しかし、逃げられない!
…
「…うむ。これでしばらく経てば皆の症状も良くなるだろう」
一頻(ひとしき)り、無くなった薬を見てヴォルグがそう口にした。
今しがた最後の一人に薬を配り終えたところで余ってる薬について聞いてみよう。
「この余った薬はどうするんだ?」
「ああ、倉庫で保管しておく。また新しく患者が出ないとも限らないからな」
それもそうか。一日二日で蔓延(まんえん)が終わったらあんなにも薬を必要としないもんな。
「にゅ」
「おう、シラタマさんくす。お前もお疲れ様」
にょいんとおててを伸ばしてで持ち上げるシラタマからバックを受け取り、わしゃしゃして作業を労(ねぎら)う。
よっしゃしゃしゃしゃ。ご苦労。
ぬ?リュックの底がおかしいぞ。上げ底なのかこれ。
残りの薬を取り出しているとその違和感に気付いた。
ちょうど拳一つ分のスペースがありそうだ。
しかしながらもこのリュックは借り物の為に無理してみる事は出来ない。
仕方ないのでほっとく事にしよう。
解けない疑問にもにょもにょするが仕方ない。
なんとも言えない気持ちになりながら残りの薬が入ったケースをヴォルグに渡す。
「ほい、残りの薬」
「ああ、ありがとう。それでこの後なんだが一緒に───」
何かを言いかけたヴォルグだがその言葉はある男によって遮られた。
「おう!ご苦労だったヴォルグ。これで安心して狩りに行けるぜ!」
その豪快な笑いと声に、ふぅ、と小さなため息を一つしてヴォルグがその男の方へと振り返った。
「…あなたは病の心配は無いでしょうからね。〝ヴィレット戦士長〟」
ぐははっ、と大きな笑い声で返事をするかのように、戦士長こと、ヴィレットは鋭い牙を露わにさせた。
背は俺より少し高く、軽く羽織った黒いベストから覗かせる鮮やかな紫色の体毛に覆われたその身体には良く見なくても分かる程の筋肉が付いていた。
下半身も同じように筋肉の鎧に覆われているのだろう、少しダメージの入った頑丈そうな黒いズボンの所々からもそれが伺える。
ヴォルグよりも鋭く、己に生えている牙を彷彿とさせる眼の片側、左眼だけはまるで皮膚ごと抉り取られたような傷があり、その上から黒い眼帯が被せられていた。
ぶっちゃけ戦士長というより山賊の頭ってのがしっくりくる気がする。
まぁ、あえて口に出す程の馬鹿でもないが。
「馬鹿野郎!それだけで十分だろうが!病にならない身体一つあれば後は腕っぷしだけよぉ!……で?そいつは?」
ぶっとい己の腕を誇示させるようにぱぁんと叩いてから、ちらりとヴィレット戦士長は俺を見た。
あ、脳筋だこの人、間違い無い。
そしてイヤーな予感がぷんぷんするぜシラタマよぉ…
そんな俺を気にせずよじよじと頭の上へとシラタマはスタンバイしていた。
いっつあ、まいぺーすけだま。
「ああ、この男はアル先生の所から来た異世界人だ。他の異世界人と一緒だと思わないでくれ。彼はこちらの言語も理解出来てるし、話せる。アル先生のお墨付きだ、優秀な男だよ」
「ども、カナタです」
優秀とか小っ恥ずかしい説明してくれたヴォルグに続くようにすかさず挨拶。
まぁ、当たり障りの無いこれくらいの挨拶が無難だろう。
さて、どうなるか?
「ほう…あのアル先生のお墨付きか……」
ニヤリ…と、その空色の瞳を獰猛(どうもう)に光らせてヴィレット戦士長は俺を見据えた。
あ、あかんやつだと俺は素直に感じた。
「丁度物足りない所だったんだ。おい!お前等!」
ヴィレット戦士長が不意に周りの牙狼族へと呼びかけた。
なんだなんだと皆が周りに集まり始めた所で再び口を開く。
「あー…すまんカナタ」
その様子を見ながら申し訳そうにヴォルグが俺に言う。
「覚悟を決めた方が良さそうだ」
「言うな。そんな気はしてた」
条件揃ってたもんね、確定ルートですわこれは。
「この薬を持って来てくれた男は異世界人らしい。しかし!あのアル先生にもお墨付きを貰った程の優秀な男だと言う話だ!」
ざわざわと周りが静かに騒ぎ始める。
あの、やめてくれません?なんか凄く持ち上がってません?
「異世界人って乱暴な事とか略奪もしてる奴らだろ?」
「ばっかお前それなら俺たち獣人にも言えるだろうがよ」
「ちげぇねぇ。戦士長を見れば分かんだろ?第一にあんなに優長に俺達の言葉を話せる異世界人なんて初めてじゃねぇのか?」
「おい、戦士長の事は言うな聞こえんぞ。まぁ、確かにあんなに俺達の言語喋れる奴は初めてだよな。アル先生がお墨付き貰えてるってのはマジなのかもな」
言語覚えるは頑張りますたよ俺。
良かった良かった。頑張った甲斐があるな。
そんで大丈夫なのか?俺にも聞こえてるぞそれ。
戦士長にも聞こえてるのでは?
そんで分かった事はこの世界では異世界人は少し厄介な奴と言う認識らしい。
何処の世界にもいるのね。そいつの行動で他の人の評価落とす奴。
俺の異世界ライフを乏しめるとは許さん。
会ったらぶっ飛ばす。
「───ちょいと気にならねぇか?その実力…アル先生にもお墨付きを貰えるその実力をよぉ!!」
その言葉にざわざわと言う声が大きくなる。
え、アルからお墨付き貰えるのってそんなに凄いの?
「なぁヴォルグ。アルってそんなに凄いの?」
「この国の王と知り合いだと聞いてるが…まさか知らなかったのか?」
え、聞いてなかったのか?みたいな顔でヴォルグがしてるがやめてほしいですハイ。
いや始めて聞いたわ。俺とんでもねー奴の所に居たんだな。
目が点になってる俺を尻目にヴィレット戦士長がこちらを振り向いた。
「ところでカナタとやら。戦闘経験はあるか?」
うーん、どう答えるべきか。
喧嘩なんて中学までで一回しかないしそれもほぼ口喧嘩。
あとは球技とかだから戦闘には含まれないだろ?
あ、アルの作り出したボアファングもどきともやったか。
「生涯で二回しかないですし命をかけた戦闘はほぼ無いです」
ええ、それは平和な国でしたので。黒い所は黒いしドロドロしてるけど。
「…ふむ。ならば武器・打撃無しの腕くらべとするか……中央を空けて用意をしろ!!」
あ、やるのね。ならやめとこうとかは無いのね。ええ、分かりません。全く分かりません帰っていいですか?あ、帰れねーわ。
────────────
カナタ
「OKシラタマ。このフラグから逃げる方法」
シラタマ
「にゅ?」
ヴォルグ
「…舌打ちしてたしなぁ。すまんカナタ」
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