第7話 過去編 希依夏の夏 ①
一年前、良く晴れた日のこと。
モクモクと膨れ上がる入道雲を見つめて、俺は両手を腰に添えて叫んだ。
「ついに夏が来た!?」
「・・・梅雨明けの予報は、無し」
さいですか。じゃあまだ梅雨の中休みか。
「でもさぁ、ジメジメしてきたし、蜃気楼とか見えちゃってるし、もう夏で良くね?」
「・・・まだ早い。蝉の鳴き声が聞こえないから」
あー、蝉ね、蝉。めっちゃうるさいやつら。一匹ずつ寿命は短くても、夏の間は夜中まで二ヶ月くらいオーケストラしてくるあいつらね。
「希依夏は蝉、好きか?」
「・・・あの、音、空気、暑さ、匂い。全部好き」
いや、蝉の話をしてるんだけど、どうやら希依夏は夏の話をしているようだ。
7月始め、俺的にはようやく明けたであろう梅雨が、こいつにとって1番好きな季節を運んできた。
草野希依夏。俺の幼馴染は今日も体全身で夏成分を吸収しているご様子。
夏に依(より)て希する。こいつの誕生日は8月1日。なんともまぁ、夏真っ盛りな日に生まれた夏の申し子である。
高校受験を控えているこいつを励ますために、今日は海にやってきた。海開きしていなくても、普通にサーファーはいる。砂浜にごちゃごちゃ人が来る前の最後の日である。
明日の土曜日から海開きらしい。だから、今日は平日最終日の金曜日ということになる。
どうして平日なのにここにいるのかって?
俺と希依夏は、学校を休んでいた。所謂、ズル休みというやつだ。
ズル休みをしたことは俺は初めてだったし、希依夏も初体験だったようだ。
慣れないことをしたからか、今日はなんだかいつもより希依夏が興奮している様子だ。
「・・・湊兄、いいのかな?きーかは、イケナイ子?」
「皆勤賞狙ってたわけでもないんだろ?たまにはいいんじゃないか?」
「・・・そういう湊兄だって、真面目だったはず。どうして、きーかを誘ってくれたの?」
「なんか、おまえが疲れてる気がしてな。勉強、大変なのか?」
「・・・お姉ちゃんの真似してるだけ。全然大変じゃ無い」
「おまえはそう言うけどさ、夢花だって俺だって、結構大変だったぞ?本当に茂教に入るのか?」
「・・・入る」
「止めはしないけどさ、希依夏に何かアドバイスしたいところだが、思いつかないわ」
「湊兄のために、入る」
「俺のため?」
「(コクリ)」
どういうことだ?こいつが俺のために将来を決めてしまうなんて、どうかしている。
「・・・あそぼ?」
全身日光跳ね返しちゃうぞコーデの希依夏さん。純白の帽子とワンピース、サンダルまで白。
夢花のように茶色に髪を染めたいと言っていたのだが、俺は今のままの黒でも良い気がする。
「・・・水着、中に着てきたよ?」
「海に入る気でいるのか?」
「・・・湊兄と、テトラポットの上に行きたい」
海岸のすぐ近くには、テトラポットがずらりと並んでいる。この近さなら、希依夏でも膝あたりまで水に浸かるだけで、なんとか登れそうではある。
俺は海パン兼用のズボンを履いてきたので、波でも何でもどんとこいだった。
「よし、行くぞ!って冷たぁ!」
「・・・湊兄、きーかのバッグ持って。転ばないでね?」
「責任重大かよ」
「・・・それと、レディーファーストが基本。きーかが先に行く」
そう言ってこいつは無言でちゃぷんと波の中に足を浸す。
ぶるっと震え出す希依夏さん。
「〜〜〜〜〜〜!!」
声にならない叫びを聞いた。うん、冷たいよな。
そのまま、わかめだの貝だの、ごつごつとした岩場を2人で歩いて進む。
そしてテトラポットの前まで来て、希依夏の動きがピタっと止まる。
「・・・スカートの中覗いても、水着だよ?」
「いいから早く登れ。波が来るぞ?」
「・・・えっち」
急かしても、急にこいつがテトラポットを登れるわけでもなく、テトラポットにぶつかった波が隙間を埋めるように迫ってくる。
「悪い、ちょっと持ち上げるぞ?」
「・・・え?」
俺は、希依夏が登ろうとして片足だけ上がったのを見て、そのままお尻を持ち上げた。
「ひにゃあっ!!」
「うぎゃっ!つめてぇ!」
希依夏は濡れずに済んだが、代わりに残された俺は腰まで水に浸かってしまった。
「・・・湊兄、どさくさにまぎれてスケベしてる」
「だから、悪いって言ったろ?」
「・・・今年1番のえっちな出来事」
どうやら嫌がってはいないようである。こいつはほんとに嫌なら無言でバシバシ叩いてくるからわかりやすいんだ。
濡れてしまったが、俺も希依夏の後を追うようにテトラポットに登った。
「お姉ちゃんにえっちなことできないからって・・・きーかは代用品じゃない」
どうやら、怒るポイントが俺の想像していたのと違っていたらしい。
「はいよ。希依夏はオンリーワン、だろ?」
「・・・わかればいい」
ちょっと希依夏の顔が赤い気がする。日焼け止めを塗り忘れたわけではないようだが。
テトラポットから海を眺める希依夏の黒髪が、ぶわっと後ろに流れてくる。
風が気持ちいい。
潮の香りが満ちていて、太陽が眩しい。
空の青と海の青がぶつかる水平線が綺麗だ。その上に、船が一隻浮かんでいた。
「湊兄、バッグからチェキ出して?」
「写真撮るのか?」
「・・・お姉ちゃんには、内緒ね」
希依夏との海をバッグにしたツーショット。
夢花に内緒にしなきゃいけない事案が出てきたのは、この日が最初だったかもしれない。
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