傷跡

「随分と…嫌いなようだな『聖戦』が」




 カタ、と湯のみを置く静かな音が響く。


 それとは逆に俺は湯のみを手に取りその中のお茶を静かに見つめた。




「『争い』が嫌いなだけですよ。部外者は傷付かないゲームと違って…ね」




 くい、とお茶を口にする。


 まるで自分のもやもやを流し込むように。


 ああ……美味しい。




「ふむ、確かにな。盤上や決められたルール上で行われるゲームと違って戦争は関係の無い第三者でさえ影響が及ぶ。…だがなカナタ殿。中には居るのだよ。それらを好む狂人が」




「やはりこの世界でもなんですね……なぜ美味い飯を分け合い楽しく飲んで過ごす事が出来ないのでしょうね」




「全くだ。世界はこんなにも素晴らしいモノで満ち溢れているというのに。どれ、茶を注ごう」




「ありがとうございます」




 こぽぽと心地よい音と共に優しい緑がかったお茶が急須から注がれる。


 ほわりと湯気は茶葉の豊かな香りを含みながら拡散されていく。




 俺は争いが嫌いだ。




 痛みが嫌いだ。




 泣くような辛い思いが嫌いだ。




 だから、俺は『笑顔』が好きだ。




 だが勘違いしないで欲しい。


 これらはあくまでも『俺が』勝手に思ってる事だし無理強いをするつもりはさらさらない。


 よくあるちゃらんぽらんな勇者みたく漠然とした平和なんて願ってはいない。


 自分がやれないくせに人に言う奴なんて大嫌いだ。


 消えてしまえと思う。


───おおっといかん。お茶で落ち着こう。

 

 くぴりと一口…うむ、旨し。




「…過去に色々あったようだなカナタ殿。この世界はカナタ殿がいた世界とは違って命が容易く散る世界。大丈夫か?」




 うーむ。見抜かれている。


 確かにこの世界の常識は元々俺が生きていた世界と違う。


 安全性や生活基準もまるで違う。


 ましてや人を襲う魔物がそこら中にいるのだから。




「争いは嫌いですが生きる為のモノは受け入れてます。俺は聖者でも無ければ勇者でもないんで」




 楽して手に入るモノなんてたかが知れている。


 何かを得るにはそれ相応の代償が必要なものだ。


 食料然(しか)り、お金然り、もちろん筋肉然り。



 その答えにヴァサーゴさんは静かに眼を閉じてお茶を一口。




「…うむ。ならばもう何も言うまい。他に何かあるかね?」




 片眼をぱちりと開けて俺にそう問いた。


 ああ、受け入れ過ぎてすっかりと聞くのを忘れていた。


 とても気になってた事だ。




「所でなぜ俺と同じ人種の姿に?牙狼族ですよね?ヴァネッサさん然りなぜ?」




「…ぬ?」




 おろ、ヴァサーゴさんが「え、今さらなん?」みたいな顔でキョトンとしている。


 やべ。遅過ぎたか。




「……くっくっく…はっーはっはっは!!なんと!!全く動じていなかったからてっきりヴァネッサ辺りが話していたと思ってしまってたよ!はっはっはっは!!!」





 あーら大爆笑。いやー俺もそう思ってはいましたけども。


 ファンタジーを受け入れ過ぎるのも大概だな。


 重要な事を聞き忘れる。いやまぁ、しょうがないと思うけどさ。




「…くっくっく、いや失敬。そうか話していなかったか。あまりにもカナタ殿が普通にしているのでな。いやいや失敬、ふははは!」




「いえいえこちらこそすみません」




「…ふう、流石のアルもこの状況は予想出来まい。いやぁ、久方ぶりだよこんなに笑ったのは」




 落ち着いたヴァサーゴさんはすっくと立ち上がって俺にこう言った。




「風呂にでも入りながらでもどうかね?私の自慢の浴場に案内しよう」




「それは是非」




「ふにゅ?」




 つい条件反射のように言葉に出していた。


 いや仕方ないよね、アルの所は簡単なシャワーしか無かったし。


 風呂が好きな俺としては断れん。


 ちょうど身体の汗を流したかった。


 シラタマや、ついてくれば分かるからな。


 気持ちがよいぞ。







「これはまた立派な……」




「ふにゅー……」




 案内されたのは見事な石と木で出来た浴場だった。


 見事な木で出来た風呂にはほこほこのお湯がこんこんと掛け流され続けている。


 鼻へと導かれるは蒸気と木の温かな薫り。


 無駄な装飾はないがそれがとても良い。


 なるほど、これは……




「良い趣味してらっしゃいますな…!」




「であろう?私の楽しみのひとつだ」




 いいサムズアップ頂きました。








「ふへはぁ……風呂は……良い……」




 思わず滲み出るかのような感嘆の声が出てしまう。


 じわじわと疲れが溶けるかのような気持ち良さ。


 やはり風呂は良いものだ。あーきもぢいいー。




「ふにゃー……」




 身体の半分が浸かりながらぷかぷかと浮かんでいる白い物はシラタマである。


 またもやとろけているが今は濡れているのでふわもちでは無くぬれもちと言った所だろうか。


 なお身体は俺も含めしっかりと洗い流してあるので問題はない。


 見たまえこの気持ち良さそうな濡れ毛玉を。


 あまりの気持ち良さにいつもの鳴き声では無くなっておるではないか。ふにゃーて、かわいいがすぎる。




「はっはっは、気に入って貰えたようで何よりだ」




 畳んだタオルを頭の上に乗せてそう笑うヴァサーゴさん。


 着流しの下とんでもねぇ筋肉なんだけど。


 お年を全く感じさせない皺(しわ)のない引き締まった無駄の無い肉体。


 いやチラリと見えてた前腕でそんな気はしたけどやべぇ身体してる。


 いや俺が言えたタマじゃないんだが。


 そして…何より目を惹くのはその胸元4箇所に刻まれた『傷跡』だった。




────────────

カナタ


「そういえばお前は傷という傷はないな。あるわけないか」




シラタマ


「ふにゃー…?」

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