第11話 治療は誰のために
「こんにちは!お邪魔します」
「・・・お邪魔します」
17時前に草野姉妹が家に来た。2人とも制服姿だった。玄関に出迎えた俺をスッと通り過ぎるようにして、希依夏は2階に行こうとする。
「おい、居間に来いよ」
「・・・じーーー」
「な、なんだよ」
「・・・2階にいる」
え?俺の部屋で話すのか?
「希依夏?ちゃんとして?」
なんか夢花から圧を感じる。仲良いんだよな?喧嘩して無いんだよな?
「・・・きーかの診察室は、湊兄の部屋」
「今日は休診でいいんじゃないか?」
「・・・大赤字」
赤字も何も俺しか患者いないし、金など払ってない。
「おばさんいるんでしょ?失礼だから勝手なことしないで」
「・・・いつもこうしてる」
「希依夏?いい加減に・・・」
「ちょっとストップ!すとおおおっぷ!!」
俺は両手を広げて姉妹の間に立った。姉妹両方に首を振って表情を確認。
うん、夢花のほうが表情がやゔぁいからこっち優先で!
「ゆめ、それでどうだった?許可降りたのか?」
「うん、許可もらったよ。でも、ボロボロになって帰ってくるのはやめてねって言われた。どういう意味かな?」
「何?なんかと戦うの?旅館に行くだけだよな?」
「あ、ごめんね。おばさんに話しなきゃ」
夢花は俺の質問をスルー。希依夏は勝手に2階に行きやがった。なにこれどうしよう。
希依夏、今日も俺の診察をするつもりか?部屋で俺を待ってるのか?
いやでもさ、さっきの夢花の顔は怒ってたぞ?とりあえずピリピリしてるほうを優先だ。
俺はとりあえず夢花と居間に入ることにした。
「おばさん、こんにちは。湊大から話聞いてましたか?」
「こんにちは、ゆめちゃん。聞いたわよ。お泊まりお泊まりってミナったら張り切っちゃってぇ」
「どこが張り切ってたんだよ。止めてくれって言ったよな?」
「お金渡した時は喜んでたくせに。あ、ジュース飲む?」
「はい、いただきます」
「そういえば、きいかちゃんは?」
「なんかいつものムーブで2階に行った」
「行ってあげないの?」
「いやでもさぁ・・・」
チラッと夢花の顔を見る。いつのまにか外行きの顔でニコニコしてる夢花を見てゾッとした。
「湊大、いつものルーティンなんでしょ?行ってあげたら?」
ひぃぃぃ。目が笑ってねぇ!めっちゃ怖いですよ夢花さん!?
「じゃ、じゃあ、ちょっと呼んでくるわ」
「いいの?ゆめちゃんはついて行かなくて」
「んー、今はいいかなー。おばさん、実はわたし、旅館探してたらどうしても行きたいところがあって・・・」
なんかパンフレット広げ始めた夢花さん。俺からしたら夢花のやること成すことが超絶不自然だが、さっさと希依夏のところに行けということだろうな。
しょうがない。人の部屋に立て篭ってるあいつを追い出すとしますかね。
ーーーーーー
部屋の扉を開けると真正面に俺のベッドがあるのだが、希依夏はそのベッドの上に座って本を読んでいた。
タイトルを読むと『近視と乱視の同時療法』と書いてある。
「なんだよ。そんな難しそうな本読んでさ。希依夏って目が悪かったっけ?」
「・・・最近眼鏡からコンタクトレンズにする子が増えてきたから、読んでる」
「おもしろい?」
「・・・まあまあ」
なんだよ。読書がしたかったなら言えよ。つーか、また本買ってきたんだな。で、その本もまた俺の部屋に置くと。
俺の部屋が眼科の本棚よりも充実してしまっている。専門書が多くて、困る。しかも涙に関係無いし、内容が著しく脱線する本が多い。
「あ、また増えてる。え?『弱視でもできる星の観察?』」
「・・・湊兄の眼に何かあっても、一緒に楽しいことしたいから」
じっ、と俺の顔を見る希依夏。相変わらず無表情で、こいつが今どんな気持ちで喋ったのかが推し量れない。
「泣きすぎて失明するってか?大袈裟だろ」
「・・・可能性はゼロじゃない。だから、知識はいれておく」
「ご苦労様様だな。役に立つかわからないのに」
「涙で顔が見えないのは、辛いはず」
「ん?確かに泣いてる時は世界がぼやけて見えるというか、まぁ水の中にいる感じになるわな。光だけ見えてるというか」
「・・・涙は目の浄化作用を担う。でもやり過ぎは毒になる。泣いて目が充血するというのは、負担になっている証拠」
「初耳だわ。泣くことは体にいい、心にもいいって眼科の先生言ってたし」
「その人は藪医者」
「おまえだよ、おまえ」
「・・・泣きたくないのに泣くのは心にも良くない」
「泣けないおまえが言うか?」
反射的に、口に出てしまった。こいつは医者の真似事をして何をしたいんだろう?
いや、待て。まずは俺の心情を整理しよう。
また、泣かせたくなってしまった。
俺は、こいつら姉妹が全く泣けなくなったのを知っている。俺の涙が止まらなくなったのとほぼ同時に、こいつらは一滴の涙も流さなくなった。
だから、俺もこいつらをわざと泣かせようとする時期があった。中二から1年間くらいは、自分の症状の腹いせにこいつらに当たったんだ。
だが、全く泣かない。こいつらは病気ではないから、目にごみが入れば涙は出す。それは当たり前のことだ。ただ一点違うのは、感情を起因として泣かなくなったこと。
どうしてそうなったかはわからない。夢花はコロコロと表情が変わって感情豊かだし、希依夏は飼ってた猫が死んだ時に、涙を流していたのを俺は覚えている。
俺の悪い癖が、出てしまった。こいつはこんなに俺のために良くしてくれているのに。
「・・・辛くなったの?」
「あ、いや、そんなんじゃなくてさ、すまん」
「いいよ。湊兄からしたら、きーかたちは羨ましいだろうから」
そう言ってパタンと本を閉じて立ち上がる希依夏。
「・・・昔みたいに、当たってもいい。きーかは、それでも、湊兄を嫌ったりしない」
部屋を出て行く希依夏。
昔にこいつらにやってしまったことを思い出して、それでもそばにいてくれることがどれだけ俺の心を軽くしているのかを、また知った。
嫌われても、見放されても仕方ないほど荒れていた。だから、今こうして幼馴染と一緒に過ごせているのは奇跡なのである。
幼馴染姉妹が耐えた、と言ったほうが早いか。
そんな過去を持つ俺が、モテ期が来たと勘違いをしたらしい。
どっちを選ぶ?馬鹿馬鹿しい。
さっさと俺のこの症状を克服して、こいつらとさよならしよう。
それが俺にできる唯一のことだから。
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