目覚め そのよん




「……やべぇ、アスリートが目ん玉飛び出る程の筋肉。そして目線になんか違和感」




 鏡に映っていたのは俺の顔をしているが、漫画やアニメの世界の身体のようなギチギチとした筋肉マンがいた。


 筋肉は筋繊維がよく分かる程に見え、血管は力を込める程良く浮かび、その太さは太過ぎず、動きを阻害しない程度。


 少し余裕があった筈の灰色のツナギの下半身、太腿、脹脛部分はパンパンになっており、暑いからと上を捲っていたが、上半身のノースリーブはびりり、と亀裂が入っていた。


 ボディビルダー程の太さは無かった…が、それ以上の密度を触らなくても感じていた。


 変化前でも一般人よりは筋肉質な方だとは思っていた。衰えないように一定のトレーニングも重ねていた。


 今、鏡の自分の身体はあっさりと、過去の姿を超えて映し出していた。




「目線に違和感を感じるのは身長が伸びたからじゃないか?ほら、私と同じくらいの高さに伸びてるよ」




「あ、ほんとだ」




 アルの身長は俺より10㎝程高かった。…それがッ!今ッ!!同じ高さにィッ!!




「……それにしても凄い筋密度だね。一体どれほどのトレーニングを重ねたんだい?血の滲むような努力が無いとここまでの密度にはならないよ?」




「……過去にだけど人の30倍は。……でも…そうか、【無駄】なんかじゃ無かったんだなぁ……」




 思わず声がうわずっていた。


 そりゃそうだろう。虚弱体質で色白だった俺は負けない為に必死に鍛え続けた。


 ある時は無駄と言われ、ある時は貶され、ある時はそういう体質とまで言われた。


 一般人が既に得られるもの。それが俺にはとてつもなく時間がかかった。


 そして、ある時に変化が消えた。成長が止まった。


 人より時間もかかり、ようやく得たもの。だがそれも人より少し良くなった程度にしかならなかった。




───それが、今、報われたのだ。




「…あ…れ……?おかしいな…涙が勝手に……」




 もう俺の心のダムはその事実に決壊していた。止まらない、止めなくていい、止める必要が無い。


 無駄だと言われた、無駄だと思ってしまった、無駄じゃなかった。


 ここにあるのは確かな結果。歯を食いしばって耐えたあの日々、頭が可笑しくなりそうなあの日々、時間感覚さえ失いかけたあの日々、それらは全て───無駄では無い。




「ふにゅー」




 気付けばシラタマが足元にすり寄って手のようなものでぺしぺしと叩いていた。


 何となく…自分を励ましているような…そんな気がした。




「シラタマ…」



  頰を伝ったものが顎から零れ落ち、己の身体にぶつかるのも物ともせずにシラタマは俺によじ登って来る。


 腕まで上がって来たシラタマを俺はそっと抱きしめた。




「にゅー?ふにゅー?」




 痛いの?大丈夫ー?とでも言ってるかのようだった。


 コイツはほんとに無邪気だな。でもその無邪気な心に今は甘えよう。




「ありがとうな、シラタマ」




 身体が大きくなってより小さくなって見えたシラタマが、今はとても大きく感じた。








「落ち着いたかいカナタ。ほら、タオルだ。コーヒーでも飲むと良い」




 コト、とコップの音が心地よい。


 アルから渡されたタオルで顔を拭くと、ぐいとコーヒーを勢いよく飲み干した。




「悪いなアル。情けねー所を見せちまったわ」




「気にしなくていい。私もその気持ちは良く分かる」




 カラカラとアルは俺の言葉に微笑んだ。そうか、アルも【経験者】だったのか。


 今のアルからは想像も出来ないが、長寿の種族ならそういう事もあったのだろう。


 今、この時には聞かないでおこう、来るべき時が来ればアルから教えてくれる筈だ。




「落ち着いた所で腕試しをして見ないか?」




「腕試しぃ?まぁ、今の身体でどのくらい動けるかは知りたいけどよ……そんな場所ここにあるのか?」




 この場所を詳しく知らない俺はそう言うしか無かった。


 あの洞窟がどう繋がって、この研究所がどれほどの規模で、それ等があるこの【場所】が何なのかさえも。




「あるともさ。説明するより見る方が早いだろう、着いてきてくれ。先ずは服を変えないとね」




「確かに」




 そうだった。今現在の俺の服装は動き易いとは言えない程に筋肉でギチギチだった。こんなんで動いたら……確実に破れる。


 お気に入りでもあり、前の世界の思い出の品でもあるこの灰色のツナギを破るのは俺としても嫌だった。


 すっくと立ち上がって部屋を出るアルに続いて俺も続くとしよう。




「行くぞシラタマ」




「ふにゅっ!」




 はーいと、手のようなものを挙げてソファーに居たシラタマがほよんと頭に乗っかってくる。


 体格が変わってもそのふわふわな身体は相変わらず心地よかった。




────────────

カナタ


「……気ぃ抜いたらまた涙出そう。おう、ぺちぺちと叩(はた)くなシラタマ、大丈夫だ」



シラタマ


「にゅにゅにゅにゅにゅにゅ」



アル


「私にもそんな事があったねぇ…いや懐かしい」

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