第17話 夕飯と予定


――――――うちの食卓が、狭い。


3人暮らしなので、うちのテーブルは4人座るようにはできていない。


台所も狭くてもいいんじゃないかと俺は思うが、この家を買った時、母親がめっちゃごねたらしい。なんでも、台所が狭いと料理を作る気にならないとか。そういうものなんだろうか?別に最低限ガス台と流し台さえあれば事足りる気がする。


「うちは3人家族だから窮屈でごめんな」


香る豪勢な夕食の匂いに腹が鳴りそうな俺はすぐにでも食べ始めたくて、適当に、というか順当な席割を勝手に決めていた。


テーブルの壁側にグラスの棚を設置したせいで、二人座れるところを一人しか座れないようになっている。だから今日の俺はいつもの親父の対面の席ではなく、通路側に椅子を設置して座らなければならない。


「ミナ、そこでいいの?」


「お母さんがいつもの親父の席に座って・・・ってえ?」


「恨みっこ無し。じゃんけん大会!!」


「・・・お姉ちゃんに譲るよ?」


なんで姉妹が席決め始めてるんですかね?どこでも良くね?


「希依夏、さりげなくアピールしててそれは・・・お姉ちゃんも困っちゃうよ」


希依夏は乗り気じゃないみたいだが、夢花はどうしてもじゃんけんしたいらしい。


え?もしかして姉妹揃って端っこ恐怖症とか?いや、そんな症状聞いたことない。


「・・・お姉ちゃん、早く食べよう?料理が冷めちゃう」


「じゃんけんぽん!」


全くやる気の無い妹に姉はチョキを出した。微動だにしない希依夏はグーの手。結果、夢花の負けだ。


「じゃあ、希依夏は湊大の隣で」


「・・・なんで?」


「はい、ハンカチ。湊大の隣は重要だよ」


「・・・ばか・・・」


家なのに俺用のハンカチを出す夢花。一緒の食事の時は必ずハンカチを出してくるから、癖になっているに違いない。


そういえば、希依夏にはハンカチなんて買ってなかった。まあ、なんか俺の症状を診てくれって押し付けてるみたいで気が引けるんだよな。


希依夏はテーブルの上のピンクのハンカチを、困ったような顔をして見つめていた。珍しく表情がはっきりしていたので、俺はその様子を見つめてしまっていた。




ーーーーーー


食事が始まれば、俺は会話も忘れて夢中になって食べてしまう。会話を忘れるくらい、今日の夕飯は美味しい。


俺が肉じゃがを一通り平らげた後、なぜ俺の隣にこいつが、希依夏が座ったのかがわかった。嫌いな食べ物が俺にひょいひょいと流れてきていたのだ。


俺の空だった皿は、いつの間にかにんじん受け皿に早変わりしている。


希依夏がにんじんを俺の皿に乗せていく動きが速すぎる。一切の無駄のない動きに、俺は文句を言うのを忘れてしまっていた。


「容赦ないな・・・少しは食えよ」


「・・・ポテトサラダ上手くいって良かった」


「まさかポテトサラダの中のにんじんまで俺に来るのか?」


「・・・そこまではしない。がんばる」


ふと思ったけど今日の夕飯、俺の好物しか無いような・・・。


「豚の角煮って20分でできるんだな」


「圧力鍋ですからねー。お味はいかが?」


「めっちゃ美味いっす」


母親は無水調理のカレーでしか圧力鍋を使えていないから、わが家に角煮という新しいレパートリーが増えたことでテンションが上がる。だが、なぜか母親はいつも、夢花が作った料理を真似して作るのに乗り気ではない。


「美味しいわね。ゆめちゃんに負けちゃいそうだから同じ料理を作る気になれないわ」


「ありがとうございます!鍋任せなので簡単ですよ?」


「そうね。でもいいの。ミナは望んで無いみたいだし」


そんなこと言ってねーと心の中で反発しながらも、夢花が嬉しそうな顔をしているのでそれを口に出すことができなかった。


口の中でとろける柔らかい角煮と、親父が酒つまみで好きそうな味付けのポテトサラダ。


あれ?そういや、親父は?


「お父さんは今日遅いのか?」


「この姉妹に気を遣って、今日は車中泊よ?」


うわぁ。まんまその通りなんだろうが、その言い方だとこいつらが黙っちゃいないだろう。


「そ、そんな!悪いです!」


「・・・すぐに帰還させるべき」


「大丈夫。うちの車、2人分ぐらいの悠々と眠れるスペースがあるから。あと、あの人1人キャンプ好きだし気にしないで」


明日山に行くっていうから、親父の車にあるサバイバルセット持って行きたかったんだけどな。


まぁ、そんな険しい山行くはず無いし大丈夫だろうけど。


「明日どこ行くか聞いて無かったな。結局、どこ行くんだ?」


「箱根の温泉街だよ」


「地味に遠いな」


「今はまだ寒く無いからお客さんもいないだろうし、ゆっくりしようよ」


あれ?キャンプしたいって言ってなかったっけ?


「・・・バス旅と温泉」


希依夏は俺がキャンプをしたがっているのを見透かしたように、念押ししてくる。


家族以外の誰かとキャンプしたことないから、ちょっとやってみたくなった。

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