第5話 トリガー
希依夏に手を引かれて連れて行かれたのは、1ーB。こいつの教室だった。
「きいかちゃんその男の人・・・え?『メメ』!?」
動画のニックネームで呼ばれて思わず苦笑いする俺。まじかよ。一年生まで広まってるのか。
希依夏が自分の席に行くのかと思ったら、教室に入ってもそのまま真っ直ぐベランダへ。
ベランダにいた3人の男子を希依夏が無言で睨んだらしく、3人が縮み上がり逃亡。
無事、2人だけの空間ができた。
ちょっとさ、強引すぎないか?
「・・・湊兄は意外と人気者。これくらいしないと、また寄ってくる」
「ああ、なんか、すまんな」
「・・・弁当食べて?・・・本当は、イケメンに毒味させたかった」
「毒味って・・・そんなにひどいのか?」
俺は受け取った弁当を開く。・・・見た目は普通の弁当だ。卵焼きにウインナー、ハンバーグにからあげ、とご飯が少し。
「・・・食べてもらえるように、おかずを多くした」
「自信作はどれだ?」
「卵焼き。・・・自信ないのは、ハンバーグ」
膝の上に手を置いて、落ち着かない感じになっている希依夏。
これは自信をつけてあげなきゃ可哀想である。
ではまず、ハンバーグから行くか。
肉汁が垂れそうな、ふっくらとした美味しそうなやつである。
俺はそのままがぶりついた。
「もぐ・・・ん?美味いぞ?この歯応えがあるやつはなんだ?」
「・・・本当?レンコンと、アスパラが入ってる」
「美味いよ。野菜が入ってて、栄養もバッチリだな」
「・・・ほんとの、ほんとに?」
「なんでそんなに聞く・・・ってああ、そうか。おまえ野菜食べられないもんな。味見してないんだろ?」
「(こくこく)」
目を丸くして何で知ってるの?って顔してるけど、こいつは野菜全般がダメなんだよな。
「たまねぎと、キャベツと、もやしは食べられるんだっけ?」
「・・・あと、レタスと、大根と、お芋なら好き」
「ほんと、美味いんだけどな。一口食べてみるか?」
「レンコン苦手・・・」
残念だ。こんなに美味いのに。
「もぐっ。うん。卵焼きめっちゃ美味いな。ゆめと良い勝負してるわ」
ピクっと肩を振るわせる希依夏。
あ、やばい。姉と比べたらまずかったか?
ほとんど表情が変わらないこいつからじゃ、俺の言葉が失言だったかどうかがわからない。
「・・・また、お弁当、食べてくれる?」
「毒味か?いいぞ」
「・・・毒味の必要、無くなった」
おう、そりゃ良かったな。誰のために作ってるかは知らないけど、この弁当もらえたらきっと喜ぶぞ?
「そういえば、希依夏の分の弁当は?」
「・・・今日のきーかの分、一回失敗しちゃって・・・」
「なんだよ。丸焦げでもぐちゃぐちゃでも甘くてもいいから、今度は失敗作も食べてやるぞ?」
「・・・ありがと。明日から、そうする」
俺は唐揚げを取り出すと、希依夏の口元に持っていく。
ちょっとだけ驚いた顔をした希依夏さんだったが、口を小さく開けてパクリ。
「・・・おいしい」
「だろ?後はおまえが食べろよ。腹減ってるんじゃないか?」
「・・・はんぶんこが良い」
ーーーーーー
教室に戻っても、まだ仁也の姿は無かった。女子たちに囲まれて、まだたくさん食べさせられてるかもしれない。
俺のほうは、まだまだ満腹にはほど遠い腹三分目、といったところだが、別に知らない人の弁当を食べようとするまでの飢餓状態でもなく、これはこれで家に帰るまでは持ちそうである。
「湊大、ご飯どうしたの?」
夢花に声をかけられる。こいつと弁当を食う日以外は仁也と購買のパンを食べているから、教室にいなかったのが不思議だったらしい。
「色々あって、希依夏と弁当食べてた」
「え?」
なんとも言えない表情だった。夢花の笑っていた顔が、固まったような、それでいて眉毛が少しだけ下がって困ったような、そんな表情。
それを見た俺は、また、一筋の液体が頬を伝うのを感じ取った。
「え?」
「あ、ごめんね、はい、ハンカチ」
ーーーまただ。またこいつの、この表情の時、だ。
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