第12話 空気に敏感なふたり


階段を降りて、目の前の扉を開けて居間に戻ると、夢花の顔が最初に見える。


なぜだか、俺の様子を伺ってる感じだった。


「どうした?」


「ううん、希依夏が寂しそうな顔してたから、何かあったのかなって・・・」


「ミナ、きいかちゃんを泣かせるようかことしてないでしょうね?」


「ああ、うん」


こいつは泣かねーよなんて言いそうになった口を閉じたら、なんとも歯切れの悪い返事になってしまった。


希依夏は、何回見ても変わらない表情。俺から見ても、寂しそうには見えない。


と、ここで夢花が何か察したような顔になり、喋り始める。


「この家に中学2年までは泊まってたんだけどな。3年経つと変わるね」


「そうか?あんまり変わらないと思うんだけど」


「昔は大雑把に覚えてたよね。遊ぶ場所と洗面所とトイレさえ覚えれば良かったし」


「小学生みたいなこと言うなよ」


「そういえば、お風呂を工事して湯船を広くしたのよ?見ていく?」


「・・・あひるさんまだいる?」


「だから小学生かっての」


「じゃあ、ちょっと見てきていいですか?希依夏も行こうよ」


「・・・あひるさん買わなきゃ」


居間からいなくなる草野姉妹。それを見届けて、母親がこちらを向いた。


「何を悩んでいるのかは知らないけど、もし昔のことでぐちぐち言いたいのなら、聞くわよ?」


「なんだよ急に」


「さっきとあんたの顔が違うから、心配してるのよ。あの2人に気を遣わせるのはやめなさい?」


「ああ、やめるよ。この症状が治ったら、誰にも迷惑かけないように生きるから」


「馬鹿がなんか言ってるわね。一度引っ叩いた方がいい?」


「お母さん、その必要はない」


「本当かしら?」


母親は本気で俺を叩こうとしている目だった。だけど、俺も引き下がりたくない。昔、俺が荒れていたのを母親も知っているのに。


俺は幼馴染を立場なのに。


「困ったわね。人の気持ちを踏みにじる子に育てた覚えは無いのだけれど」


「俺には誰にもいらない。だから―――」


「すごいねー!2人分悠々入れるお風呂っていいよね?」


「・・・あの広さなら、小学生の時に泳げるかも」


ふう、と溜息をついて、何事も無かったかのように取り繕う俺。


楽しそうな会話をしている姉妹が戻ってきて、母親のキツい怒りの顔が一瞬で元に戻ったのを見て、一応安堵した。


もう、こいつらに悲しい顔をさせたくないから、俺に構わないでくれればいいのに。


「じゃあ、今日泊まっていく?」


え?あ?


「お母さん!?何言って・・・」


「いいんですか!?」


夢花が食い気味に顔を母親に近づけて目をキラキラさせている。


待ってくれ。落ち着いてくれ。なんでそんなこと言うんだよ。


「あなた、乗り気じゃないわね?」


「そりゃそうだよ。何のために泊まるんだ?」


「あんたが旅行をぶち壊さないか心配だから、予行練習しなきゃ」


ぶち壊すってなんだよ。無難に過ぎれば良いとは思ってるよ。俺はこいつらと楽しく過ごす権利なんてないんだ。わざわざ2泊3日で過ごす意味はあるのか?


母親は俺の涙の治療のために一緒にいろと言うのだろう。四六時中夢花の顔を眺めていても、治らないのはわかっているはずなのに。


「治療のためか?急がず少しずつやろうっていう方針だったじゃないか」


「・・・治療のためと言わないと、湊兄は誘いに乗らない」


「当たり前だ。俺が迷惑をかけるのが嫌なんだ。おまえたちだって、たまには俺じゃ無い誰かと遊びたくないのか?」


「えー・・・仁也くん呼びたいの?そういう話?」


「いや、違う。幼馴染の域を超えてるって話だよ」


「ダメなの?超えちゃいけないの?なんで?」


「なんでって言われても・・・」


夢花と希依夏はシンクロしたようにコテンと右に首を傾けていた。


「・・・無理」


「え?何がだよ」


「・・・湊兄がきーかたちを突き放そうとすればするほど、くっつきたくなる」


「湊大はさ、難しいこと考えすぎだよ。もっと楽にしていいんだよ?」


夢花が困ったような顔をして言う。


対する俺は夢花の表情を気にしすぎて、夢花の質問を聞き流してしまった。


「・・・湊兄、大丈夫。泣くことは練習。泣かないのも、練習」


「え?本番は?」


「いつか、本気で湊大が心の底から泣ける日が来るまで、わたしたちは諦めないよ?」


夢花が、決意堅しといった感じに神妙な面持ちで俺を見てくる。


隣で見ていた母親が吹き出した。


「プッ。あはははっ、ミナぁ。いい加減に折れなよ。この2人には敵わないよ?」


母親に対して精一杯睨みつけてやったのだが、どうやら効果は無いらしい。女性陣3人と男1名の戦いじゃあ、男が口で負けるに決まってるんだ。


「はいはい。じゃあいいですよー。今日から俺は何の治療のプログラムですか?もう大方終わったんだろう?」


「ふっふーん。実はまだ、終わってない治療が一杯あるんだよ?」


「・・・湊兄はきっと耐え切れない」


「はい?俺が根をあげそうな治療ってなんだ?」


「楽しみにしててねー。あ、一回うちに来て荷物持ってくれない?2日分の荷物だと結構な量になるし」


「今日泊まったら明日一旦家に帰ればいいだろ?」


「・・・それは無し。つまらない」


なんだよ。もう、いいや。勝手にしてくれ。


母親は鼻歌混じりに台所に向かうし、夢花は楽しそうだし、希依夏は拳を握りしめている。ガッツポーズのつもりか?


1人だけ、俺がムスッとしてるのも感じ悪いから、前向きに付き合ってやるよ。治療とやらにな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る