第20話 わからないことと気づき
夕立後のアスファルトの匂いがする。
涙を落とし切った後に感情の起伏が収まるように、解放された静かな夜空を見上げた。
そして、自分が地面に寝ていることに気づいて、まだ熱がこもっているアスファルトを押し返した。
いつ間にか、自宅近くの川沿いにいた。水の音が、幾ばくかの涼しさを運んできている。
「おはよう。過ごしやすい時間を待ちすぎて、日が暮れちゃったよ。・・・気分はどう?」
「最悪だ」
「勝手に行っちゃうんだもん。まぁ、ちょっと説明が必要だよね。ちょっと待ってて」
やっぱりおまえだったのかよ、希依夏。姿は暗くて見えないけど、声の雰囲気でわかる。
街灯は無く、歩く人もいない。
車が遠くを走っていてヘッドライトの光は行き先を照らすが、こちらまで届くことは無かった。
「おめめの確認しまーす」
「お?うわ!」
ペンライトで右目を照らされる。あまりにも眩しいのでびっくりした。あまりにも至近距離すぎる一撃に、俺は更なる暗闇を視界に残す。
「異常なし、だねえ」
「目がどうかしたのか?」
「見たんでしょ?お姉ちゃんの泣くところ」
あ、うん。見たっていうか、泣かせたというか・・・。
さっきの場所、箱根に飛ばされる前に、俺は夢花と話をしていただけなのだ。
最近、目に見えて元気が無かったから、どうしたもんかと本人に聞いてみた。
あいつの目を見た瞬間、光に吸い込まれるような気持ち悪い感触とともに、意味のわからない場所に行っていたのだが・・・。
「夢花と一緒にいたはずなんだけど・・・。あいつは?」
「嫌われたから会いたくないってさ」
「また勝手な」
「怖く無かったの?あっちの世界」
「やけに暑かったな。でも、なんとかなる気がした」
「それはどうして?」
「親父にキャンプとかサバイバル術を教えてもらってたから、ちょっと試したい気持ちはあった。でも、やっぱり準備が大切なのを知ったわ。一から何か作るって意外と難しいんだな。今思えば使えそうなものはたくさんあったのに、何もできなかった」
「思ったより。怖がってないね」
「怖いさ。独りは怖い。おまえがいて良かったよ、希依夏」
「お姉ちゃんが泣くとね、あっちの世界に飛ばされちゃうの」
なんだよそれ。どういう仕組みなんだ?でも、実際行ってたしなあ。
「誰でも飛べるのか?」
「ううん。わたしだけ、だよ?」
「じゃあ何で。何で俺は飛ばされたんだ?」
「し~らんぺったんご~り~ら!」
「何?」
「わかりません。なぜか湊兄だけ行けます。良かったね?」
「おまえ、ほんとはわかってないか?」
暗闇だからこいつが何考えているのかよくわからない。ペンライトでできた黒い視界は直ったが、それでも鳥目の俺は希依夏の表情が見えなかった。
「さあ?わたしのおかげで戻って来れて良かったじゃん」
「おまえは、どうやって?」
どうやってあの世界に行って、どうやって俺と帰ってきた?
「暗くて良かった。今、見られたらなんか嫌だな」
いつもより少ししんみりとした声。
希依夏の声はいつもの楽しそうな声ではなく、少し大人しめなように思えた。
「なあ」
「ん?」
「夢花に言っておいてくれ。俺は別に怒ってないって。むしろ楽しかったからって」
「わかった。言っとくね」
泣かない幼馴染と泣き虫な俺 とろにか @adgjmp2010
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