第8話 わだかまりは作らない方針


「ちょっと、いい?」


俺と仁也の会話に入ってきたのは、眼鏡ショートカットの女子だ。夢花の友達の鴫原瑠衣(しぎはらるい)という。


大方、夢花についての話だというのがわかっているので、俺は静かに目を閉じた。


「ちょっと、聞いてる?」


「すまんな。昼飯食べたら猛烈に眠くなった」


「立ったまま寝るんじゃないわよ」


明らかに不機嫌そうな声が聞こえたので、右目だけ開けてみた。どうやら、ご立腹の様子。鴫原は腰に手を当てて、右方向から俺を睨みつけてきていた。


「ゆめを突き放すなんて、どういうこと?」


「俺じゃねぇよ・・・」


そう、何もかも目の前でへらへらしている仁也くんが悪いのだが、そうも言っていられない。


夢花の対応ミスったかもしれない。二つくらい。


「あのね、ゆめが辛そうな顔をする時は決まってあなたのことなの。自覚あるでしょう?」


「まあな」


「だったら、ことが良いと思うんだけど?」


鴫原がジト目で視線を仁也に向ける。


だが、仁也はやれやれといった感じに両手を上げるだけで、完全にとぼけている感じである。


「仁也。やっぱりダメだとよ。おまえが出しゃばるのは、ゆめの精神衛生上悪そうだ」


「別にふたりの仲を引き裂こうとしてるわけじゃないよ」


「そう?不自然じゃない?誰かに頼まれてやったなら吐いてもらうけど」


鴫原が右手で握り拳を作って、自分の顔の前に構えた。


「不自然かな?僕は余計なことをしたとは思ってないよ。友人が泣いていたら助けるだろう?」


「はい、ダウト。女子に気を遣えるあなたが、ゆめの気持ちをわからないわけがない。よって有罪、ギルティーね」


パンッ。


鴫原が仁也の腹に向かってパンチした。だが、仁也はそれを難なく手のひらで受け止める。


「なるほど。今後の参考にさせてもらうよ」


「澄ました顔がムカつくわね。顔面殴って良いかしら?」


うーわ。攻撃を受け止められたのが気に入らなかったのか、鴫原がどす黒いオーラを纏い始める。


観念したのか、両手を合わせて頭を下げる仁也。


「わかった。ごめん。謝るよ」


「わたしと一緒に来て。ゆめに謝って。湊大くんはここにいて」


はぁ、なんなんだよ。つーかもう授業が始まりそうだ。


俺が泣くことで、あんまりいざこざを起こしたくないなぁ。




ーーーーーー




後ろを振り返ることができないっていうのはなかなか厄介なもので、夢花の表情がトリガーになって涙が出てしまう俺は、真後ろの最後方に座っている幼馴染を見るのを極力避けている。


ずっと教卓の目の前というのはなかなか疲れるので、できれば窓際にして欲しかったのだが、それだと夢花の席に影響が出るらしく、仕方なく座りたくもない席で真面目に授業を受けているのだ。


ちなみに、教卓には俺専用のティッシュ箱が置いてある。俺への配慮が先生方にも行き届いていて何よりだ。


サイレントマナーモードの携帯の画面がつく。


『今日一緒に帰ろうよ』


他でもない夢花からの連絡だ。


ふむ。このまま返すのは味気ないから、ちょっと遊んでみるか。


俺は現代文の授業中にも関わらず、先生の視線が黒板に向かうのを見計らって、左腕をバンザイする。親指を立ててグーサインを出した。


周りからみれば俺が奇行に走ったと思うだろう。だが、幼馴染なら笑ってくれるとわかっている。これでいいんだ。


3回くらいグーサインを送った後だろうか。机の中の携帯の画面がついた。


『わかったから、もうやめていいよ(えへへ)』


どうやら伝わるべき人に伝わったらしい。


ご機嫌取りをしてるつもりはないけど、こんなので夢花が普通でいてくれるなら、いくらでもやろう。

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