初めての魔法

「あ゛ーーー!!終わったーーーー!!!」




 支えの無くなったペンがからり、と机の上に転がる。


 右手の一部分はすでにインクで擦れ、真っ黒になっていた。




「…うん、これならこの世界の何処へ行っても大丈夫だろう。それじゃあ昼食にしようか、大分時間過ぎてるけど」




 そう、昼はとっくに過ぎていた。


 胃袋の魔王が吠えて催促(さいそく)している。もちつけ。


 なおシラタマは既に夢の中へと旅立っている。


 あ、ぷわーっと鼻ちょうちん出してら。……いやまて鼻どこだお前。




「おお…やっと我が胃袋の魔王が落ち着く時が…ほれシラタマ飯だってよ」




「…にゅっ!」




 呼びかけた瞬間、ぱぁんと鼻ちょうちんを破裂させてシラタマが起きた。なんだその天然アラームは。







「うむ、ご馳走様でした。ようやく胃の中の魔王も納得してくれたようだ」




 くぴりと食後のコーヒーを一口飲む。


 いつもの甘めのコーヒーではなく食後なので少し苦めでスッキリとしたものだから口直しに丁度良い。


 なお、豆の種類などは残念ながら分からん。そこまで肥(こ)えてはいないので。




「大体通常の2倍程度の食欲に落ち着いたね。良かった良かった、これなら狩りに行かなくて良さそうだ」




 汚れて役目を果たした食器達を浮かせながらアルは答えた。


 ふわりと浮いた食器達が流し台へと向かうと何処からともなく現れた泡と水が踊るように洗っていく。




「おお…すげぇ。そしてあの食料は全部アルが取ってきた物だったのか」




「世界樹の葉とかアルラウネの葉は貰い物だけどね。ここには無い物だからわざわざ取りに行くのはめんどくさいし」




 右手を指揮のようにひゅんひゅんとさせながらアルは食器達を、流水を踊らせる。




 ここまでスムーズだと一種の芸だよな。おお、もう洗い終わったのか。




 洗い終わった物は浮かんだタオルによってピカピカに水気を拭かれ、食器達は静かにかちゃ、と音を立てながら次々と棚へと滑り込んで行く。




 あーら便利ね。あたしも使えるようになるかしらシラタマさんや。


 ちなみにシラタマさんは食事に満足したようで膨れたお腹?をぽんぽことリズミカルに叩いている。和む、もっとやれ。




 シラタマで和んでいると、不意にアルがあ、そうだと俺に言ってきた。





「腹ごなしに魔法の練習でもしてみるかい?」




「あたぼうよ」




「にゅー!」





 即答した。いやそらそうでしょ。れっつあふぁんたじぃ!!


 シラタマも両手をはーいと上げているのはご愛嬌だ、というか愛嬌しかないわこの毛玉。







「さて、何から教えるかね」




 ふぅむと顎に手をやって唸るアル。


 今現在の場所は俺がゴーレムと腕試しした場所に来ていた。


 ちなみに俺がゴーレムを投げ飛ばして崩れた場所は既にアルによって修復済みである。




「…よし、とりあえず基本から教えよう。魔力を感じる所から始めようか。カナタ、手を出してくれ」




「ほい」




 断る理由も無いので素直に右手を出した。まるで犬のような反応だな、俺。わん。




「今から魔力を流す。少しぞわぞわすると思うけどそれは我慢してくれよ」




「あいよ」




 ぞわぞわするのね。やだ気持ち悪い。




 などと巫山戯(ふざけ)た事を思ってると、そっと手を取ったアルからノーアクションで何かが送られてくる。




「…おっほ、ぞわぞわする」




 何とも言えないぞわぞわが右手から俺の中へと入って来ている。


 そうだな、例えるなら耳に息をかけられたようなぞわぞわが右手から伝ってくる感じだ。


 思わず変な声出した俺の気持ちが理解出来ただろう。


 流れて来たぞわぞわが体内へと進み、心臓付近へと流れていく。


 そうか、ここが魔力の錬成場所か。




「…分かった見たいだね。それじゃ、意識を集中させるんだ」




 そう言ってアルは俺から手を離した。

 目を瞑り、『そこ』へと意識を向ける。




…ああ、分かる。心臓付近の『ここ』。はっきりと分かるぞ。




「次はそれを体内で循環させよう。血の巡りのように、カナタのイメージで構わない」




『ここ』から体内へ循環ね。…おお、動かせる。




 じわり、じわりと『それ』が、『魔力』が動く。


 イメージだ。地に染み込む水のように、そして流れろ、地下から流れる水脈のように…!




「…うん、上出来だよカナタ。これで魔力は目覚めて君の身体へと流れ続ける。じゃあそれの速度を上げてみよう」




 アルにはそれが見えてるらしく、そう俺へと促(うなが)した。




 速度を上げる…なら水じゃなく電気のイメージで…ッ!




 体内を巡る魔力が加速していく。


 ぐんぐん身体が熱く火照(ほて)る…まるでウォームアップ後の万全な身体のようだ。




「身体が熱いな…うお、身体に薄ぼんやりとなんかが覆われてる」




 ふと目を開けると何かが俺の身体を包み込んでいた。


 厚さはそこまで無く、色という色も無くてまるでゆらゆらと揺れる陽炎のような物にも見える。




「それが身体強化。今のカナタに勝てるのはなかなか居ないんじゃないかな?」




「おお、これが身体強化か。…あ、消えた」




 すう、とそれが無くなったのが分かった。なんか切ない。くしゃみが出そうで出なかった時みたい。




「はっはっは、最初は誰でもそんなものさ。まずは魔力に慣れる事が最初だよ」




 ふぅむ。まぁ、呼吸のように繰り返しやってこうかね。…なんかこの感覚覚えがあるんだよなぁ……何だったっけか。




 覚えの有るような無いような感覚が歯痒いが、思い出せないならしょうがない。


 ゆっくり行きますかね。




────────────

カナタ


「くしゃみ出そうで出ない時と、分かるんだけど思い出せない時ってどっちが嫌だシラタマ?俺はどっちもなんだが…へっきし」




シラタマ


「にゅえ?」




アル


「私は思い出せない時かなぁ……くしゃみは対策出来るからね」

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