宴(うたげ)

 外はすっかり暗くなっていた。


 結構な時間気絶していたらしい。


 辺りには松明による明かりが照らされ、俺とヴィレットが小競り合いをしたであろう中央の広場はさらに明るく賑わっていた。


 牙狼族の男性達が様々な楽器を打ち鳴らし、その音色に彩り鮮やかな衣服を着飾った女性達が楽しげに踊っている。


 それもさることながらが俺達の目を、そして鼻先を奪わせたのは────まぁ目を奪われずにいられないだろう。


 煌々と照らされながら広場の中央でどーんと焼かれているその『肉塊』に。




「おっほぅ」




「にゅっふぅ」




 なんとまぁ、デカい、そして食欲を唆(そそ)る香ばしく暴力的な肉の匂いが俺とシラタマの興味を引いてやまない。


 じゅうう…と言う音を鳴らし、肉汁を滴らせ、ゆっくりと回されていく…『巨大な鳥の丸焼き』がそこには存在していた。




「「…じゅる」」




 おっといけねぇ思わず食欲(よだれ)が。


 まぁ、これは仕方ないだろう。


 空きっ腹でこんなん見せられて、そして嗅いでしまっていたのなら口のダムは決壊する。


 シラタマや、気持ちはすごーーーーく分かるが後頭部に垂らさないでくれよ。




 いつも通り俺のどたまにスタンバイしているシラタマを右手でぽんぽんして宥(なだ)めておく。


 流石にこの頭に垂れるのは勘弁。




「あはは、アレが気になるかい?アレはアタシが狩って来た大鷲(おおわし)の魔物さ」




 ああ、あのうまそーな鳥の丸焼きがヴィレットが取り逃がした魔物か。


 鳥の魔物を取り逃すとはこれいかに。


 お後がよろしいようで。




「あれがヴィレットの癇癪(かんしゃく)の原因か」




 ぽそり、と俺は素直にそう言っていた。


 おのれ大鷲、お前が狩られていれば俺は…いや、やめよう。


 たらればの話をしてもしょうがない、美味しく喰らってやろう。




「…ケッ、癇癪言うんじゃねぇよ」




 それを聞いていたヴィレットが苦虫を噛み潰したように顔を歪ませて吐き捨てた。


 なるほど、悔しかったらしい。




「なっははは!コイツはアタシと違って飛べないからね。…まっ、アタシもそんな長時間飛べる訳じゃないけどさ」




 なんだと、姉御は飛べるのか!




「姉御その話し詳しく」




 破顔一笑(はがんいっしょう)する姉御に思わずそう聞いていた…が。




「まぁまぁ、それは食べながらでも話そうじゃないか。ほら、そこ座んな。アタシらもそこ座るからさ」



 はぐらかされてしまった。


 と言うことで姉御に案内された木の皮で編まれた敷物のような物に座るとする。


 シラタマは俺の頭の上からぴょいんと飛び降りて右隣りへとスタンバイである。


 目の前には様々な果実、そして、肉の混ざったサラダの盛り合わせが木の器に入っている。


 しっかり野菜も食べるんだなぁとか思いつつ、周りを見ていると、隣に座ったヴォルグが飲み物の入った木のコップを二つ、俺に差し出して来た。


 


「カナタ、果実酒と果実水のどちらを飲む?果実酒だけでもいいと思ったが飲めなかった場合に悪いと思ってな。シラタマにも後で果実水を持って来よう」




 おお、流石ヴォルグ。気配りできるいい男たぁまさにこの事だな。




「ああ、ありがとう。両方とも貰うよ。酒は弱いんでな、食った後になら少し呑めるからさ」




 そう、俺はとても酒に弱かった。


 度数にもよるが大体一杯飲んだらチェイサーをがばがば飲んでから、もう一杯と言うレベルだ。


 この世界に来て成長を遂げた身体はどうか分からないがそんな危ない橋を渡る必要は無いだろう。


 何より、宴を長く楽しみたい。


 酒が急に入ったら寝ちまうし俺。




「なんだよつまんねぇな。飲み比べでもしようかと思ったのによ。…んっぐ…」




 ヴィレットの奴もう呑んでやがる。


 そんな事してたら姉御に鉄槌食らうぞ。


 ちなみに席順などはほぼ無い。


 適度に持ってきた食べ物と飲み物を仲の良い人と食べるスタイルらしい。


 乾杯の音頭が終わった時には皆んな勝手に動いて集まっていた。




「まだ呑むんじゃないバカたれ」




「ぼほっ!!」




 そう言ったそばから鋭い拳が後頭部を姉御に強打され、酒を少しぶちかましながら咳混むヴィレット。


 言わんこっちゃない。つーかそれしか溢れてないとか呑むの早くないか?




「そんなに飲み比べしたいなら親父としな。あんたの『能力(ちから)』を知らない人と勝負するんじゃないよ」




 『能力』?てっきり空を跳ねるのが能力と思ってたけど…後で聞いてみるとするか。




「…ッゲホ。悪ぃ姉貴、親父と飲み比べするのは勘弁だ。最終的に『酒じゃなくなる』しよ」




…話しのネタが尽きない宴になりそうだ。




「皆、飲み物は行き渡ったか?それでは宴を始めよう、まどっころしい戯言は無しだ!皆の全快を祝って乾杯!」




「「乾杯!」」




 話しの分かるヴァサーゴさんの一言で一斉に乾杯の声が挙がる。


 それではと、カップの中をぐびりと一口。


 そしてその味に思わず「おお」と感嘆の声が溢れていた。


 ベリーのような爽やかな酸味とバナナのような甘み、鼻腔に広がる様々な香り、そして、レモンのようなスッキリとした後味。


 なるほど、これは食欲の進みそうな飲み物だ。




「切り取ってきたよ。さぁ、食べな。アタシが仕留めて来た大鷲の肉だよ」




 いつの間にか持って来ていた、もりもりに盛られた大皿を姉御がどすんと俺の前へと置いてくれた。


 姉御パネェ。




「姉御あざぁっす!!」




「ふにゅっふ!!」




 両の手を思わずぱちーんと合掌して感謝してしまった。


 俺に続いたシラタマを見てみると、手の様なものをぽむんと合わせながら目を逆八の字にしてきゅーっと閉じていた。


 なんだこの可愛い毛玉は、いや毛玉だったわ。




────────────

カナタ


「めしぃ!!」



シラタマ


「ふにゅう!!」

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