第14話 邂逅
その声の主は、ちょうど吊り橋の反対側に立っていた。
「そこにいる、なぜ!我の土地!」
「ちょっと何言ってるか分からない」
「それ」
向こうに立っている人は、何かを伝えようとして叫んでいる。
しかし断片的にしか聞こえない上、その意味は無茶苦茶だ。
これでは意思疎通をするのに、骨が折れることだろう。
「とりあえず、どうする?」
レオはシンシアに聞いてみる。
「文明に取り残された現地住民かもしれない。ここは私たちに敵意がないことを示すために、身を引くべき」
「なるほど」
そんなことを話していると、向こうの方から吊り橋を渡ってこちらにやってくるではないか。
「ちょちょちょ、こっちに来たよ!」
「これは覚悟を決めるしかない」
(なんの覚悟だよ!)
そんなレオの心のツッコミもむなしく、吊り橋を渡ってきた人はレオたちの前に立つ。
レオはその人のことをよく観察してみる。
身なりは非常に簡素で、レオたちが着ているような複雑な模様は一切入っていない。
背はレオたちよりも高く、手足はすらりとしている。
その手には弓のようなものがあるが、それはレオたちに対して敵対心を抱いているようなものではない。
そして、レオたちと最大の違いを顔に見ることができた。
そう、耳が長いのである。
それは、地球での知識と、魔術学校での教書に描かれていた伝説に近い存在。
「エルフ……」
そう、エルフである。
かつてこの国には少数ながらエルフがいたものの、200年前に最後の個体が死去してからまったく見られなかった存在だ。
そんなエルフが、今目の前にいる。
「お前、ここにいる、どうして?」
「え、と。僕たちはここ周辺の地図を作成しているんです」
「ここ、我の土地。与えられた、国王から」
「国王?一体誰から」
「当時の国王。エルドリア・ゲーク・バッヘンが」
「エルドリア・ゲーク・バッヘンって言うと、確か4代くらい前の国王じゃなかったっけ?」
「正確には5代前」
歴史の教書に書かれていた、この国の歴史。
その歴史の中の一人にいるのが、第14代国王エルドリア・ゲーク・バッヘンである。
第14代国王の時代には、確かにエルフや獣人など亜人を積極的に国内に取り入れる、いわゆる移民政策のようなことをしていた。
しかし、当時の保守的な市民から反感を買い、クーデターのような事件を起こされ、この時国王は深い傷を負う。
そしてこの移民政策は完全に行われることなく、籍を与えられた少数の亜人がこの国に存在するのみとなっていた。
そんなエルフが、なぜか当時の国王の名前を出しているのだ。
「これは裏がありそうだな」
レオは直観でそう感じる。
「詳しい話を聞くためにも、この人の住んでいる場所に連れて行ってもらうのが一番だと思うんだ」
そうレオはシンシアに提案する。
「でもそれは依頼の中に入っていない」
それをシンシアは依頼にないからといって拒否した。
レオはここで食い下がらなかった。
「ほら、この先にある地図を埋めるって名目でさ、行こうよ」
依頼に絡めた言動を取る。シンシアは少し考えた後、レオのほうを向く。
「それが最善の策なら、レオの言う通りにする」
そう話がまとまった。
「それじゃあ、君の住んでいる場所に連れて行ってもらえるかな?」
「村、すぐそこ。案内だ」
そういって吊り橋を渡っていく。
レオとシンシアもその吊り橋を慎重に渡って、渓谷を超えていった。
道中、地図作りになりそうな場所を発見しては、簡単に記入していって、そして進んでいく。
数時間程歩いただろうか。すでに調査船によって撮影された範囲を脱している。
すると森の中から、急に開けた場所に出る。
そこは巨木を中心に、木の上に大小様々なツリーハウスが建設され、そこを行き来できるように、簡素な吊り橋が敷設されていた。
「我の村。ここ」
「ここがエルフの里……」
「エルフの里?」
人間同様、エルフはそれぞれの営みをしていた。
そして、案内をしてくれたエルフは、そのまま巨木の中心に入る。
どこに連れていかれるかも分からない状態で、レオたちはそのエルフについていく。
行きついた場所は、巨木の中でも一番高い場所に建てられた簡素な家であった。
「村の長!人間を連れてやってきた!」
そう案内したエルフが言うと、中から流暢な言葉が聞こえてくる。
「人間よ、ここに来なさい」
「は、はい」
レオは若干緊張しながら、その村長と思われる男性のもとに行く。
村長と思われる男性はベッドに横たわっているものの、弱弱しくは見えなかった。
「君たちはどこから来たのかね?」
「僕たちはここから南に歩いて2日ほどの所にある街から来ました」
「あぁ、あそこか。懐かしいな」
「懐かしいとは?」
「君たちはあのお方……第14代国王のことは知っているかね?」
「歴史で習った程度なら」
「実は我々はその時からこの地に住まいを持つエルフの一族なのだよ」
「そうなんですか……」
「当時は我々のことを受け入れてくれる空気が国に流れていたのだが、そうも行かなくなってね。一部のエルフ族がここにたどり着いて住処を作った。言葉も文化も似ている所があるだろう」
「その感じはします」
「かつて遠くの国から連れてこられた我々エルフ族を拾ってくれたのは、あのお方だ」
「そうだったのですか……」
レオは、その第14代国王のことに思いをはせる。
「それより、君たちはどうしてこんな所へ?」
「実はこの辺りが未到達地となっており、地図作成のために測量をしているところなんです」
「そうか……。もとよりこの辺りはかの国の領土。未到達地などではない」
「200年の間に失ったと錯覚していた」
「そういうことだな」
となると、ここは国の一部ということになる。
「これは新発見だな。早速戻って報告しないと」
「待ってくれ。街に戻るというなら、一つ頼みがある」
そういって村長は起き上がる。
「これより深い森の奥や山のふもとには、他のエルフ族やドワーフ族がいる。彼らを代表して、現国王に使節団を送って謁見を申し入れたい」
「そ、そうは言っても僕たちでなんとかなるわけではないですし……」
「この辺りのことはなんでも知っている。もしものことがあるなら、これを持っていくといい」
そういってエルフの男性はあるものを差し出す。それは見事なまでにきれいな刀剣であった。
「これはこの先にいるドワーフ族が第14代国王とその子孫のために鍛えた刀剣だ。あのお方から形見として受け取って以来、大切に保管していたのだ」
「そうだったのですか」
「頼む。少なくともワシが生きている間に、現国王との接点を作ってきておくれ」
そういって懇願される。ここまでされてしまったら、レオたちも動かない訳にはいかない。
「そうでしたら、ぜひとも協力させてください」
「おぉ、ありがたい。早速使節団を結成させる。今日はこの村に泊っていってくれ」
村長のご厚意に甘えて、レオたちはこの村に一晩滞在することになった。
歓迎の儀などは執り行われたものの、ダンスなどの壮大な歓迎ではなく、振舞われた料理も素朴そのものである。
そして部屋も用意されたが、シンシアの強い要望により、一部屋で寝ることになった。
「なんでシンシアは、僕と寝ることにそんなに執着するんだ?」
「それが一番落ち着くから」
(俺は人形か何かかよ)
そんなことを思いつつ、仕方なくレオはシンシアとともに、ベッドに入って就寝した。
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