名無しの権兵衛

「泥棒の弱点って知ってる?」

「え? 何ですか、佐藤さん。藪から棒に」

「いや、だから泥棒の弱点」

「うーん。まあ、色々あるんじゃないですかね」

「私が思うにね。身体からだがあるってことなんじゃないかなと」

「ふうむ」

「だってさ。結局のところ泥棒も身体があるから捕まってしまう訳で」

「でも、身体がないってことは物を盗むこともできないんじゃないですか?」

「だから、そこはね。物じゃないものを盗めばいいんじゃないかなと思って」

「あー」

「たとえば情報とかね」

「それはそれで、何か痕跡が残りそうな気はしますけど」

「うん。まあ、痕跡が残ったとしても身体がなければ捕まえようがない」

「ふうん。夭折した天才プログラマの残したコンピュータウイルスが国家機密を盗み出すみたいな奴ですかね」

「なかなか鋭いな。ちょうど、そんなプログラムを最近開発したところなんだ。君も産業スパイなら手に入れたい情報があるんじゃないかな?」

「——それで思い出したんですけど、名無しの権兵衛って」

「うん?」

「指名手配できないですよね」

「ふむ」

「誰がやったかは分かってるんですけど、それが誰か言葉で特定できないみたいな」

「うーん。なるほど。それはそれで強そうだな」

「でしょ。伝わってよかったです。そういうのも面白いんじゃないかなあと思うんですよね。——ところで、佐藤さん。このSDカード見覚えないですか?」

「!」

「そう。あなたの開発したプログラムです」

「待ってくれ。それをどうする気だ。それは——」

「佐藤さん、私の名前ってご存知です?」

「いや、それは、だって、その」

「ふふふ。名無しの権兵衛ってことにしておいてください」

権兵衛さんがミーティングから退出しました。

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