〝長(おさ)〟とご対面

「いや、しかしだな姉貴…」




「しかしもあるかこの愚弟(ぐてい)!…」




「あいだっ!?」




 再び姉御の鋭い拳がヴィレットの後頭部にクリティカルヒット。


 仲良いな、と思ってしまった俺の目は可笑しいだろうか。


 まぁ、確かにヴォルグから聞いた話しからして、俺が今こうして横になっている原因は戦士長だ。


 成るべくして成った制裁であろう。


 そんでもって〝いつもの〟ことなのだろう。


 だって妙に鉄拳制裁が〝精錬されている〟。


 そんでもって…『愚弟(ぐてい)』ね。やっぱりヴィレットの姉さんだったか。


 予想は当たっていたようで。しっかしあの暴れん坊(ヴィレット)がたじたじの様子が面白いな。




「うちの愚弟が本当に申し訳ない」




「…すまんかった」




 ヴィレットの頭をぐいっと強制的に下げながら己の頭も下げる姉御。


 後ろで縛っているポニーテールにした鮮やかな赤紫色の髪がほわんと下がる。


 姉御に免じてしぶしぶ下げてるようなヴィレットには目を瞑ろう。




「ああ、まぁ、大丈夫っすよ。この通り大した怪我もして無いですし」




 むっくりと体を起こして正面を向くあいだにちらりと確認してみたが何処にも異常らしき異常は見当たらない。


 うむ、頑丈な身体だ。この世界に来るまでの身体だったら至る所が粉砕骨折でもしてたんだろうなぁ……おお、今考えるとゾッとする。




「申し訳ない!」




 姉御の言葉にいいよいいよとひらひらと手を振って答えると、誰かが『二人』入って来る。


 それは見知った顔と……壮年(そうねん)ぐらいの年齢だろうか、熟年された風格を持つ、着流し姿の男が入って来ていた。


 何故壮年だと分かったのか。


 単純な話し、その男は俺と同じ『人族』の姿をしていた。




「起きたようだなカナタ。姉御、準備は出来ましたよ」




「ふむ、お主がアル先生から遣わされた男か」




 ヴィレットと同じく隻眼…なんか流れ的に…〔長(おさ)〕っぽいな。


 まぁ、隻眼なのは逆側だけど。



 そう、同じく隻眼だが、違うのはそれが右眼であり男にはヴィレットのような抉られたような傷は無く、眼帯を被せているだけだった。




「ヴォルグ、親父」




「長(おさ)だろレト。客人の前だ」




「いでっ」




 ぱかーん、と小気味よい音を立てて姉御の拳がヴィレットに振り落とされた。


 着流しの男は姉弟が答えを言ってくれたように二人の父親であり、この村の長(おさ)らしい。


 よくよく見てみれば長の眼も姉御の眼も、ヴィレットと同じく空色をしていた。




「改めて自己紹介をしよう。私がこの牙狼族の村の長であり、そこの二人の父親でもあるヴァサーゴだ」




 藍色の着流し、紫色の短髪、雪駄を見事に履きこなした壮年の男はそう告げた。


 名前を聞いて「破壊神」かよ…と心の中で呟いたのは俺が異世界人故だろう。




「では改めて。我は長の子息であり、戦士長のヴィレットである」




「アタシも同じく長の子息であり、この『愚弟』の姉でもあるヴァネッサだ」




 姉御、そんなに愚弟を強調して言わなくても伝わってますぜ。お気持ち察しやす。




「そういえば私もちゃんと自己紹介をしていなかったな。私は筆頭隊長のヴォルグだ。改めてよろしく頼む」




 偉い立場だろうとは思ってたけど筆頭隊長だったのか。


 予想はしていたがヴォルグの立場には驚いた。


 まぁ、あの戦士長を諌(いさ)められる男が普通なわけもなし。




「まずは済まなかったなカナタ殿。私の息子が申し訳ない。後ほどにたっぷりと灸(おしおき)をしておくのでな」




 ヴァサーゴさんが丁寧に謝りつつじろりと鋭い目付きでヴィレットを見る。


 げっ、と顔を青く、苦い顔をしているヴィレットだが知らん。


 キッツイの据えて貰うといいよ。うん。




「長、それよりも…」




「おお、そうであった。カナタよ、実はお主が気を失ってしまっている間にな、宴の用意をしておったのだよ」




 ヴォルグに促されたヴァサーゴさんがハッとなって俺にそう告げる。


 ああ、「準備は出来ました」って姉御に言ってたしな。


 この───祭りみたいな音色はそういう事か。




「もう、みんな動けるようになったんですか?」




「うむ。すっかりな。王都の薬ではこうはならん。私達の村のように辺境で且つ、魔物がいつ来るか分からぬ所ではアル先生の薬は感謝しきれぬよ」




 ほーん、これが通常ではないみたいね。


 全てはアルの努力の賜物な訳だ。


 ともかくみんな良くなったようで何より。




「まぁ、そんな事でこの村の宴に参加してくれんか?村の皆もお主には感謝しておるのでな」




 さて、どうしたものか。俺としては少し楽しみだが……




「だってよシラタマ」




「にゅ?」




 シラタマに聞いては見たものの、ほえ?とでも言うように首…いや首ねぇわ、頭を傾げた。




「今回はヴァネッサが逃げた鳥の魔物を狩ってくれたのでな。量には安心して良いぞ。聞けば───大食漢らしいな?」




 おや?俺の食事の量はもう既に知られているらしい。


 なにかしらの連絡手段でもあるのだろうか。




「ええ、まぁコイツ共々めっちゃ食います」




「ふにゅっ!」




 右隣りにいるシラタマを手でぽすん、とやると「食いますっ」と手のような物を挙げて意気込んでいた。


 この食いしん坊め、愛(う)い奴よのう。

 



「かっかっか!よろしい!ではそろそろ向かおうではないか」




「ほら付いといで。アタシが案内するよ」




 指でくいくいと、姉御が俺を誘っている。


 さて、どんな宴になるのだろうか。


 せっかくの機会だ、存分に楽しむとしよう。




────────────

カナタ


「どんな飯かなー。とりあえずにくー」



シラタマ


「にゅにゅー」




ヴィレット


「…親父直々かよ…チキショウ…」




ヴァネッサ


「久しぶりの宴だねぇ…いやぁー楽しみだ」




ヴォルグ


「カナタが特に異常も無しで何よりだ」




ヴァサーゴ


「さてどんな灸を据えてやろうか…いかんな。まずは宴に意識を向けるとしよう」

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