第9話 ノリノリで決まる
放課後、夢花の席に行くと、すっかりと笑顔を取り戻している様子だった。鴫原が面倒くさそうに俺の腕を引っ張る。
「今日は手を繋いで帰りなさい」
「は?なんで?」
「つ・な・い・で!帰りなさい」
俺の質問の答えはくれないつもりらしい。
パッと手を離されて、鴫原は教室を出てしまった。あいつ陸上部だからな。忙しそうだ。
「湊大、手を繋いでも、いい?」
「あ、ああ。ちょっと待って。繋ぐからさ。恥ずかしいから学校出てからでもいいか?」
「うん。ありがとね」
そう言って満面の笑みを浮かべる夢花。こいつが嬉しそうで良かったと思えるのだが、手を繋ぐのは幼馴染の領域を超えそうな気がする。
ふと、横から声が聞こえた。
「昼間は悪かったよ。好きなだけイチャイチャしなね」
「仁也さー、煽るなよ」
「君が一体どうしたいのかわからないけど、早く付き合っちゃえば?」
まーた、答えにくそうな質問を・・・
なんだよこいつ。俺のこといじめたいのか?
とりあえず、今はこうだな。
「可愛い幼馴染を独り占めできるのは俺の特権だからな」
「うーん。自分で言ってて恥ずかしくならないのかい?」
「うるせぇよ」
とりあえずこれ以上喋らないでほしい。今日の仁也は危険な話題しか振ってこない気がする。
隣で俺らの話を聞いていた夢花は俺の恥ずかしいセリフに赤面するわけでもなく、仁也に対して苦笑いをしている。
「仁也くん。全然反省してないよね?仁也くんが涙フェチだって女子に嘘言っちゃうよ?」
「それは・・・やめて欲しいな」
「随分と肩を持つようだけど、わたしだって負けないから」
えっと・・・何の話をしているんだ?
「負けないって、誰に?」
「こっちの話だよ。帰ろっ、湊大」
昼間に何か話したんだろうな。気になる・・・でもなんか今の夢花には言い出せない。
「じゃあな、また月曜に」
「うん、また来週」
ーーーーーー
昇降口を出てぴょんっと俺の前に立った夢花が左手を出してくる。
「お願いします!」
「手を繋ぐの好きだったっけ?」
「ううん。ただ繋ぎたい気分なの」
気分か、気分ね。そういえば、秋の空は女の子の心情のように変わりやすいと聞く。まだ9月で爽やかな快晴だけど、これから変わりやすい天気にだんだんなるのだろうか。
「夏も終わったし、手汗の心配をしなくてもいいな」
俺は左手で夢花の右手を取る。男女の手繋ぎはこうするもんだと仁也が言っていた気がする。
「なんか、久しぶりに手を握った気がします」
「なんで畏ってるのですか夢花さん」
「緊張してるのかも」
「じゃあ手を離そうか?」
「それは無しでー」
無しですか。周りからの視線がかなり自分達に注がれている。こいつは、そんなこと気にしないだろうけど。
「ねぇ、どこか旅行に行きたいです」
「土日の話?えっ、バイトは?」
「明日と明後日はシフト外してもらってるんだ。だから空いてるの」
「珍しい。じゃあ、どっか行くか。行きたいところあるのか?」
「えっと・・・山?」
「山」
「あっ、やっぱり今の無しで」
慌てて案を引っ込めてしまう夢花を見て、俺はあることに気づく。
「山と言えば、俺ロープウェイに乗ったことないな」
「ロープウェイって、紅葉狩りとかの時に乗るやつだっけ?」
「そうそう。観覧車の横移動バージョン」
「か、か、か、観覧車!?」
急に夢花が慌て始める。顔が真っ赤だ。さっき可愛い幼馴染って言っても動じなかったくせに。
「み、湊大は、わたしと観覧車、乗りたいんだー?」
「いや、ゆめが山って言うからだろ?あとは山ならキャンプとかやってみたいわ」
「きゃ、キャンプ!?ふたりで?お泊まり?」
「泊まりは嫌だよ。熊に襲われそう」
「でもでも、キャンプもアリだよね」
横顔を覗くと、夢花はニコニコしていて楽しそうである。
「あー、わかったぞ。バイト仲間に山好きがいるんだな?それで山に行きたくなった、とか?」
「んー、まぁー、そんな感じ」
あ、これ絶対違うやつじゃん。適当に話を流す時に夢花が用いる常套句だ。まぁ、突っ込まないけどな。
「4月からバイトして大分お金が貯まったから、使い道を考えているの」
「そのまま貯蓄でいいと思うが」
「お金はわたしが出すから、旅館にお泊まりしない?」
は?ちょっと待て。こいつは何を言ってるんだ?
「お泊まりって、誰と?」
「湊大と」
「ふたりで?」
「ふたりで」
そう言って左腕に抱きついてくる夢花。
いや、ほんとに何があったんだよ。
抱きついてきて柔らかい感触が腕いっぱいに感じられて、頭が働かない。
「・・・ダメ?いつも泣かせちゃうお詫びをしたいんだけど」
「お詫びなんていらない。これは俺の問題だし」
「ふたりの問題、でしょう?」
俺の腕に顔を乗せてほっぺを膨らましている夢花さん。
待て待て。マジで待て。
泊まりはダメだろ泊まりは。
「それこそ、希依夏と行ってこいよ」
なんとなく、今日は希依夏が地雷だとわかっていても、踏み抜いてしまった俺。
友達と泊まるにしたってハードルが高いんだから、妹と行くのが手っ取り早いだろ。
夢花の反応をそれとなく伺っていると、何かを思いついたようにこいつは目を輝かせ始めた。
「3人でお泊まり!?その案、乗りましたっ!」
「ええーー!?」
「ふたりっきりだと親が心配するけど、希依夏がいればオッケーだよね?ね?」
「とりあえず泊まりから離れてくれよ」
「いーや。嫌。絶対泊まる。プチ修学旅行するのっ」
「そうじゃん。2月に修学旅行あるからそれまで待てないのか?」
「湊大はわたしのこと嫌いなんだ・・・」
「そんな話はしてない」
「とりあえず、今からおばさんに話してみようよ」
「ちょっと待てよ。お母さん勘違いしそうだから来んな!俺1人で話すから!」
「やったぁー!!じゃあ明日一泊してくるって言ってね?後でお邪魔しに行くから」
夢花の話に乗せられて、とんとん拍子に決まってしまった明日からの予定。
いや、お金は?
つーか、親がOKすると思えない。頼む、ダメって言って止めてくれ母ちゃん。
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