取っ組み合い

───そして現在に至る───




 ええまぁ、ここまでが事の顛末(てんまつ)になるわけで俺の前にいる紫色の毛並みをした隻眼の牙狼族がいるのはそういう訳だ。


 お、いかんいかん。シラタマを預けねば。


 流石にコイツをどたまに乗せたままやるわけにはいかない。


 そのほにほに、ほわほわボデーで凌ぎそうでもあるが。


 ちなみにリュックは既に外してある。


 これは邪魔だもの。




「ヴォルグ、コイツを頼む」




 ほいーんと頭の上にいるシラタマをヴォルグに放り投げる。


 にゅーうぅぅぅ…と小さく鳴いた白い毛玉はヴォルグの腕へとスポンと収まる。ナイスキャッチ。




「受け賜(たまわ)った。気をつけろカナタ。戦士長はこの村一番の力を持っている」




 うへぇ、でしょうね。


 ヤンキーですら怖いから近寄りたくない俺にはとても辛いんですが逃げていいですか?




「ガハハハ!!さぁ準備はいいようだなカナタよ!」




 いいえ、心の準備がーあうあうー…などと言っても辞めてくれそうにないので覚悟を決めてしまおう。


 そもそも何故こんな事になったかと言うと原因はアルの所為でもあるのでは?……そう思ったら腹立って来た。


 今頃ほくそ笑んでいるであろうアルの姿を思い描くとふつふつと怒りが込み上げて来る。


 よーし、急にやる気が出て来たぞー?




「───おっしゃあ!やったろうじゃねぇか!!」




 ずしゃあと右足を下げながら肩幅程で止める。


 左腕を盾にしつつ右腕も後方に構える…つまりは中段パンチの構えにした。


 打撃は無しのルールだけどなんか構えが無いとしっくり来ない気がしたからだ。


 ちなみに俺は武術をやった事はないから構えなんて知らん、軽い護身術ぐらいしか知らん。


 打撃が無しの模擬戦───つまりは取っ組み合いっつう事。




「頑張れカナタにいちゃーん!」




「にゅっふっふー!」




 ヴォルグの足元にいるヴェインくんと抱えられたシラタマが同じように両手をぴこぴこ挙げて応援している。


 完璧やる気出てきたわ。我ながら単純だと思う。





「では行くぞカナタよ!!!!」




「うおおおおおおお!!!!!」




 ヴィレット戦士長が駆け出すと同時に俺も駆け出す。


 心臓が高鳴る。


 不思議な感覚だった。


 イジメや強制などで何かをやったのとは違う感覚。


 ドロドロした感情など微塵もない、まっさらな感覚がその時に感じられた。




───ッ!!!




 肉体から発せられたとは思えない、重くも激しい音が響く。


 俺と戦士長の手と手がぶつかり合う───手四つという奴だ。




「やるではないかカナタよ!!俺と激突して無事な奴は親父と並んで二人目だ!!」




「…ッ…それは…光栄だね…!!!」




 ぎしり、ぎしりと軋むかのような音が俺の両手から聞こえた。


 正直、キツい。ゴムで覆われた万力に手を掴まれてるようだ。




「おいおい嘘だろ!?ヴィレット戦士長とぶつかり合って持ちこたえんかアイツ!!」




「それもだけどあんなにガッツリ掴まれて悲鳴すら挙げねぇのが凄ぇぞ。戦士長の握力は下手な鋼鉄すらひしゃげちまうのに…」




 なんか物騒な言葉聞こえたけどそれどころじゃない。


 この状態を抜けないと恐らく相手の思うツボだ。


 ならば隙を───作るッ!!




「ぬおっ!?」




 ガクン、と身体の力を抜いて戦士長の下へと潜り込む。


 隙を作らざるを得ない戦士長の口から驚愕の声が漏れた。


 力の行き場を無くした戦士長の脚をガッチリと両腕で捉え、上へと───投げ飛ばす!!


 例えるなら巴投げの要領で後方へと投げる───飛んでけオラァ!!




「うらぁああああッ!!!」




「ぬぉおおおお!?」




 前へと行く力は横からの力に弱い。


 多少重かったが投げ飛ばせた。


 大きな戦士長の身体が宙に舞う。




「「おおおおおおお!!!」」




「戦士長を投げ飛ばしやがった!!」




「マジかよアイツ!?化け物かよ!!!」




 戦士長が投げ飛ばされる───その出来事に牙狼族の皆が一斉に沸いた。


 しかし───ヴィレット戦士長が空中で不敵な笑みを浮かべているのを俺は知らなかった。




「やるじゃねぇか!!カナタよッ!!!」




 ドンッ───と空気が揺れる音がした。




 ヴィレット戦士長は───




「出たな。ヴィレット戦士長の───身技(みわざ)」




 ヴォルグがその光景にぽつりと零す。




「空脚(くうきゃく)」




───空中を蹴った。




………





「───ぐふっ…!!」




 背中から突き抜ける衝撃、顔面へと叩き付けられる冷たい地面。


 恐らく背中から飛び付かれてるであろうヴィレット戦士長の全体重と重力、そして───空中を蹴った勢いによる衝撃が俺にぶち当たった。




「ぐははっ!投げたからと安心しては駄目ではないかカナタよ!しかし、見事な判断と力だ!!」




 両肩に戦士長の腕、背中には…恐らく膝だろうな。


 俺を労(ねぎら)いながら獰猛に笑っていた。




「……そりゃどーも」




 地に伏せられているという現状に、自然と出た苦い顔で答える。


…ぶっちゃけ悔しい。勝てる訳はないだろうがやるだけやってやると思ってはいたが悔しい。


 はい、負け負けー、お疲れさんっしたーなぞ出来る程俺は簡単には割り切れない。負けず嫌いなんでね、俺は。







「おう、お前達。今帰ったぞ。見張りご苦労さん」




「姉御!お疲れ様です!」




「ヴォルグさん達ももう帰ってらっしゃますよ」




「あはは、流石うちの筆頭は速いねぇ。ほら、コイツで一杯やろうか」




「おお!流石姉御!よく仕留められましたね!」




「なっはは、アタシには『これ』があるからね。あんバカは大丈夫だったかい?」




「やっぱり不満足だった見たいでいつものストレス解消と称しての組手です」




「…あんバカたれめ。んな元気あるなら一人で食料でも取ってこいっての…ヴォルグも帰って来てんだろ?案内しな」




「ああ!姉御!待って下さい!アル先生からの手伝いも来てるんで!!」







────────────

カナタ


「…くそう」




ヴォルグ


「久しぶりだな。戦士長が投げ飛ばされる所を見るのは」




ヴィレット


「いやぁ!楽しいなぁ!ぐはははっ!!!」

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