シラタマぐっじょぶ

「では行こうか。カナタ、逸れないでくれよ」




「足の速さは自身あるぞ。飛ぶ事だけは出来ないけど」




 走るのは短距離も長距離もガキの頃から得意だ。


 この世界で更に成長した身体ならもっと早く走れるだろう───が、流石に飛ばれたら敵わない気がする。人間だもの、かなお。


……空を飛んでみたいなぁ……




「我々牙狼族で飛べるのはいないよカナタ。…ああ、飛べはしないが少しだけ空を『跳ねる』奴が居たな」




 そういえばと思い出したようにヴォルグが顎に手を当てた。




「跳ねる?」




「にゅっ?」




 そう言われて思わず見たのが頭の上にスタンバイしているシラタマ。


 僕?とでも言うかのようなコイツの通り、俺も跳ねるイメージはコイツだった。


あ、跳ねんでええやんでシラタマさんや。擽(くすぐ)ったいからやめて。


 ああ、頭の上でぽふんぽふん。




「はっはっは!まぁ、それは後回しでいいだろう。じゃあさっそく行こうとしよう」








「ぬおおおおお!!!!シラタマァ!!!しっかり捕まってろよぉ!!!!!」





 目の前を跳ねるように軽快に行く夫婦に逸れないように地面を爆走する。


 土埃を後方に巻き上げながら走りまくる俺とは違い、ヴォルグさん達はカモシカのように軽やかに大地へとステップを刻む。


 ちなみにヴァインくんは母親の腕の中にいる。


 元気になったようで何よりだ。


 しかし───ちっくしょう、速い。疲れは全然せんけど追いつくのがやっとだ。


 シラタマを見てくれたまえ、頭にしがみつくのは諦めて俺の首にしっかと捕まっておるぞ。ほわほわが少しこそばい!


 荷物がガッチリと身体に装着出来るタイプで良かったと心から思う。


 普通のリュックだったら重心ブレッブレでスピード出ないもんこれ。


 いや、それどころか揺れで千切れているやもしれぬ。


 走り難(にく)いか?そこは気合いだ、もちろん走り難い。




「ふぬぉおおお!!!……待てよ…!?」




 ふと、目の前を走る2人を見て思う事がある。


 そもそも牙狼族の2人の走りは俺のような人間の走りではない。


 全身を最大限に使って速さを出す肉食動物の走りではなく、地面を跳ねるようにして距離を稼ぐ動きはカモシカやウサギのような……まさしく草食動物の『それ』だ。


 2人が出来るなら俺にも出来ない通りは……無いッ!!




 ならばッ───集中だ…ッ!……一瞬だけ……瞬発的に片脚に身体強化を掛けて跳ぶ……ッ!




 見本も既にあるからイメージは大丈夫…


 魔力の出所に意識を集中……そこから太腿(ふともも)を辿り…脹脛(ふくらはぎ)……爪先ッ!!


 そのままの状態で地面を…蹴り飛ばす……ッ!!




───ッッ!!




 鈍いながらも大きな音と舞い上がる土埃、そして瞬く間に変わりゆく景色。


 周りには何もなく、暖かな陽射しが身体を包み込む。


 木々は既に数メートル下、ヴォルグ達が軽快に跳んでいるのが伺える。


 気付けば俺は空高く空中にいた。




「ふにゅおぉおお……」




 衣服の旗(はた)めく音が、バタバタと聞こえる。


 初めての景色にシラタマは感嘆の声を上げるが空中にいる原因となった俺はそれどころでは無かった。




「飛び過ぎたァ!うおお!!」




 重力を再び帯び、落下していく身体。


 なす術なく地面に叩きつけられてはたまらない、すぐさまに下半身に意識を集中させた。


 埋まっても何とかなるように、すぐ様突破出来るように。




「ふにゅっ!」




 ふとシラタマが叫ぶと、身体になんとも言えない違和感が纏わりつく。


 何かが〝変わった〟……俺の目線では分からない何かが。




 シラタマ!?何をやって…うおお!地面んんん!!




 シラタマに問いかけたい思いとは裏腹に、無情にも地面は足元へと迫り来る───




───すとん。




「へっ……?」




 しかし来ると思っていた衝撃は来なかった。


 未だに耳へと来るものは己の両脚から発せられる大地をかける音のみだった。




「シラタマお前なんかした?」




「にゅ!」




 首の真後ろにいる毛玉に問いかけるも返ってくるのはにゅ、のみ。

 ああ、そういえばと俺はアルの言葉を思い出した。




───あ、言い忘れてたけどシラタマは付与系で属性は【重力】だったよ───




 そういえばそんな事をサラッと言っていたわな、と自分の記憶に納得する。




「そういえばお前の属性って重力だったな」




「にゅっ!」




「俺の体重を軽くして衝撃を減らしてくれたんだな、ありがとよ」




 アシストしてくれた事に労(ねぎら)いの言葉を送ると、シラタマは嬉しそうに「にゅにゅにゅ」と返事をした。


 もそりと動くうなじ付近がとてもこそばゆい。




「おーい!大丈夫かカナタ!」




 後ろの異変に気付いたヴォルグがスピードを落としてこちらへと来ていた。


 まぁ、あれだけの音も出ていれば何事かと思うのは当たり前だろう。




「ああ、すまんヴォルグ。あんたら見たいに走ろうと思ったら飛び過ぎちまって…」




「なんだそういう事か。…コツを教えてやろう。踏み出す足場を【小さな岩場】と思う事だ。では先に行っているぞ」




 そう言い残してヴォルグは軽やかに前方へと跳ねていく。


 獣人特有でもある脚で軽快に、まるで一本下駄を履いた天狗のように……




「───ああ、なるほど、そういう事か」




 ある事に気付いた俺はさっそく試す事にする。


 考えるより先に行動、先ほどと同じように身体強化を脚にかけるが違う事がある。


 足の『つま先』のみに身体強化をかけたのだ。




「あとは前方斜めに跳ぶ…シラタマぁ!しっかり捕まってろよぉ!!…水場に顔出す、小さな岩場を飛び移るように───ッ!!」




────タンッ




 先ほどとは違い、ヴォルグ達と同じく軽やかな音を耳にした時、俺の身体は風を切って空中にいた。




────────────

カナタ


「しかし首がこそばい。寝る時に頼むシラタマ」




シラタマ


「ふにゅー」

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