姉御、来襲
「ほう?気絶していないとはなかなか頑丈だな。本当に異世界人かお前」
「…そりゃどうも。俺はれっきとした一般人ですよ。…というかそろそろ退いてくれませんかね?」
頭を押さえ付けられ、身動きの取れない状態だが、くぐもった声で返答する。
流石にいつまでもこの体勢だとじわじわと悲しみが地面から浸透してくる。
どいて?泣くよ?
「おお、すまんな。…ぐはははっ!楽しめたぜカナタよ!認めよう!我も村の皆もお前の実力をな!どうだ皆の者よ!!」
豪快に笑いながら組み伏せていた俺の身体から退いて周りの皆に問いかける。
聞こえて来たのは騒がしい程の歓声だった。
「お前やるじゃねぇか!!」
「戦士長とカチ合って無事な奴なんて初めて見たぜ!!」
やんややんやと聞こえる様々な声に思わず目が丸くなった。
なんというか…久しぶりだった。
社会人になってからというもの、人前に出て何かをするなぞてんで無かった。
ましてや…自分に向けられる歓声…など。
「誇るがいいカナタ。この我を投げ飛ばせるなぞ鬼人族か巨人族ぐらいだ。…まさかこの我も異世界人とは言え人族に投げ飛ばされるとは思いもしなかったぞ!」
腕を組み、高らかに笑いながら仁王立ちするヴィレット戦士長はとても楽しそうだった。
お、良かった、折れたりはしてない。
───と、その時だった。
人垣が割れ、女性であろう怒号と共に村人達の必死の叫びが聞こえたのは。
「レトォオオオオオオオオ!!」
───タンッ
その人は人垣を飛び越え、こちらへ向かって叫んだ。
突然の叫びに俺と戦士長はびっくりしながら上を見上げる。
「あ、姉貴…!?」
サァ…と、戦士長の血の気が引いて行くように顔が青ざめていく。
ああ、なるほど。「ヴィレット」だから「レト」なのかと呑気に考えていたのは俺だけだろうな。
あの人が姉御か。
そして…おや?と思ったのも俺だけだろう。
彼女は俺と同じく───人種と同じ身体をしていたのだ。
鮮やかな赤紫色をした髪が飛び上がった際の勢いでぶわりと浮かぶ。
これが怒髪天(どはつてん)とでもいうのだろう。
己の顔色を青くした戦士長とは違い、俺は姉御を自然の美しい景色を見るかの様にぼけーっと眺めていた…いや、眺めてしまった。
理由?そんなものは簡単だ。
地球と言うファンタジーな事とは無関係な世界に生き、そんな事象なぞは見た事も無い俺にとっては『人垣すら飛び越える』事すら初めて見るからな。
なんかでっけーの振りかぶってんなー。ブーメランっぽい形してんなアレ。
逆光で良く見えないが、確かにその形は三片の羽根を持ったブーメランだった。
「姉貴待て!!話せば分かるッ!!!」
「問答…無用!!」
その、己の身体と同じ程の大きさをした巨大な投擲物を解き放つ。
───風が、切り裂かれた音がした。
おお、速い。よくあんなでっけーの投げれんなー。
あ、身体強化してんのか。なるほど。
などと考えているうちに投擲物は戦士長の眼前へと迫っていた。
俺の位置は戦士長の後方…つまりは投擲物と戦士長の直線上にいる。
まぁ、戦士長壁になってるし大丈夫でしょ。
なんの根拠も無いけど。
とても甘い考えだった。
まだ俺の常識は地球での物になっていたのだろう。
その数秒後の自分がどうなっているのかなんぞこの時の俺は知らなかった。
それはそうだろう。まさか───『戦士長がぶっ飛ばされてそのまま俺の方に来る』なんて。
「「あっ…」」
「あっ…」
そのまま一緒にぶっ飛ばされた俺の僅かな意識の中で周りのみんなと、姉御の声が重なったのが聞こえた。
素晴らしいフラグ回収だ。アディオス意識。
…
…おーい、そっちに飯はいってるかー?…
…もう十分だ。それより早く酒配れ酒…
ざわざわと聞こえてきたのは和やかな喧騒……うぅむ、例えがおかしいな。
まぁ、嫌にはならない程の騒がしさが耳へと入って来ていた。
それに……何やら民族楽器のような心地の良い、それでいて楽しげな音色も聴こえてくる。
まるで『祭り』のようだ。
ぬぅ……この胸元にある重量とこそばいもふもふ感……シラタマが乗っているな。
ぱちりと目を開けて見ればすよすよと鼻ちょうちんを膨らましながら夢の中にいるシラタマさんが目の前に居た。
「そい」
「にゅっ!」
右手の指先でぷわぷわ膨らんでいる鼻ちょうちんを突くと、ぱーん、と小気味良い音を出してシラタマが覚醒した。
「おはようシラタマや」
「ふにゅふにゅ」
わしわしとシラタマを撫でくり回して目覚めの挨拶とする。
うむ、良いもふもふ感であるな。
どうやら誰かの家のベッドに寝かせてくれたらしいな。
「おお、起きたか」
目を細めて気持ち良さげにしているシラタマの感触を楽しんでいると、不意に横から声が掛かった。
「あ、戦士長。ども」
誰かと思えば俺の意識を飛ばした原因とも言える戦士長が椅子の上で胡座(あぐら)をかきながらそこにいた。
その戦士長をぶっ飛ばした姉御さんも側で腕を組みながら仁王立ちしている。
目覚めるまで待ってくれたのだろうか。
仁王立ちしている姉御さんの格好と言うと…ぶっちゃけ露出が多い。
手足は民族的な具足を付けているが黒いぴっちりとしたショートパンツに藍色のノースリーブ。
その上には獣の皮を使った、茶色のベストを羽織っている。
なんと言っても目立つのはその背中に背負われた大きなブーメランだろう。
アマゾネス…程ではないがそれに近いような雰囲気もする格好がとても似合っており、とても魅力的であった。
なんとけしからん。ありがとうございます。
「ぐははっ!ヴィレットでいい!我と対等に組み合える者なぞそう居ないからな!」
豪快に笑う戦士長…ヴィレットだが、となりの姉御さんがぐわりと右手を拳(こぶし)にして振り被る。
「あだっ!?」
「こんのバカたれ!!笑ってないで謝りなッ!!」
後頭部へと叩き込まれたその拳はとても鈍い、痛そうな音を出した。
ごつん言うたぞごつんて。痛そー。
────────────
カナタ
「けしからん!…良く寝たよーねシラタマさんや」
シラタマ
「にゅっ!」
ヴィレット
「…ってぇなぁ」
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