第1話業火と幼き少女達

 時は遡り、双子がまだ幼い日のある日。


 パキッパチ、パチパチ!と、遠くから木が業火に包まれ弾ける音が響き、木が燃えた際に出る暗い煙と、焦げた匂いが充満し始めた頃、


 ーータッタッタッ


 と一つの、いや二つの足音が聞こえてきた。


 二つの足音はとても早く走り、どこかに向かっているのがわかる。否、どこかではない。二つの足音が向かう先は、木が業火に包まれ、弾ける音がする場所。


 程なくして二つの足音が止まった場所はとある街の広場。そこには老若男女が、それも目立つ服を着た富豪や、ボロく質素な服を着た貧乏人、それらに属すことのない平民などが止まることのない会話をしている。だが会話の内容は聞き取れたものでは無い。それ程までに人が集っているのだから。


 何故ここに集まっているか、それはその場に居る人の目線を辿れば答えが見える。


 先には大木で十字架を作り、その中心に人――いや、人ではない。頭に生えたぴんと立っている肉厚でふさっとした大きな耳。されどもぶらりとだらしなく垂れ下がった大きな尻尾。その二つが人ではないと決めつけている。


 そんな人ではない者が十字架の中心に括りつけられ、今まさに大木の十字架が一人の銀の鎧を纏う者によって燃やされていた。


 括りつけられた人ではない者は、乱暴に短く切られた灰色の髪にふっくらとした胸部を持っており、どこからどう見ても女性。けれどもここまで来るにあたり、暴力を喰らっていたのか、綺麗な顔に痣が目立ち、ぐったりとした姿のまま括られている。まさに処刑の瞬間。一体彼女は何をしたというのか。


 ふと括られた彼女は何かに気づいたのか前を見ると、辛いのにも関わらずニコッと微笑んでみせた。その微笑みの先には先程の二つの足音を奏でていた二人。その者に向かって微笑んでいたのだ。


 ーーパキ、バキバキ!


 刹那、火の手が上がり、彼女を括りつけている油を含んだ大木が、これでもかと大きく悲鳴をあげる。


 その直後。大きな声が響く。


「お母さん!死なないでっ!」


 足音を奏でていた二人のうち一人、幼きハティが大きく息を吸って大きく言葉を吐き出した。だが虚しくも大木の悲鳴じみた燃える音と、周りの人達の声等にかき消され、その声は届く事は無い。


 されども二人の声と涙を他所に、火の手はぐんと手を伸ばすと、あっという間に括りつけられている彼女を、紅に燃える炎で飲み込んだ。


 途端、炎の熱さで大きな悲鳴を上げる。まだ死ぬ訳には行かないと、まだやり残したことはあるんだと、そんな想いが乗っているような悲鳴が、しばらくの間人の街に木霊し続け、声が出せなかったスコルと、ハティの二人の耳に残る。


 それから数分の時が経つ。処刑は終わり、目の前にあるのは燃え尽きた木と、煤けた骨。目を離そうとしても目の前にある骨が実の母のだと思うと、不思議と目は逸らせない。


 しかし人達は皆、二人のことは気にせずせっせと燃え尽きた黒灰と骨を撤去し始め、傍観者は皆、何事も無かったかのように日常生活を送り始めていた。されども少女達はこの処刑を行った人々を憎むことなく、疎むことなく、そして恨むことなく静かに涙を流す他なかった。


 それが目の前で死んでいった母親の教えだから。


「私達も……帰ろ……?」


 涙が収まる頃、ハティが静かに泣いているスコルの手を優しく掴み、最初に来た時とは裏腹に、ゆっくり……ゆっくりと少女達が住む鉄の森ヤルンヴィドへと帰って行った。


――以降、念の為にと二人は親の知り合いに協力してもらいながら、二人は共に過ごしてゆく……

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