誇り高き【種族】

…同時刻、とある森の中───







 ぱきり───乾いた小枝が響いた。


 彼等はそれを物ともせずに前へと進む。


 後ろに続くようにして一人分の幅に慣らされた獣道を行く。


 度々、またぱきりと小気味良い小枝の音が二人と、腕に抱えられた子供の耳へと入っていった。




「あなた。もう食料は1日分も無いわよ」




 青色の体毛をした腕の中にいる小さな命の顔色は悪い。


 うっすらと汗をかいて苦悶の表情をした我が子を優しく抱きしめながら、獣人の女は前へと先行する夫へと告げた。




「ああ、匂いで分かってる。…もうすぐで先生の所へ着けるはずだ。お前は大丈夫か?」



 

 スン───と大気を嗅いだそれは人種とは違う、マズルの先にあった。

 


 靴などは履いておらず、柔らかな藍色の体毛に覆われた足を止める事無く、顔だけを少し振り返らせながら男は答える。


 矢のように鋭い、目の中の黄色い瞳は、いつもとは違う心配の色に染まっていた。




「ええ、大丈夫よ。……毎年の事とはいえ、私達の子までかかるとは思わなかったわ」




 ぽふ、と夫よりも少し明るい青い体毛をした我が子の頭を優しく撫でてながら彼女はそう言葉を零(こぼ)す。


 夫と同じ黄色い瞳は、やはり心配の色に染まっていた。




「いつもなら友人に預けて私達だけで行くのだがな……こればかりは仕方ない、友人の子に感染(かんせん)させる訳には行かないからな」




 ふう、と溜め息を着き、男は仲の良い幼馴染(おさななじ)みでもある村の友人の顔を脳内に浮かべた。


 動きやすそうなズボンに付けられたツール付きのベルトからカチリ、と腰元に付けた水筒を外し、一口含む。


 男の装備は至って軽装だった。


 それもそのはず、普段ならば1日程で着く道のりであり、獣人でもある自分達では食料の確保は容易だからだ。





(先生の所へ行けさえすればすぐに特効薬を作ってくれるが…)




 背中に背負った袋に入っている食料ではもう心許(こころもと)ないのは重さと匂いで明白、自分達はまだ体力面では大丈夫だが───




「…少ししたら一休みしよう。俺達より子供の体調が心配だ」




 何よりも大事なのは病に侵された我が子。


 我々は狼の獣人であり、戦士だ。


 食料なぞどうにでもなる───しかし……我が子の病ばかりは手に負えないのだ。




「ええ、そうしましょう。もうすぐで〝アル先生〟の所だもの。無理はいけないわ…この子の為にも」







「……ぬぬぬぅ……まだ5分たたねぇのかアル…」




 ぽたり、ぽたりと首筋を伝う滴が頰を流れ、下へと落ちていく。


『逆さま』になった世界へ立つアルを見つめながら、長いようで短い時間を耐え続ける。


 逆さま…そう、今俺は逆立ちしながら身体強化を全身に掛けていた。


 この身体強化、動きながらや力をかけ続けながらやるのがとんでも無くキツい。


 そうだな、例えるなら一輪車を始めて乗るあの集中力があるだろう、その集中力を保ちながら濡れた和紙の上で破らないように逆立ち。


 ね?キツいでしょ?…まぁ、とてもつらい。




「…はい、5分たったよ」




「うおら!受け身ぃ!」




 アルの返事と共に前方へと崩れるように倒れ込む……この数時間で随分と受け身が上手くなったもんだ。


 今まで武道的なものなんてやった事皆無だったから合っているかも分からんが。




「大した集中力だねカナタ。最初は5分維持するのに一週間はかかるよ」




 そう、基礎となる身体強化だが、魔力とは一切かけ離れた生活を送って来た異世界人達にとっては難しいものらしい。


 ところが俺にとってはそんなに難しいとは思えなかった。


 ぶっちゃけ得意分野、社畜時代に使ってた作業をしながら別の事を考える技が役に立っている、ちくせう。




「あざす。…なんか記憶力が良くなった見たいでよ。そこまで難しく感じないんだよな」




 あー、地面がつべたくて気持ちええ…ぶふッ…シラタマさんやお腹にいきなり乗っかってくるのやめて。「にゅ?」じゃねーよ。おらほっぺ伸ばしてしまえ、ぐいぐい。




 突然乗っかって来たシラタマを構いつつ身体を休める。


 ほっぺをぐにぃと伸ばされたシラタマがわたわたとしていて可愛い。




「多分、脳も変化したんだと思うよ。そうでもなきゃあんな短時間で〝あれだけの言語〟は覚えられないって」




 ははは、と笑いながらアルは答えた。


 まぁ、そうだな、以前の俺だったら覚えたとしても既に忘れてる。特に都合の悪い事は、ふへへ。




「にゅ?にゅ、ふにゅにゅー!」




 まだ?ご、ごめんなさいー、とでも言っているかのようにシラタマが手のような物をパタパタさせて小さく叫んだ。可愛い。




 仕方ない、許してやろう。ほれほれ、ふにふにしてやる。




 つまむのをやめて優しくつつくのに変更する。

 つつく度ににゅっ、にゅっと言うのが面白いんだがこいつ。




「…おや?お客さんだな。……もうそんな時期か。カナタも来ると良い。私とは違う、異世界らしい獣人と会えるよ」




 胸元のポケットに入ってたらしい何かの端末の反応に気付いたアルがシラタマで遊ぶ俺に向かってそう言った。




「なんだとっ!?」




 シラタマをつつく手を止めてぐりん、とアルの方を向き、目をかっぴらいた。


 人狼(ウェアウルフ)か!?蜥蜴人(リザードマン)か!?それとも猫又か!?


 もふもふなのかすべすべなのかやっぱりもふもふかぁッ!?




「おお…目が輝いてる。さぁ、一旦練習は中断しよう」




 ぱちん、とひとつ手を叩いてアルは絶賛妄想中の俺の思考を正気に戻す。




「待てアル!なんの獣人だ!」




 吠えるように問う俺にアルは相変わらずの微笑を浮かべてこう言った。




「誇り高き狼の獣人さ」




────────────

カナタ


「異世界が……ッ……そこに……ッ!!!おっぷシラタマやめて、あばばばば」




シラタマ


「ふんにゅー、ふにゅにゅー」




アル


「おかしいな。私も獣人なんだが……まぁ、特殊だから仕方ないか」

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