爽快にがっちりと回収

 心地よい風切り音が耳へと入り、その音と共に全身へと当たるのはもちろん風であった。




「おっほぉ!!気持っちぃいい!!」




「にゅっふー!!」




 俺と共にシラタマもその心地よさに思わず口を開く。


 トーン、トーンとリズムよく大地を蹴り進む。


 いや、蹴り〔弾む〕と言った方が正しいだろう。


 心地よい風が全身を纏う、この感動は初めて自転車を漕いだ時にも似ている……何より───




「これが!ヴォルグ達の見てる世界か!!なんて爽快なんだ!!」




 次から次へと変わりゆく景色、風で旗めく衣類、全身に浴びる爽快感。


 今、俺はまさしく疾風にでもなったような感覚に高揚していた。




「ほう、流石アル先生のお墨付きだ。あのヒントでもうコツを掴んだみたいだなカナタ」




 あっという間に追いついた俺に向かってヴォルグがはにかむ。




「たまたまだ!無駄な力が入り過ぎてたんだな俺は!!」




 そう、別に下半身全部に身体強化をする必要は無かったのだ。


 身体を斜めに倒し、後は蹴りだす一瞬だけつま先を固めて跳ぶ。


 これなら長距離を移動できる上に、体力を使わず、何より…速い。


 ヴォルグ達が軽量の装備でここまで来れた理由がこれだった。




「そう。別に移動するのに全力を使う必要はない。全力を尽くすのは獲物を仕留める時と逃げる時で充分だ」




 ああ確かにそうだ。移動するのにも全力を尽くしてたら洒落にならない。


 しかし、この移動は……




「この移動って肉食系の動きじゃないんじゃ?」




 明らかに草食動物の〔それ〕に、俺はヴォルグに聞いてみた。


 確か肉食動物の走りは全身運動、このような長距離の動きには向かない走りだった筈だ。




「はっはっは!懐かしい!昔にそんな事を言う奴が居たな!」




 破顔一笑(はがんいっしょう)された。え、なんか悲しい。




「今は獣人族は統合されていてみんな助け合って生活しているんですよ。この走りは草食系獣人達から教わったものなんです」




 ショボくれた俺にヴェリスリアさんが補足してくれた。




「ほーん、てっきり仲悪かったり対立してるのかと思いましたわ」




「ぼくらの村みんななかよしだよー!」




 俺の言葉にヴァインくんがにっこりと答えた。


 ヴェリスリアさんに抱かれて下へと伸びる魅惑尻尾(もふもふている)が左右へぶんぶんぶん。


 想像とは違って迫害とかきっつーい上下関係とか無いみたいだ。


 いいね、平和で。後ヴァインくん可愛い。こら平和だわ。間違いない。




「そんな歴史もあったな。詳しく知りたいなら村にいる長(おさ)に聞くと良い。…おっと、もうすぐで私達の村が見えるぞ」





 おお、早いな。まぁ、このスピードで移動してたら当たり前かもな。


 ヴォルグ達は子供の体調に合わせてゆっくり来てたらしいし。





 そうこう考えてる間に青々とした木々が唐突に無くなり、視界が晴れる。


 一面の緑───目の前に広がる光景は青々とした草原だった。




「おお…!」




 鼻へと入ってくる柔らかな風と、仄(ほの)かに香る青い草の匂い。


 その広大な草原に思わず声が出た。




「外に出るのは初めてかカナタよ」




「ああ、初めてだ。…何せよこの世界の言語と魔力に慣れるのにいっぱいいっぱいだったからな……」




 跳ねるような移動にも慣れて来たのか、呼吸も大分落ち着いて会話も普通に出来るようになっていた。




 ああ…思い出される本の山脈、文字の海、黒と白に移りゆくノート……


 懐かしいなぁ…!…もう懐かしい…可笑(おか)しいな…まだ1日も経ってないのに……




「…なんか思いださせたようですまんな」




「いいんだ。これもこの世界を楽しむ修行とでも思うさ」




 燃え尽きたような顔を浮かべた俺へ申し訳無さそうに言うヴォルグにそう返した。


 そう、これは俺が決めた、俺が幸せになる為の糧。


 後悔などするものか、そのおかげで今ヴォルグ達と会話出来ているのだから……ちょっぴり感傷的になるのは許せ、あんなに勉強したのなんて今までなかったんだから。




「強いな、それなら村で一悶着あっても大丈夫そうだ」




 え、一悶着ですと?待て待て、何があると言うのか。




「まて、確定事項っぽいので意義を申し立てる」




 異議あり。……うむ、大分余裕が生まれてるようだ。




「いや実はな。先ほど空を『跳ねる』奴がいると言ったなカナタよ」




 こりこりと鼻先をかきながら困ったようにヴォルグは俺に零す。




 ああ、言ってたな。そん時は後回しにされてしまったが。


 俺としては見てみたいし教えて貰いたい。




「そいつがどうしたんだ?」




「…そいつは戦闘狂でな。狩りが終わった後で落ち着いてれば良いんだがもしかしたら村で喧嘩してるかもしれない」




 え、やだ怖い。しかも喧嘩してるかもとか何処の番長ですか。




「ええ…喧嘩とか痛いのやなんですけど…」




「喧嘩とは言ったが模擬戦なようなモノだ。……まぁ、側(はた)から見れば喧嘩にしか見えんのでな」




 喧嘩にしか見えない模擬戦ってどんだけ荒々しいんだよ。村に行くの怖くなって来たわ。




「なんとか回避出来ないのだろうか……」




「その身体でカナタは慎重なんだな。目を見れば分かる、元々戦闘なんてした事はないのだろう?痛みに怯える平和主義の目をしている」




 ばれてーら。ええ、そうです元々いじめられっ子でしたが何か。


 平和が一番じゃよ。ああ…もふもふ愛でながら日向ぼっこしたい。




「…こっちに来るまで色々あったからなぁ」




「…しかし残念な情報がある。そのそらを『跳ねる』奴はな───」




 え、嫌な予感がする。俺の第六感がそう言ってる。


 お願い外れてくだs───




「───長の息子で戦士長なんだ。そして私の上司でもある」




「回避不可じゃねぇか終わった」




 外れるどころかレールがっちり敷かれてるやんけ。


 元から逃げ道なぞないやないかい。


 えー、こちらフラグ回収しましたどうぞ。




 まさかの勇者は逃げられなかった展開に少し悲しくなった。


 いやまぁ確かに空を『跳ねる』程の技術持ってるやつが一般人な訳無いとは思うけどさ。




────────────

カナタ


「真の敵はフラグという事か。なんて強い敵だ……!」



シラタマ


「にゅあー?」



ヴォルグ


「まぁ、恐らく一悶着あるだろう。ふぅ……やれやれ」




ヴァイン


「みんななかよしー!」

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