眼も使いこなせて居なかったからこのような傷が残ってしまったいやはやお恥ずかしい」





 ははは、と笑い飛ばすヴァサーゴさんだがそんな彼の身体に一体誰が傷を残したのだろうか。


 ちなみに右眼の眼帯は外れ、義眼である白眼だけの眼がそこにはある。


 普段してるのは締まらないかららしい。




「一体何があってその傷が…」




「この傷は敵であった者に付けられた傷でな。かろうじて己の肉で固めて防いだが…危うく胸に風穴が開くところだったよ」




 でええ…えっぐ。とんでもな敵もいたもんだ。


 うん?…『敵であった者』?




「『敵であった者』と…つまりはもうこの世には居ないのですか?」




「ああ、すまんな、語弊があった。生きておるよ。ああ、安心したまえ。敵対する事は無くなったのだ。『彼等とは和解しているし、今では私のよい相談相手 』だからな」




「…大丈夫なのですか?…その、色々と」




 自分を命を失いかけたのに許せたのか…すげぇなヴァサーゴさんは。


 俺はそうなったらどうだろうか?…相手にもよるかな……


 どうしようもないゲス野郎の気紛れなら絶対許さんな。うむ。




「色々と思う所はある。だから『三回目の聖戦は未遂』なのだよ。より詳しく知りたければ各地を巡ってみるといいだろう。これは『語り継ぐものではない』からな」




 少し目を伏せがちにヴァサーゴさんはそう言った。




「何、傷も命に関わる程度は無かったし、私も再び鍛え直すきっかけにもなったからな。まったく、『怠惰の化身』め。よい機会をくれたものだ」




 ぬぬ。また意味深な…一体なにがあったのだろうか。




「ぬぬぬ気になるワードがぽいぽいと…それはそうとして、この世界で風呂に入れるとは思って居ませんでしたよ」




「ふはは、それは確かにそうだ。私の家は師の影響でこのような風呂があるが大抵は近くの川で汚れを流している。風呂が気に入った物の家には簡単な風呂が作られてはいるがな」




 なるほど川で……ワイルドだな。




「『作られている』と言う事はやはり職人が?」




「うむ、もちろん居るとも。アル先生とドワーフ達に教えを請(こ)うた者がな。本職のドワーフにも劣らぬ腕だよ。この風呂場も家も彼等が拵えたものだ」




「ほぉ〜…」




 ドワーフにも劣らぬとはすげぇな。ドワーフと言ったら職人中の職人だろ?


 あぁ、アルの知恵とコツが備わればそれはあり得るか。


 あいつ、文明が一つ出来る程生きてるらしいし。




「おお、そうだ。私とヴァネッサの身体が何故カナタ君と同じ姿をしているかだったな」




 ぽん、と握り拳を手を着いてヴァサーゴさんがハッとした。


 そうそう、それそれ。それ大事よヴァサーゴさん。




「とりあえず見せよう。ここは風呂場にて右手だけで許してくれ」




「ええ、大丈夫ですよ」




 す───と右手を水面から出すヴァサーゴさんに俺は頷いた。




「すまないな。むん───」




 不思議な現象だった。


 ヴァサーゴさんが右手に力を込めるや否や、右腕が肥大し、鮮やかな紫色の体毛に覆われていく。


 その体毛はどちらかといえば青寄りの体毛のヴィレットと違い、真紫。


 なんといっても最大の違いは所々に白い体毛も混じった不思議な体毛だろう。




「これは『身体操術』。己にある『気』を使い、身体を変換させるものだ」




「おおお…まさかの『気』」




「知ってはいても目にするのは初めてだろう?師匠曰(いわ)く『気』など達人でも無ければ普段は目にする事もないのだからな」




 ああ、それは確かに。色々な本やテレビなどで知識はあるが『それは』武術家か達人の極みの境地だ。


 一般人が目にする機会など余程の事がない限り皆無だろう。




「だがしかしここは魔力がある世界。『気』の存在に気付くのは遅くは無かったよ」




 言葉を終えると共にヴァサーゴさんは腕を元に戻すと共に頭に置いたタオルを手に取った。


 すんなりと元に戻して見せたが、これは恐らく簡単な事では無いはずだ。




「『気』の応用には様々な物があるが簡単な例はこれ───気功術」




 ───ァッンッッ!!!




 湿り気を帯びたタオルの先が音速を超えて弾けた───いや、弾けたと『思った』。




「ぼ、棒状に!?」




 そう、柔らかい筈のタオルが凍ったように、真っ直ぐ………棒状に固まっていた。




「『気』を纏わせ、固めたのだ。何、これは極一部。後々嫌と言う程見れるさ。瞬動も縮地も『気』を使った技術だからな」




 ひゅん、とその棒状のタオルを自分の頭上に指坂で飛ばすや否や、そのタオルはフワリとヴァサーゴさんの頭の上に被っていった。


 なお、ある程度の水気は先程の一撃で殆ど弾け飛んだらしく、べちゃりとはしていない。


 凄い音がしたもんな。




「おおおー……!」




「なぁに、カナタ殿なら気功術程度すぐ出来るだろう。ああ、ちなみにこの村で『気』を扱える者はヴィレット、ヴァネッサ、ヴォルグ、ヴェリスリアだな。息子はまだまだ駆け出しといった所だが」




 おお…ヴォルグさん達も使えるのか。


 流石特攻隊長とその奥さん。…ぬ、つまりヴァインくんはエリートの子供…いずれ使えるようになるやも知れんと……なるほど。




「ちなみにヴァネッサさん然りヴァサーゴさんも何故常時人種の姿に?」




「うん?うむ…そうだな。一つはこれも『気』の修行でもある。常に使っているので『気』の制御がしやすくなるのだ」




 なるほど。分かりやすい。




「それと…重要な意味が一つある……」




 ヴァサーゴさんの顔が今までにない程に深刻な表情に…!


 これは何かとても大切な事に違いない…ッ!




「それは…一体……」




「それは……!」




 目をカッと開き、ヴァサーゴさんが言葉を続ける。


 その言葉とは……!!




「こっちの方が毛の処理が楽なのだ」




「ですよねー」



 人差し指を立て、毒気の抜けた顔でヴァサーゴさんはそう言った。


 うん。知ってた。換毛期とかあるだろうし。




────────────

カナタ


「右腕だけ身体操術したのも抜け毛を気にしてなんだろうなぁ…その点お前は抜け毛出ないな、どうしてだ、うりうり」




シラタマ


「ふにゃっ、にゃっ、にゃ〜……」




ヴァサーゴ


「シラタマ殿は随分と風呂が気に入ってるようで何よりだ」

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