決めた



「さ、準備はいいかい?」




 アルがそう、俺に尋ねる。


 今、俺はアルが作り上げたボアファング型のゴーレムの前に対峙していた。


 まるで生き物みたいで普通に怖いな。え、俺死なん?大丈夫なんほんとに?


 ボアファング型の…ええいめんどくさい、ゴーレムはふんすふんすと地ならしをしながらアルの指示を待ってるようである。


 俺は基本的な争い事や、痛い事は嫌いな人間である。


 君子に危うき近寄らず。触らぬ神に祟り無し。


 猪と戦ってみましょー、はーい───って、もうね、アホかとバカかと。


 ちなみにシラタマはアルの近くに避難している。おにょれシラタマ。




「そいつはゴーレムだから遠慮する事はないよー」




 手を振りながらアルは俺にかけるが違うんだ、遠慮なくしてるんじゃない。




「いや、ゴーレムだからってこんな化け物と退治した事ないし……大丈夫なのかよほんとに!?」




 なんかアルは戦闘力五の雑魚だから料理してしまいなさいな意味で言ってるんだろうけどさ。俺こんなん初めてやねん。


 ビビってる俺に見かねてか、アルが『ある事』を言い放った。




「そいつを倒せないとこの世界じゃ生きて行けないよー。この世界にはそいつは道端にもいるし、そいつ以上もゴロゴロいるからねー。……ま、今のカナタがボアファングに殺されるとは思えないけどね」




「マジかよ!?ふぁっく!!」




 ええ、こいつが道端にもいるのーん。いっぱんぴーぽーの俺ぴんち。


 外に出たらなんかにプチっと踏み潰されないか俺?


 そんな心境も知らず、アルは俺に───けしかけた。




「まぁまぁ、とりあえず一発行ってみよーか」




 ひゅん、と薄茶色の光を灯した右手の指先が一筋の軌跡を描く。


 そしてそれを合図とするようにボアファング型のゴーレムが雄叫びをあげて地を蹴った。




「ブォオオオオオオオ!!!!」




「どええ!?アルてめぇ!?」




 ゴーレムは鼻を荒くしながら地を削り、勢いよく俺へと突進してくる。


 ごう───と風を裂きながらゴーレムはまっすぐ、俺の胸元目掛けて。


 クソったれがッ!!なら覚悟決めてやらぁ!!


 おめおめとやられてたまるかと俺は覚悟を決めた。


 両の腕を広げ、脚をしっかりと地に付ける。


 目標をしっかりと見定めろ…!集中だ。


 狙うはあの凶悪な牙…!やってやる……死んでたまるかよ…ッ!!




「うおおおおお!!」




 がしぃ、と両腕に凄まじい衝撃。


 留めきれない衝撃は下半身へと伝わり、ガリガリ地を削りながら俺の身体が後方へと行く。


 思ったより大した事ない…!なら吹き飛ばされないようにもっと腰を落とせ……ッ!


 息を吸い、脚を固定するかのように下半身を固める。


 両手に力を込めるとめきめきと音がした。




「こんのクソ猪がぁああああああっ!!!!」




 思い出す感情はにっくき上司の薄ら笑い。


 ギチギチと身体中の筋肉に力が入り、力が漲(みなぎ)る。


 脚から───腰へ───背中へ───腕へ───掌へ───そして指先へと。


 ぐぐ、とゴーレムの巨体が持ち上がる、ならばやってやろうじゃないか、その身体を。




「オラァアアアアアアアアッ!!!!」




 渾身の力を全身に入れ、ゴーレムを───『投げ飛ばした』。


 そう───投げ飛ばしたのだ。


 体長2m程、重さは数100㎏は軽く超えていそうなゴーレムを。


 突進力を利用して後方へ投げ飛ばされたゴーレムは、ぶおんぶおんと音を発し、回転しながら飛んでいく。




「ブォオオオオオオオ!?」




 飛んでいったゴーレムは困惑したかのような雄叫びをあげながら壁へと叩き付けられた。


 どごん───重々しい音、それについでガラガラと壁が崩れ共にゴーレムが落ちていく。


 立ち込める砂煙にパラパラと小さなカケラとなった壁の破片が崩れ落ちた壁の下敷きになったゴーレムに落ちていった。




「……おー」




 え、待って、壁との距離50mはあるわよ、あたいどうしたの。



 のけぞったまま見る天地逆転の景色で、壁にぶち当たったゴーレムを見てそう思った。


 心の声がオネェになるぐらいテンパってる、色々な意味で汗が止まらない。


 それはそうだろう、考えて見てくれ、乗用車クラスの重量物を人間が投げ飛ばす。


 とんでもない怪力だ、人間の範疇を超えている。




「はっはっは、やっぱり問題無かったね。さすがヒュペリオン体質。私の作ったボアファング型のゴーレムも元の岩石に戻ってしまったみたいだね」




 コツコツと軽快に踵(かかと)を鳴らしながらアルがテンパり真っ最中の俺に向かって来た。




「ヒュペリオン体質ぅ?」




 いやいや俺はいくら食べても太らない程度の体質でっせ兄さん。そんな大層な体質やあきまへんって。


 ええい、落ち着け、えせ関西弁などやってる場合じゃねぇわ。




 ヒュペリオン体質……一応その名前は知っていた。


 筋肉の成長を抑え込む因子を持つミオスタチンが変異して筋肉が発達しやすい体質だとか。知らんけど。




「ああ、後天的にね。もっとも恐らくだからそれ以上の体質かも知れないが」




 後天的…ああ、『あの時』か。


 思い出されるのはあの食欲と例えようのない激痛。


 なるほどね、俺の汗も涙も血も滲んだ人生という遺産はここまでの力をくれたのか。


 そうならやる事は決まってる。


 もう、俺の頭は落ち着いた。




「…アル。頼みがある」




「なんだいカナタ」




 アルは相変わらず優しげな笑みを浮かべて俺に答える。


 もう、分かっているんだろう、俺の考えは。




「俺の身体の成長を調べてくれ。そして───」




 やろうじゃないか。俺の身体よ、血よ肉よ。




「俺にこの世界の文字と言葉を教えてくれ」




 止まった時間を取り戻そう。


 得られなかった幸せを探し出そう。


 〔神〕に再び与えられたこの命、存分に楽しませてもらおうじゃないか。




「…ああ、喜んで協力しよう」




 俺はこの世界で新しく生きる事を決めた。




────────────

カナタ


「今ならあの仕事も楽にやれるなー…いかんいかん、帰ってこい俺。消し飛べ社畜根性」




シラタマ


「ふにゅ〜うぁうあうー…っふ」




アル


「あくびなんてしてシラタマには暇だったみたいだね。さて…なんの実験をしようかな…ふふふふふ」

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