第2話 草野夢花
生物の中で唯一、ヒトは感情の起伏によって泣けるらしい。
体液の一部である涙の効用とは、例えば眼球を保護することであるのだが、この場合、泣くという行為無しで涙が出てしまう。
涙を流すことに意味を求めるのは人間だけだとか。
「ねぇ、また、泣きそうになってる?」
俺の顔を見るたびに、泣いてるか確認してくるやつがいる。
昼休み、一緒に弁当を食べながら、ハンカチを膝の上に常備して俺のことを見つめる女子がいた。
そいつの名前は草野夢花(ゆめか)。俺の幼馴染の名前だ。
「ゆめ。心配しなくても、俺はそう簡単に泣けないぞ?」
テレビで昔、10秒間のうちに泣いたら100万円もらえる番組をやっていたらしい。泣く頻度が高い俺にピッタリのチャレンジだと思うやつが多数いるだろうか、俺の場合は、そんな都合よく泣けるようにはできてないんだよな。
「湊大は涙が溜まったら零しちゃう優しい人だよね」
なんだよそれ。風呂桶にお湯を張り続けたら溢れ出すみたいに、生理現象で仕方がないことみたいに言わないで欲しいんだが。
目の前の幼馴染は、ぼやけても美人だと思えるぐらい、整った顔立ちと、華奢な体をしていた。明るく染まった茶髪は、日光にさらされると金色に輝き、風が吹くとサラサラとなびいていた。両サイドに編み込んだ二本の束が、胸あたりまで伸びている。
「優しいかどうかは知らないが、突発的に涙を流して締まらないやつだというのは認める」
「ふーん。カッコつけたい時があるの?」
「いや、普通に泣いてたらカッコ悪いだろ」
「男の子が泣いて、キュンキュンしちゃう女子だって、いると思うよ?」
「それはありがたい。が、ずっとキュンキュンするわけないだろ。最初は良くても、いつかはうざったいと思うんじゃないか?」
「そうかなー」
こいつは男泣きというのを知らないのだろうか。むさ苦しい男が大声でわんわん号泣しててもキュンキュンすると言うのだろうか。それは、ちょっと違う気がする。
「泣くってマジで体液の無駄遣いだよな。だからって、体に不調は無いけど」
「そんなこと言える人は湊ちゃんだけだよ。もし女の子が泣いてても、絶対言っちゃダメだからね?」
「女子を敵に回す気はありません」
「男子から女々しくてメメちゃんって言われてるのに、女子からも反感くらったら、やばいよ?」
「別にそう言われてるだけで、友達は普通にいるし、あんまり心配すんな」
そもそも女子と会話すること自体、あんまり無いからわからん。
「ねー、何でわたしを見るだけで泣いちゃうんだろうね?」
そこまでわかってるなら、その先もわかりそうなはずなのに、と言いたいが言えるわけが無かった。
「泣くってわかってて、一緒にいるおまえもどうかと」
「でも、一緒にいてもいいんでしょ?幼馴染だし」
「幼馴染、ね」
その幼馴染という、大義名分、中途半端な効果がこの先いつまで続くのかはわからない。
一緒にいる理由が幼馴染だから、と言われてしまえば、うん、そうだなと納得してしまう人がいる一方で、高校2年にもなって幼馴染とつるむとかねーわ、と言う人もいる。
だからと言って、周りが何を言おうが、俺たちは気にすることもなく、幼馴染をしてるのだけれど。
「やっぱり恥ずかしいの?2人きりでお昼食べるの、やめておく?」
「そういうわけじゃないんだが」
「じゃあいいじゃん。湊ちゃんの目を痛めないハンカチはわたししか持ってないよ?」
「いや、それ、もうくれよ」
その夢花の膝の上に乗ってるピンクのハンカチは、今年の4月のこいつの誕生日に、夢花が泣けるようにあげたものだ。
ただ、夢花にこれを渡した時、何も言わないで渡したのが不味かった。
どういうわけか、俺が泣くたびにそのハンカチをサッと必ず出して、俺の涙を拭ってくれるようになってしまったのだ。
用途が違う。目的が違うぞ。
そんなに俺のためにしか使わないんだったら、もう新しいのやるからそれを俺のハンカチにしたいぐらいなのだ。
「ダーメ、絶対あげない」
「おまえに別なやつ買ってやるから」
「わたしの誕生日、まだまだ先じゃん。このハンカチに替わるものなら、誕生日に欲しいよー。誕生日プレゼントじゃなきゃダメ」
「今9月だから、半年以上先じゃねーか」
「今から欲しいもの考えてもいい?」
直近だと、クリスマスプレゼントがいいのではないだろうか。そんなことを考えながら、弁当をかきこむ俺だった。
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