第3話 草野希依夏


「メメ!待ってたぞ。昼飯デートは楽しかったか?今日さぁ、また動画撮らしてくれない?前のやつが好評でさ」


「デートじゃねーし。今日は先約があるからパスだ」


「なんだよー。学校で撮影するから時間は取らせないっつーの」


「おまえ、体育館裏の杉の木だけで身バレしたのを忘れたのか?」


うちのクラスのちょっとした有名人、保竹が俺にネタの提供を頼んでくる。


夏休み中にこいつがあげた動画、

『3秒で泣く男』

が、なんと100万再生の大ヒット。


そしてこの動画が、夏休み後の俺の生活に思わぬ支障をきたしたのだ。道行く人に突然、泣いてーと言われる怖さがわかるか?アイドルの大変さがわかってしまった瞬間である。


「まあまあ、そんなこと言わずに。うちの看板ボーイになりつつあるんだからさ」


「一回切りだって言ったろ?」


「出演料がほしいなら出す!!5000円でどうだ?」


こいつ、俺の1ヶ月分の小遣いを軽々と・・・金銭感覚がマヒしてくるわ。


「やらんやらん!やるとしてもだ、ゆめ付きで5000円は安い!」


「だーかーらー!1人につき、5000円、合計10,000円出すからさ!」


「そんなに儲かってるのか?」


「払えるくらいにはな。どうだ?やってくれないか?」


「ゆめに聞いてからだな」


「オイオイオイオイっ!夢花ちゃんのどこも映さず、声も入れずに5000円だぞ!?いるだけでもらえるんだぞ?」


「ダメダメ。どうせ第二弾、とかいうタイトルにして、これからも隙あらば頼んでくるんだろ?やらねーよ」


「頼むよー!これ一回やってくれたら、来年まで頼まないからさー!」


保竹は拝み倒す勢いで俺に頭を下げてくる。


この眼鏡テンパ野郎は動画のためなら何でもやりそうな感じだ。動画の再生数をとにかく稼ぎたいらしい。


「とりあえず、今日はどっちみちダメだ。先約がある」


「なんだよー。夢花ちゃんとどっか行くのか?」


「いや、あいつはバイト。俺は治療だ」


「それは医者?藪医者?」


「・・・藪医者のほうだ」


「家デートじゃねぇかふざけんなあああ!」


家デートってなんだよ。デートって出掛けるもんじゃないのか?


「希依夏(きいか)は治療してるつもりらしいが」


「お医者さんごっこの間違いじゃ無いのか?」


「どっちかというと、心理カウンセラー的な役割が強い」


「ま、いいや。おまえが泣けるなら、出演は希依夏ちゃんでもいいからな?ちゃんと、考えとけよ?」


悪いな、保竹。俺は希依夏じゃ泣けないんだよ。言い方がおかしいかもしれないが、そうなんだよ。



ーーーーーー





「・・・湊兄、お姉ちゃんの写真を見て」


「お、おう」


「・・・どう?興奮してきた?・・・泣きそう?」


「興奮して泣くやつがいるのか?」


「・・・え?」


え?じゃねぇよ。おまえの中ではそういう認識なのかよ。


学校から帰宅後、俺は自宅の自分の部屋のベッドに座らされている。


目の前には、茶髪のポニーテールの少女がいる。名前は草野希依夏。こいつも俺の幼馴染だ。


希依夏の手には、スマホがあり、夢花の写真が映し出されている。


「・・・お姉ちゃんが好きなら、興奮、するはず」


「泣きながらバンドの応援する女子じゃないんだからさぁ」


「きーかの顔を見て」


じっと、希依夏に見つめられる。こいつの目の奥の澄んだ煌めきを見つけられるくらい、近い。


「なんだよ。希依夏じゃ泣けないの、わかるだろう?」


「・・・えっち」


「え?なにが?」


「・・・なんでもない。湊兄は、写真じゃ泣けない?」


「そうだな。ゆめの写真で泣いたことはないが」


「・・・抜いたことは?」


「ねーよ!」


「・・・えっち」


この藪医者、俺の夜のお供まで把握しようとしている。


「で?何かわかったのか?」


「今日は、泣いてないってことだけ」


「なんでわかるんだ?」


「・・・わかる。きーかはお医者様だから」


いや、免許持ってないのに医者を名乗るのはダメな気がする。


「ダメだぞ?医者だと嘘を言ったら」


「・・・湊兄専用の医者?」


「いや、それでもダメだから」


「・・・じゃあ、医者見習いにしておく」


うん、それがいいよと言う前に、希依夏は黙って部屋を出て行ってしまった。


どうやら、勝手に満足して帰ったらしい。


俺は盛大に溜息をついたのだった。

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