第3話挨拶

「……外大丈夫ですか?」


「ん〜ハティは心配症だな〜ハティが一緒だから大丈夫だって〜」


「そうですか、なら良かったです」


 愛するスコルの外恐怖症を心配しつつ、重そうな荷物を背負い鉄の森ヤルンヴィドを下る。


 双子が歩く獣人の森ミュルクヴィズ鉄の森ヤルンヴィドを含む壮大な森。ユグドラシルーー世界、大陸、宇宙、時には世界樹。それら全てはユグドラシルであり、ユグドラシルではない不思議な土地名であるーーの一角にある大きな森で、特別な許可がない限り獣人しか立ち寄ることはできず住むこともできない。


 またこういう種族専用の土地は様々ある。


 例えばこの獣人の森ミュルクヴィズから二百キロ離れた荒野の地下にある、地下の街スヴァルトアルヴヘイムや火山地帯にある龍国ムスペルヘイムがそうだ。


「お、狼姉妹じゃないか。そんな大荷物を持ってここまで降りてきてどうした……って、スコル外に出て大丈夫なのかい?」


「ハティと一緒だから大丈夫だよ〜?」


「あ、それとですね――」


 少女達が最初に訪れたのは万屋。基本的に何から何まで揃う店でライラプスと呼ばれる店主ーー薄茶のボブショートに、特徴的な肉厚でもふもふな犬の垂れ耳、そして透き通った茶の瞳を持ち、ラフな格好をしているーーは旅商人をしている。それ故か珍しい品もある獣人の森ミュルクヴィズ一番の店だ。


 また親を亡くした少女達を世話していた本人でもある。しかし昼時には彼女は人狼の家にはいなく、自らの仕事をしている。だからこそこうして仕事場まで少女達は訪ねたのである。


 そして旅に出るため事情を話すと。


「――なるほどね。事情はわかったけど、行かせないって言ったらどうする?」


「振り払ってでも行きます」


「はぁ……流石あいつの子だな……んじゃそうと決まれば!」


 やはり旅のついでに人の街ミズガルズに行くと言うと、血相を変え少しイタズラを仕掛けてくる。それに返ってくる返事なんてライラプスはわかっていた。


 フェンリルに頑固な部分があり、血を引き継いでるなら、絶対に曲げないだろうと予想してたのだ。


 それにハティ、スコルの母親、フェンリルは口癖のように、


 ーー人を憎むな

 ーー人を恨むな

 ーー人を殺すな


 と口煩く言っていた。


 だからこそ双子は大丈夫だと信じ、無理に止める必要はないと判断したのだ。しかし義母として心配にもなるため、万が一を考え店の奥から小さなナイフを二人分取り出してきた。


「護身用だ!あんたらに何かあったらあいつに合わせる顔ないしな」


「ありがとうございます!」


「ありがと~……ヘボいナイフだなぁ~」


「おい、うちの物になんか言ったか?」


「なんも言ってないよ~」


 ボソリと護身用として渡されたナイフに文句を言うが、けろっとして誤魔化す。なにせ旅商人から物を“無料”で貰えるのは有難く、受け取らなければ失礼に当たる。最悪機嫌を損ねて有料にされる可能性があるためだ。


 しかし文句を言うのも無理はない。受け取ったナイフの刃は欠け、所々錆も見て取れたからだ。よくまあこれで護身用と言えたものだ。


「で、見たところ挨拶しに回ってんだろう?ここで時間潰してないでさっさと行きな」


 その言葉を聞き「今までお世話になりました」とハティは律儀に、「それじゃね~」とスコルは軽い挨拶をすると、踵を返し万屋を後にする。


 バタンと店の扉を閉められたあと、ふぅと一息つき、カウンターの中に隠していた一つの本を手に取ると。


「まさかあんたと同じ道を選ぶなんてね。……フェンリル。天から自分の娘達を見守んなさいよ……さーて私もそろそろ次の場所に行かないとなぁ」


 と涙を浮かばせつつ一人呟くのだった。


 ーーそれから数分経った頃、ハティ達はもう一つの店へと足を踏み入れていた。


 肉や野菜などが炒められ香ばしい匂いが漂う店、つまり飲食店とも言えるが、ここは弁当を作る専門の店、弁当屋だ。


 そんな店のカウンターには暇なのか、仕事中なのにも関わらず眠りについている一人の獣人がいた。


 獣人は薄い水色の髪を持ち、頭には獣人特有の耳が生えている。しかし少女達やライラプスとは違い、薄くピンと立った耳は猫を想像させる耳だった。いや、想像というより本当に猫の耳だ。それの裏付けに、背後にはヒョロリとした細長い尻尾がゆっくりと揺れている。


「シーさんこんにちは」


「……はっ!ね、寝てないわよ!……ってあら?狼姉妹じゃない、久しぶりね。なんかよう?」


「あ、えーとそれがですね――」


 寝ている所を起こされた一人の獣人は、顔を上げた瞬間寝ぼけてのことなのか、はたまた仕事をサボっていると知られてしまうからか、寝てないと言い訳を付く。しかし双子の顔を見た途端、ほっとした表情を見せると、まるで上から目線の様な話し方に変わり、少女達との会話が弾み始めていた。


「――ふ、ふーん。ま、私からしたら?あなた達がいなくなるのはとても嬉しいことだけどね!てか冷やかしはごめんよ!挨拶程度で来たんならさっさと出ていきなさい!あなた達がいると商売できないわ!」


「そんなこと言って~暇だからもうちょっと話がしたいんじゃないの~?寝てたし~」


「したくないわよ!ってか寝てないから!?それに……」

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